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▼『アパートの鍵貸します』の作品データ▼
#20.鏡 (2001.1)
 21世紀の幕開け。今年もどうぞよろしくお願い致します。今月ご紹介する作品は、20世紀半ばのニューヨーク、クリスマスから新年までという華やかな季節を舞台としたお話。私が今回取り上げた小道具は「鏡」ですが、その他の小道具もまた、どれも楽しい使われ方をしていて惹かれます。

『アパートの鍵貸します』は、何度観ても面白い映画です。※これは、たいへん有名な映画ですので、既にご覧になられている方も多いでしょうが、よろしければ印象深いシーンの数々を思い浮かべながらおつき合いいただけると幸いです。※

□□□保険会社に勤めるバクスター(ジャック・レモン)は、アパートの一室で暮らす独身男性。誰も待つはずのない部屋なのに、彼は自分の好きな時間に部屋へ戻ることはできない。バクスターは「出世の足がかりになるかもしれない」という考えもあり、自分の部屋を会社の上司や同僚たちの逢引き場所として提供していたのだ。□□□

バクスターにはひそかに想いを寄せている女性がいました。それは、エレベーターガールのフラン(シャーリー・マクレーン)。フランもバクスターのことが嫌いではないようですが、二人の間に恋愛関係は成り立っていません。

□□□ある日、バクスターは上司(フランク・マクマレイ)から「部屋の鍵を貸して欲しい」と頼まれる。代償として出世を約束されたバクスターは、大喜びで鍵を渡す。□□□

上司と愛人が帰った後、バクスターは自分の部屋へ置き忘れられた「コンパクト」を見つけます。どういった訳か、このコンパクトは鏡部分にひびが入っており、それを「忘れ物です」と言って上司へ届けたバクスターの胸に“ひびの入ったコンパクト”が小さな気がかりとして記憶されました。

□□□上司のはからいで昇進したバクスターは会社内に専用の仕事部屋を与えられ有頂天。彼は帽子を新調し、自分専用の仕事部屋へフランを招いて帽子の感想を聞く。「いいわ。似合ってるわ・・・」気のない返事をするフラン。「ほんと?」嬉しげにフランの顔をのぞき込むバクスターの前にフランが取り出したのは“鏡部分にひびの入ったコンパクト”。見覚えのある「コンパクト」を目にして、バクスターの記憶が繋がる。上司の不倫相手は、バクスターが恋焦がれているフランなのだ・・・。□□□

フランは、上司との先の見えない恋に疲れており、割れた鏡に自分の顔を映して、切なく揺れる女心を口にしました。憧れの女性が上司の不倫相手だったこと、また、フランが幸せではないことを知り、ショックを隠しきれないバクスターはクリスマスムードで浮かれる酒場にひとり。マティーニを何杯も何杯もおかわりしますが、酔うことでフランを忘れるなど、できそうにありませんでした。カウンターに並べられたオリーブの数が、彼の悲しみを切実に物語ります。

※この後、バクスターの部屋でフランの自殺未遂騒動が起き、それをきっかけにお話は二転三転していくのですけれど・・・ラストまでずっとジャック・レモン&シャーリー・マクレーン、ふたりの心の揺れをきめ細やかに描いていくビリー・ワイルダー監督の手腕は素晴らしいです。※

□□□置き忘れられた「コンパクト」。ひびの入った「鏡」。叶わぬ恋に身を焼かれる想いの女性。そして、彼女を守りたいと願う一途な男性。まっさらな帽子をかぶり意気揚々とするバクスターの表情と複雑な心境で割れた「コンパクト」に自分自身の姿を重ねるフラン。□□□

若い男女の対照的な立場を巧みに映し、物語の中で大きな鍵を握る小道具としての「コンパクト」。短いシーンながら、受け手に今後の波乱を想像させつつ、非常に強い印象を与えているのです。ふたりの結末は・・・クリスマスが終わり、新年を祝う頃にわかります。ラストシーンにも、小粋な演出方法が使われていました。(=シャンパン)

アパートの鍵・テニスラケット・洗面所のカミソリ刃・トランプ・レコード・・・・ピストル・シャンパン・マティーニ・・・・、出てくる小道具たちがすべてバクスターの人となりを表しています。バクスターの部屋で自殺を図り、一命をとりとめたフランは、しばらく彼の部屋で静養することになりますが、フランを温かく包むのがバクスターの愛情だけでなく、部屋全体の雰囲気だというところがステキだと思います。

 バクスターの隣に住むお医者さま夫婦が、 バクスターの素行について悪態をつくのも面白く、それでいて、この隣人夫婦は 彼を本当の息子のごとく大事に思っているのでした。(←名脇役)
世紀は変わりましたけれど、人間同士、触れ合う心の温かさは無くしたくないものですね。

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