ロマンは一日にしてならず
第30回(2002.10.25)

イタリアの立派な乞食


 ヨーロッパではストリートミュージシャンや大道芸は、市民権を得ているらしく、あちこちで見かけます。洗練されたクラシック音楽や工夫を凝らしたパフォーマンスが主です。道行く人も気軽に足を止め、気に入ればどんどんお金を芸人の前に置かれた帽子などに入れます。収入は腕のよさに比例するそうです。


 ある時、動かない芸人がいると思い振り向くと、ただ手を出している乞食でした。乞食に会った後は私の心にも隙間風が吹きます。


 しかし、イタリアで私の常織が一変する出来事がありました。


 電車に乗っている時です。隣の車両から、一人の男性が入ってきました。彼は良く通る張りのある声で切々と語り始めます。

「シニヨーレ、シニヨーラ。紳士淑女の皆様。私は、会社が倒産し職を失いました。そしてわずかな蓄えも底をつき、家族四人路頭に迷っています」


 イタリア語なのでよく分かりませんがそのようなことを言っています.よく見るとかなりみすぼらしい身なりで、乞食のようです。しかし、こざっぱりと着こなし、不思議と不潔感がありません。乞食は言葉を続けます。


 「先日から家内が体調を壊し、子供たちも学校に行けません。どうか皆様、お気持ちだけで結構です。お恵みを」

そして礼儀正しくお辞儀をしながら手を差し出しますと、多くの人がお金を握らせます。私も思わず出してしまいました。


 乞食が立ち去った後、私は色々と思いをめぐらせました。

立派な乞食だ。あそこまで出来れば、乞食道を極めたともいえる。しかし、あの話は本当なのだろうか?作り話かもしれない。でも彼が乞食であることに変わりはないし、もし乞食でないとしたら立派な大道芸だ。芸人には金を払っても良いではないか。ここはヨーロッパなのだから・・・」

そんなことを考えているうちに電車は終点に着きました。



 本日の回文

最後のもがきが物乞いさ

(さいごのもがきがものごいさ)