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▼『ナイト・オン・ザ・プラネット』の作品データ▼
#10.時計  (1999.12)
 12月。1999年も残りわずかとなりました。今年の大晦日はミレニアム・カウントダウンだから、いつもの年以上に盛り上がりそうな気配ですね。10・・・7・・・5・4・3・2・1。テレビでは時計が大写しとなる一瞬。だけど、地球は丸いし、世界はとっても広い。みんないっせいに新年を迎えるわけではないのです。時差のため、世界中の人々が順々に新しい年明けを祝うのでしょう。

今回は、こんな風に時差を取り入れた珍しい映画を紹介します。オムニバス形式の『ナイト・オン・ザ・プラネット』という作品です。

□□□5つの同じ時計が並んでいる。ロサンゼルス・ニューヨーク・パリ・ローマ・ヘルシンキ。それぞれの現在時刻を指し示す時計の針。各都市を舞台に今夜も、タクシー運転手とお客達の一期一会が繰り広げられる。□□□

□□□ここでは、3番目、パリの話を・・・。
午前4時、街を流すアフリカ出身のタクシー運転手。後部座席には、彼と同じくアフリカを故郷に持つ2人連れのお客。商用がうまく運んだらしく、御機嫌のふたり。しばらく大きな声で話し合っていたお客達だが、運転手が自分達と同じ人種であることに気づき、揶揄のこもった口調で運転手をからかい始める。□□□

母国や運転技術に文句をつけられた運転手は、我慢も限界となり、閑散とした街角に2人を置き去りにして車を発進させてしまいます。 怒りのあまり、料金を受け取るのも忘れて・・・。

□□□運転手が「ついてない・・・。」とぼやいている時、白い杖を持った若い女性客を見つけた。内心、彼は「この客なら、たやすく扱えるだろう・・・」と目論んでいた。□□□

しかし、後部座席に乗り込んだ盲目のお客(ベアトリス・ダル)は、なかなか一筋縄ではいかないのでした。行く先と道順を指定し、口汚く運転手を罵る女性。

□□□再び運転手は、「今夜はついていない・・・。」と思いながら、ハンドルを握っていた。少し腹立たしく感じつつ、彼はこの女性に興味を抱く。彼女の生活について質問を浴びせる運転手。するとお客は運転手に対する皮肉を交え、キツイ口調で答えを返す。□□□

会話の内容は、様々な事柄に及んでいきますが、受け答えの的確さでは、彼女が勝っていたようです。盲目の女性が話す言葉に引き込まれていく運転手。いつのまにか彼はお客への礼儀もわきまえず、ルームミラーを調整し、女性の仕草を観察していました。

□□□けれども、ルームミラーの変化すら彼女は敏感に察知する。段々と無防備になっていく自分の心を認めざるを得ない運転手は、色の話をしていくうちに、彼自身の肌色を彼女に問いかける。彼女の答えは、「(肌の)色なんて無意味よ。」だった。盲目である女性にとって人参が青い色だとしても関係ないらしい。彼女は全てを自分自身の感覚だけでとらえているのだ。同時に、自分のことをとても信じている。□□□

短い時間の会話を通して、運転手の心は変化していきます。故郷を離れ、異国で働く彼が抱えていたコンプレックスは、彼女の言葉によって、ほんの少しだけれど小さく思えるようになっていました。目的地に到着し、料金を告げる際、彼は金額を割引いて伝えます。だけど、またしても盲目の女性にはお見通し・・・。最後まで運転手は彼女にかなわなかったのです。

自分のものさしで他人を推し量り、狭い視野でしか物事をとらえられない愚かさや不必要な施しは、無意識に人を傷つけるものかもしれません。同じ時計でも、針の位置が違うように、世界中には様々な人種・習慣・宗教・思想等を持った人間が存在しています。それと同じ数だけの差別と偏見の存在することも私には否定できません。

もうすぐやってくる2000年。すごく難しいことでしょうが、「世界中の時差を自然に認知できる人間同士が、それぞれの違いもごく自然に認め合えるといいのになぁ・・・」と思います。

 『ナイト・オン・ザ・プラネット』には2時間くらいの間に5つの物語がおさめられていて、どの物語も味わいのある作品です。今回紹介した3話目出演のベアトリス・ダルをはじめ、ジーナ・ローランズ、 ウィノナ・ライダー、 ロージー・ペレス など個性的な女優さんが出演しているのも、見所のひとつだと思います。ジム・ジャームッシュ監督の鋭い観察力と、押しつけがましくないユーモア・風刺が効いている作品です。

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