LAND BATTLE TYPE MOBILE SUIT-07 TYPE SERIES 'GOUF'
PRINCIPALITY OF ZEON MASS PRODUCTIVE
UNIVARSAL CENTURY 0079
〔 機体開発 〕

 ■ MS−06からMS−07へ
 MS−06タイプを基本として地上戦用に多くの派生型が生まれたが、殊にMS−06Jの 限界を見出したジオン公国は、白兵戦用に機動性を向上させたモビルスーツの開発に着手する。 軍が発注したプランはYMS−07とYMS−08として平行して試作がすすめられた。 07は地上戦にラジエーターのパワーアップが計られ、格闘戦用に部分的に装甲を強化した。 さらに移動力を補うために脚部に補助推進システムを追加している。 08タイプは主に接近戦、ゲリラ戦を念頭において07以上に軽量化が計られた。
 兵装は共に固定武装の増強が見込まれ試作された07の1・2号機は、 左腕に五連式75ミリマシンガンを仕込み、右腕にはヒートロッドと呼ばれる伸縮式の一種のムチが装備された。
 08では研究中の推進エンジンを背中に装着、短距離のジャンプ飛行が可能な様に設計されたが、 出力不足に悩まされ結局は07のプランへ統合という形で、5機が作られたにとどまっている。 MS−07として正式承認を受けてからは、MS−06Jに代わる地上戦兵器として数々の改良が行われた様である。
 MS−07通称グフは北米を皮切りにアジア方面に主に配備され、旧態からのMS−06Jの 生産ラインは途中から07へと切り換えになっている。MS−07は当初マシンガンとヒートロッドの 生産よりも先行したため、固定武装を持たないタイプがある。 このタイプはAタイプとして32機が生産された。同時期にライバ=ラル大尉が、 ガルマ=ザビ大佐の仇討ち部隊として降りた時に使用したのは厳密に言うと、先行量産型のYMS−07Bである。 これは、標準装備型のMS−07Bと全く同じ物だが、チューニングは慎重に行われていたため、 戦果ではかなりの好成績を納めている。
 MS−07が成功をおさめたのは結果的な事だが、武装を固定化したため、かえって不便を 訴えられたのも事実である。しかしながら予備装甲としてシールドを分離した点は評価されるべき物があると言えよう。 基よりザク以上の装甲厚と機動力をもつためこの事は忘れられがちだが、 装甲に頼る事が危険であると知っているパイロットにとっては、ドム配備をも強い人気を 誇っている事から推移する事が出来る。
 汎用兵器として限界点を見たMS−06に対してMS−07からは局戦用モビルスーツとしての 色が一層濃くなってゆく。MS−07のCタイプシリーズでは部分的なマイナーチェンジが 次々と行われた。両腕をマシンガン付きにしたC−1を始め、脚部の補助推進機を大幅に 変更したC−4、特にMS−07シリーズ中でも異色の機体は、一応C−5の名称で一機が 作られたにとどまっている物である。モニターアイのシステムは十文字型となり、 固定武装としてヒートサーベルが装備された。実の所、このタイプは、ジオン軍が YMS−09の開発に際してMS−07から近いデータを算出するために作ったものであった。
 さらにMS−07の飛行可能プランとしてMS−07Hの名で作られた機体が存在した。 これは07タイプの移動力をより高めるため、MS自身を飛ばしてしまうという物であった。 合計4機が製作されたにとどまったが、実際短時間の飛行は可能として、種々の問題が 存在した事は言うまでもない。このプランはドダイYSとのコンビネーションで昇華された。

「HISTORY OF MOBILE SUOT」参照