「んー?」
このクラスに咲く一輪の清き『高嶺の花』、
目を向けずにいられない凛とした美貌とどこか近寄りがたい静かな迫力を兼ね備えた、旧い神社の血と伝統を受け継ぐ黒髪の女子高生巫女――その清華には、
「あー、妹ちゃん?」
昼休み、昼食を済ませたあとの暇な時間にさつきが持ち出したそんな話題に、話し相手ふたりのうちの小柄なほう、好奇心旺盛そうな童顔を丸みのあるショートヘアでくるんだ
「知ってるよー、つってもまぁ会って話したってわけじゃないんだけどさ」
テンション高めの早口で述べるのは、つまるところ『視聴者』レベルの話らしい。とはいえ、それでも引っ越してきたばかりのさつきにとっては有用だ。
まどかの右隣の席を借りて横向きに座ったさつきは、間宮家へ電話をかけたときに偶然耳に入れてしまった謎を解くためのヒントを――あわよくば答えそのものを授かるべく、ぐっと身を乗り出した。
「清華と似てる?」
「って、間宮さんにきーてないの?」
「う」
おでこにぺちっと率直な疑問をぶつけられて、一瞬ひるむ。
二学期初日の転入からわずか一週間で『間宮さん』を『清華』と自然に呼び捨てするに至り、クラスの皆から一目置かれているさつきだが、実際のところそれは他人に話せない非日常的事件をともに経験した結果であって、コミュニケーション力に基づいたものではなかったりする。
「本人のことだったらきけるけど、そこまでは、まだちょっと……」
自分の興味のために関係づくりの順番や常識を超えてずかずか踏み込んでいくことなどとてもできないし、できる力があったとしてもしたくはないと思う。
というニュアンスを込めて言い訳すると、あー、と理解を示す顔をつくって、まどかはそれ以上追及せずに先へ進んでくれた。
「ぶっちゃけあんま似てないねー、なんつーか、こいぬ系?」
「こいぬ?」
「んー、ちっちゃくて、顔とか丸っこくて、人なつっこいカンジ」
「それは、似てないね……」
頭の中のイメージと比べて即答してから、さつきは教室の後方に目をやる。
まどかの四つ後ろが清華の席なのだが、今は清華の姿はそこにはない。そしてその横、机の上に飲みかけの紅茶のペットボトルが置きっぱなしなのがさつきの席だ。
「お行儀すごくいいのに、元気があふれてきらきらしてて、見ててほっこりするっていうか……ああいうのも『
それからもうひとり、こちらは細面でおとなしげな
「きらきら……?」
絵美の席はまどかの右斜め後ろなので、今はまどかとふたりでさつきを囲む形になっている。
このふたりは綺麗で優秀な同級生に対する憧れというより、同世代のアイドルにハマる感覚で清華のことを見ている節がある。だって高校入る前からチェックしてるしっ! というのがまどかの言い分だが、納得していいものかどうか。
「想像つかない……いっか、そのうちなんとかしよ!」
ふたりの証言を聞くに、清華をもとに見た目のイメージを組み立てるのは無理そうだ。諦めて、さつきは次の問いを発した。
「有名? みんな知ってる?」
「まーねー、テレビの中継とかで見かけるようになってそろそろ二年くらい? 今じゃ、
「えええ?」
まどかから返ってきた会話のボールは、予想外の方向に大きく曲がった。
とっさに受け止めることができず声をもらしたさつきは、フォローを期待して、困惑を満載した面を左へ向ける。が、しかし絵美は申し訳なさそうに微笑んで、まどかの突飛な発言を否定しなかった。
「さすがに、間宮さんがいるところでは、してない……と思うけど」
「ふえ〜……」
どうやらネタではなく本当のことらしい。気になりだして、ついきょろきょろと教室を見回してしまう。
「この中でも、割れるの?」
「ここだからこそ、かな……」
絵美が慎重に言う。清華その人を擁するがゆえに、このクラスでは清華の支持率がよそよりも低くなっている――と聞こえて、さつきは首を傾げた。
「逆じゃなくて?」
「ホンモノの間宮さん間近で見て、イメージと違ったとか手が届かないって実感したとかあるらしーよ。んで、くら替えすんの」
解説を引き継いだまどかは、見知ってこそいるが自分にはまったく理解できないという突き放した口調で語る。
「妹ちゃんまだ小学生だよ、ヤバくない?」
「あ、あくまで自由回答じゃなくて二択だから……ねっ」
すかさず付け加えた絵美は、あるいはまどかのほうも、特定の誰かを頭において話しているのかもしれない……となんとなく思う。いずれ判るだろうか。
言い足りないらしく、まどかの話はさらに続く。
「まぁあたしたちだって間宮さんとちゃんと接してるっていえないけどさ、その逃げ方はどーよ? って。あ、べつにこっち見ろとかひがんでんじゃないよ、かわいさでフツーにかなわないのはわかってますっ」
「そんなかわいーんだ、
「かっわいいよぉ、間宮さんは姫君として妹ちゃんは地上に降りた天使みたいな? いやどっちも巫女さんだけどさぁ、ねぇ?」
「……んー?」
耳に届く声が急に甘ったるくなる。さつきは目の前で頬を緩め目尻を下げたまどかを、不審げにじっと見つめた。
「ってゆーか、小学生だよやばくない? って言ってたよね?」
「あたしはおんなのこだからいいんですー♪」
「開き直った!」
ふふーん、と胸を張ってみせるまどかに、さつきは無駄に驚き、うわぁ……と大げさに引いてみせる。
そんなふたりのじゃれ合いを、絵美は楽しそうに見守る。
「河野さん、まどちゃんと息合ってきたね」
「それってほめられてる……?」
「絶賛でしょー、いくら共通の話題あるったって、あたしと絵美でも打ち解けるまで時間それなりにかかってんだよ?」
「へ〜、そのへんちょっときーてみたいかも?」
などとわいわいやっていると、さつきと一緒に持参の弁当を食べたあと席を外していた清華が、開け放たれていた後ろ側の引き戸からすっと教室に入ってきた。
「あ」
図書館で借りてきたらしい本を大事そうに胸に抱いている姿が、実に絵になっている。三人揃って見とれる。
「……どうかした?」
さすがに気になったらしく、清華は怪訝そうに少し眉を寄せてこちらを見る。
――さつきたち三人は不揃いに、めいめい笑ってごまかした。