中世公家日記研究会略史

会の目的
 中世の公家日記を中心とする記録類を幅広く研究すること。
 とはいっても、現在の活動としては、「守光公記」の輪読と翻刻原稿の作成が中心となっている(中世公家日記研究会の記録参照)。
 その他に、会員各自が、研究した成果を持ち寄り、討議するといったこともおこなっている。
 
会の歴史
 中世公家日記研究会は、1977(昭和52)年6月発足した。
 「尚通公記」(注1)の輪読を目的として発足し、「尚通公記研究会」と称していた。
 1980(昭和55)年12月、「尚通公記」を読了。
 引き続いて「二水記」(注2)の輪読を開始した。このとき、今後も活動を継続していくに当たって、「尚通公記」に限らず、広く中世の公家日記を研究していくことを活動の目的にすることにして、名称を「中世公家日記研究会」と改めた。
 「二水記」を輪読している途中で、輪読の成果を発表しようということになり、『帝塚山学院短期大学研究年報』1984(昭和59)〜1989(平成元)年に、毎年1〜2年分づつの翻刻を掲載した。
 1989年3月、下記の注にあるように、『大日本古記録 二水記』の刊行が開始された。そこで、「二水記」の解読はそちらにおまかせして、別の史料を輪読しようということになった。
 1990(平成2)年正月、「二水記」に続く史料として、「守光公記」を選び、輪読を開始したところ、いろいろな経緯があって、『史料纂集』の一つとして刊行されることになったため、輪読と平行して、原稿の作成もおこなうことになった。
 また、この輪読開始から、研究会開催ごとに、記録を作成している。この記録を編集したものが、中世公家日記研究会の記録である。
 この輪読を行っている途中、1993年夏頃、いろいろあって、『政基公旅引付』の再翻刻(注3)をおこなうことになった。これは、かつて『図書寮叢刊』の一つとして刊行された(注4)、利用する研究者の多い著名な史料だが、たいへん手に入れにくくなっていたものである。それを、再度自筆原本を参照しながら、翻刻・出版しようと考えたものである。1993年夏に企画を立て、秋頃から作業を開始して以来、1996年春の刊行まで、約2年半かかったことになる。
 刊行後は、また、「守光公記」の輪読に戻り、現在に至っている。
 また、これ以外にも、会員の著作(共著)にあるように、会員合同で検討しながら、何点か発表したものがある。
 
会の現在
 過去に何人か、短期に活動していた会員もいるが、この文章を書いている時点(1999.3)で、実際に活動している会員は、5名である。
 
注 記
  1. 「尚通公記」は輪読開始当時未刊。現在は、『後法成寺関白記(陽明叢書記録文書篇) 1〜3』(思文閣出版 1985.1〜7)として、影印版が刊行されている。
  2. 「二水記」は輪読開始当時未刊。現在は、『大日本古記録 二水記 1〜4』(岩波書店 1989.3〜1997.3)として、翻刻が刊行されている。
  3. 中世公家日記研究会編『政基公旅引付 本文編・研究抄録編・索引編(日本史史料叢刊1)』(和泉書院 1996.3.30)および『政基公旅引付 影印編(日本史史料叢刊2)』(和泉書院 1996.3.30)
  4. 『政基公旅引付(図書寮叢刊)』(養徳社 1961)