ロマンは一日にしてならず 第10回(2002/06/7)

大岡越前の守の秘密


 昔から大岡越前の守の名裁きの話はとても人気があります。

 中でも有名なのは、三方一両損の話です。ある人、名前を忘れたので仮にハっつあんとしますが、この八っつあんが三両落としました。それを拾った別の人が届け出ました。これを仮に熊さんとします。

 さて、ハっつあんは「この三両は落としたのだから、あっしはいらねえ」といいます。すると熊さんは「てやんでえ、拾ったものを貰うわけにはいかねえ」といいます。

 困った二人は越前の守のところへ行きました。すると越前の守はあろうことか、自分の懐より一両差し出し「二両ずつ分けなさい。ハっつあんは元々三両持っていたのに二両しかないから一両の損。熊さんは三両拾ったのに二両しかもらえないから一両の損。わしは出した分一両の損。三方一両損でおあいこじゃ!」はっはっは、と笑ったかどうか知りませんが、そんな話でした。


 しかし、ちょっと待ってください。私はどうもこの話が腑に落ちないのです。彼は名裁きをしたのに本当に一両損しました。もっと高い金額だったらどうするつもりだったのでしょう?それに対して二人は一両損したのではなく二両得をしています。こんな不公平なことがあってよいのでしょうか?


 もし、私が越前の守だったら、三人で一両ずつ分けて、こう言います。「わしは一両もらったから、一両の得、ハっつあんは、一両手元に残ったから一両の得、熊さんはそれこそ一両の得。三方一両得じゃ〜〜。わっはっは!」どうです。すごい名裁きでしょ!?

 おそらく西洋人ならそうするでしょう「ハ〜イ コノ イチリョウハ サイバンノ ヒヨウ デ〜ス」なんて言いそうですね。

 でももっとよく考えれば西洋人なら三両奪い合いになって裁判所に行きそうです。そこまで考えると落とした八っつあん、拾った熊さん、越前の守、みんな神様のような人たちですね。この話が伝え続けられる限り日本人の人情は廃れないことでしょう。


それでは、「竹やぶ焼けた」でおなじみ、逆さ言葉の本日の回文です。

「一両より地位」

(いちりようよりちい)

大岡越前は一両身銭を切ってでも自分の地位や名声を守りたかったのかも・・・・・・まさかね!?