第31回(平成13年度)『埼玉教育』 教育実践研究論文

 不況にうち克つ進路指導への取り組み
    「3学年・進路だより」の発行を中心に

             参考付録 「3学年・進路だより」
    応      募   平成13年 9月10日
           審査結果発表   平成14年1月号『埼玉教育』誌上 「佳 作」
           表      彰   平成14年 1月29日   
                       於 埼玉県総合教育センター

               埼玉県立八潮南高等学校  教諭 加藤 雅喜



         要   約

八潮南高校で、一昨年は教員生活で初めての分掌である進路指導主事を1年間、続いて昨年は3学年主任をつとめた。就職希望が四分の三を占める本校では、これまで好況下では比較的希望の就職先を確保できたことから生徒も資格取得などに努力をする学校生活を送っていた。
 しかし、近時の不況下にあって生徒の自主的な進路選択が困難な状況に置かれている。多くの資格を持っている生徒の努力にふさわしい就職先を学校で用意できないからである。
 一方、大学短大など進学面では少子化もあって入学が容易になっている。しかし、保護者に学資を用意できない不況である。そのために進路選択が本当の希望を生かすことが出来ない、いわゆるフリーターにならざるを得ない生徒が増えてきた。
 適切な進路選択には生徒・保護者の意識改革が必要である。自分なりの取り組みをまとめてみた。

         
本    文

 【はじめに】
八潮南高校は東京都・千葉県に接する埼玉県最東南部に位置している。普通科、商業科、情報処理科の3学科併立の一学年6クラスからなる創立18年目の高校である。就職希望者が75%と多く、大学短大専門学校希望25%となっている。地元からの「就職の八潮南」という評判が示すように就職即戦力としての資格取得に力を入れている高校である。                                    
 私は、平成12年度に前任者転出の後をうけて3学年主任を引き受けるに当たり、それまで授業などでもなじみの薄い教員団は勿論のこと、生徒・保護者にも「一人ひとりに最新の情報を、生(なま)の言葉で語りかける。」と考えてスタートした。前年度初めて進路指導主事を一年間経験した直後だけに、その知識・情報を教員、生徒・保護者に還元することを考え、私は次のような四つの方針を立てて不況に負けない進路選択に取り組む決心をした。


【指導の目標と実行】

(一)「スキル・アップ」できるだけ最新の情報を、自ら身体を動かして集め、さらに知識と能力を向上させる。

 前年度、教員生活25年間で初めての進路指導の任務に取り組んだ。無知であることを恥と思わず、むしろそれをバネにして自分のスキル・アップに取り組んだ。前年度からの継続である、職安との情報交換、他高校の進路指導室を見学しての情報交換、各種職業団体への求人依頼、大学短大専門学校の説明会・体験入学、学校や職業斡旋業者の研修会への出席などは時間や旅費の許す範囲で、時には年休で参加するなどしても様々な会合に出席して勉強することを心掛けた。帰校後に礼状は必ず出した。

(二)「レベル・アップ」 自分の得た情報はみんなで共有して、学校全体の教員、生徒と保護者の知識や能力の向上をめざす。

 自分が来客から得た情報や研修会などで得た情報は、個人に与えられたものではなく、本校に与えられた財産であるという認識を持つことが必要である。教科や分掌での出張研修で得られたものは、出席した教員個人のスキル・アップにとどまっていてはならず、学校全体のレベルアップにつなげなくてはならない。情報はみんなで共有してこそ生きるものである。
 具体的には@進路部会や学年会で情報を広く伝える。A定例学年会に進路指導主事も同席する。B連絡プリントを毎朝作成して、重要な進路情報は担任から確実に生徒全員に伝わるようにした。C「3学年・進路だより」を定期的に発行する。行事予定や詳しい理由や考え方を生徒・保護者に伝えるために、4月末から3月9日卒業証書授与式の雪の朝まで印刷配布した。全56号であった。              

(三)「インクリース・ザ・モチベーション」 進路意識を高めて、安易にフリーターという進路を選ばせない指導を生徒と保護者にもすすめる。

就職希望生徒が75%を超える本校のような高校の進路指導部の大きな仕事としては、  
  @不況下でも求人企業数を確保して、自分たちは世の中に期待されている、嘱望さているということを生徒に理解させること。
  A進路意識を高め、進路選択が適正に出来るよう、常に系統的で適切な進路意識向上のための行事を実施し、資料を用意すること。
  B幅広い進路選択を可能とする前提として、出欠から成績や資格取得を目標に、自己の高校生活をモチベーション高く維持できるよう引っ張っていくこと。
 が挙げられる。
  @については、これまでの関係企業への訪問依頼や電話・葉書作戦。職安に加え地元商工会議所・商工会などの協力を得る求職活動を展開した。が、折しも不況によるリストラ、失業率5%以上という経済状況では、インターネット、就職雑誌、新聞や折り込み広告まで手を伸ばしての新しい求職活動を実施した。さらに前任校の人脈を通じての求職や、いわゆる進学校へ来た求人票を分けてもらう方策も採用した。なりふり構わずの様相であったが、関係の先生方の努力で何とか例年通りの求人数を確保することが出来た。
 Aについては、卒業生のいる企業・大学へのバス見学会、進路斡旋業者の分野別説明会、卒業生に来てもらっての進路懇談会、彩の国針路オリエンテーション事業講演会などをこれまで通り実施するほか、新たに商業科で実施される「スペシャリストに学ぶ」行事を普通科の生徒にも拡大した。分野別説明会もプロがその技を生徒の前で披露するなど内容を工夫した。 
 Bについては、地元企業経営者と生徒との「進路意見交換会」で直接激励してもらう。直接「職安」の方から、現実の中高年のリストラ失業状況、求人活動の厳しさについて語ってもらう。検定資格の合格者を全校集会などで校長から大々的に誉めてもらい、生徒に資格取得の必要性を理解させる。また補習指導などに力を入れる。夏休みに3年登校日を設定し、クレペリン・一般教養問題の特訓に汗を流す。彩の国就職指導員の方々に無理を言って、6、7月の企業見学直前の面接練習と9月正式就職試験の直前面接練習とで大いに生徒の面倒を見ていただいた。

(四)「ストップ・ザ・フリーター」 保護者や教員も普段見落としがちな新しい情報を伝えて、何となく何をして良いか分からないまま卒業していく生徒を減らす。

 高校入学時に持っていた進学・就職の夢も、この長引く不況で自暴自棄になり高校生活を無気力なまま過ごして、中途退学や進学就職をあきらめて「フリーターでいいや」という生徒が増えてきていた。そこで先の(三)「インクリース・ザ・モチベーション」でも述べたような指導のほかに、次のような新しいことを計画し、進路保護会や学年集会で説明し「3学年・進路だより」で解説して実行した。
  @成績不振や欠席の多さで校内選考基準に達しない生徒でも、学校紹介で就職する意欲が起こってきたなら、校長の特段の配慮をもって就職活動が山を越えた2学期末から、地元企業経営者に直接面接をしてもらい、理由納得の上で採用してもらう方法をとった。実際に5名以上の生徒が欠席多いながらも就職でき、現在も元気で真面目に働いているという情報があり、うれしいことである。
 A保護者の失業や資金が無くても対応できる進学分野を紹介する。
 ・県立高等技術専門校、専攻科、農業大学校などを詳しく紹介する。 
 ・大学検定、通信・定時・単位制の高校やサポート校などについても積極的には奨められないが学年集会で解説を行った。 
 B日本育英会奨学金制度や国民金融公庫学資ローンの紹介をする。 
  あわせて、大学・短大・専門学校の新たな奨学金・学資ローン(例えば大学が保証人となり卒業までの利子まで補給をするといった有利な大学など)を紹介した。
  低金利である国のローンについてのパンフは全保護者に参考資料として配布した。
 C卒業後の「職安」ハローワークの利用法説明会を開く。就職活動や雇用失業保険など高校卒業後の世話は母校進路指導部でも相談にのるが、やはり時節柄必要な指導と考  えて説明会をもった。我々教員の知らないことも多かった。 
 D今年度初めて11月に「保護者面談週間」を設けて、担任や進路指導部の教員とは違った雰囲気で就職指導員の方々による相談会を実施した。ようやく進路が決まった生徒  もあり、就職や進学に迷っている生徒の心のケアについても有効であった。 
 E2学期末から3学期卒業証書授与式の後までも、生徒・保護者からの進路相談を受け付けることにした。その結果3月末日に就職が決まった生徒もあった。
 以上のような新たな試みにも、多くの先生方の協力をもって実行に移すことができた。
いずれも苦労が多くて即効性がないのが進路指導であるが、いつかは生徒の選択した進路での生活が花開くことを期待している。


 【これまでの成果】
(一)フリーター希望の生徒が減少する。
「就職に強い八潮南」という評判ではあったが、実際には本校の就職希望者のうち、学校紹介の求人票を使って就職する生徒の率は、まだ好況の余韻の残っていた平成10年度でも45%と低く,フリーター希望や自己開拓の生徒は合わせて22%とやや多かったのである。
 しかし、これまで述べてきた進路指導が効果をあげたのか、自分が進路指導主事担当時の平成11年度には学校紹介は57%になり、フリーターは2%へ減少した。しかし3学年主任であった平成12年度では、フリーター希望者は減ったが、自己開拓による就職希望者が急増して学校紹介の就職者は43%に止まった。不況により生徒の就職したい企業からの求人票が減少したからであった。そこで学校紹介による就職率が減少して、自己開拓が大幅に増えたのである。今後は生徒の希望する職種の企業を中心にした職場開拓が必要である。                                  
(二)大学への進学者が増加する。
 少子化により進学倍率の高さが減少したことが追い風になったであろうが、短大への進学希望が減少して本格的に大学での勉強を希望する生徒が増加した。これもじっくり勉強して自分の個性にさらに磨きをかけていけ。学資は就職してからの子供と親とが折半して返済する方法もあるという情報の提供が功を奏したように考えられる。    

(三)新しい分野への挑戦や、新聞奨学生、学資ローン利用者が増加する。
 大学・短大への進学希望者やその保護者に早くから語りかけてきた公的資金の利用は、保護者から私に直接相談があってから家計状況をざっくばらんに相談。金融機関との橋渡しをおこなった。大学が保証人となる銀行ローンを利用しての進学や、国民金融公庫を利用しての短大進学。新聞配達の奨学生になっての専門学校生も2年連続で出現した。
 残念ながら、受験はしたが合格とはならなかったものの県立高等技術専門校に挑戦する者が出たのは一歩前進であった。今後は合格者が出る学習指導を充実させることでさらに生徒の進路選択幅を拡大したいと考えている。


【今後の課題】
(一)インターンシップの導入と地元へのPRで生徒に自信を持たせる。
 大手企業が高校生の求人数を減少させて大学生や専門学校生を採用する傾向が強まっている今日、高校生の切り札となるのは若さと資格である。その資格取得に一層力を入れることが必要である。また進路意識の高揚を目指す「インターンシップ」実施へむけての地元商工会や企業団体との話し合いが若い進路指導部教員により着々と進んでいる。
 このような本校の進路指導とその実績は、地域の福祉活動に協力してきたボランティア活動で、昨年度プルデンシャルボランティア全国賞を受賞した生徒会副会長の女子生徒が難関の埼玉県立大学に推薦入学できたことにも現れているように思う。生徒の進路意欲を高めるには進路指導部の働きかけも重要であるが、部活動やボランティア活動、生徒会活動での活動も重要な要素である。これら生徒の活動ぶりを地元市民や中学校生徒・教員・保護者へPRしていくことが、生徒に自信を持たせひいては進路開拓につながるのである。(参照=「地域に開かれた学校づくり」−広報活動と求人活動を とおして− 加藤雅喜 『埼玉教育』平成12年3月号)
「地域に根ざす学校づくり」は、学校開放講座の開催や学校評議員制度の導入だけでなく、むしろこのような地道な生徒の活動を援助して、胸を張って就職・進学していく生徒を育てることが重要である。

(二)PTAや同窓会との連携を深める。 
 私は今年度、渉外部主任に転じてPTA後援会や同窓会の担当となった。同窓会役員と十数回の準備会合を経て、ようやく10月7日に 650名余の同窓会総会が実施できる目途がついた。まだ15回の卒業生しかいない本校ではあるが、創立以来の先人の努力を無にしない形で卒業生と学校との協力体制を充実させたい。後輩の就職受け入れや勤務企業からの求人票の発給が期待できるよう、卒業生の力を結集して本校の発展に寄与する道を敷きたいと考えている。求人情報を集めるなど保護者への進路説明会・進路見学会をはじめとするPTAとの連携は当然必要である。

(三)アンケートを実施して、進路指導や新教課程の設定科目に反映させる。
 経済状況の影響に左右されないように、生徒と保護者の意識を分析して中期的・長期的計画を立てて進路指導に当たる必要がある。
 自校生徒の意識分析を行い、「総合的な学習」の時間や新しい教育課程の中で、進路に取り組む教科横断的な計画を立てて実施する。3年間のLHR計画や学校行事としての進路指導の内容を厳選する。卒業生や地域企業、地域団体との協力によるインターンシップ実施への取り組みを進める。保護者へ子供の進路選択・学資計画立案のための積極的な情報を提供する。国・県・ハローワークなど関係機関と連携を深め、情報を収集し生徒・保護者へ伝える。生徒自らインターネット利用による情報収集の出来る環境の整備などが急務である。
 今後、21世紀の日本や世界は、環境問題、人口問題、少子高齢化問題等々、大きな試練に突き当たるであろう。それを解決して新世界を作る大人にならなくてはならない若者達やこれを指導する若い教員達に対して、私は進路指導、即ち「生き方」指導の改善に出来る限りの努力を注入したいと考えている。
                                                              以上



                                   
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