大相撲の八百長問題に物申す世間に物申す


今、世間は大相撲の八百長問題で喧しい。 いわく、相撲界の古い体質を改善するために外部の人間を入れるべきだ、云々。

私の見たところ、その意見自体に反対する声はないようである。

なんだか不思議な気がする。

相撲の「八百長」はいけないことなのだろうか?じゃあプロレスは?芸能人が、知っているくせにわざと間違ったことを言うのは?

小説家がフィクションを書くことは?

相撲を歴史的に振り返ると、神事として奉納することから始まっている。二人の力士が交互に勝つような儀礼的な取り組みもあった。

江戸時代には体格だけ立派な「看板大関」がいたこともある。このような過程を経て、徐々に発展し現在の形となっている。

つまり、相撲は純粋な「スポーツ」ではない。

神に捧げる儀式に使われるのだから「生贄」的なものだが、死んでは困るので、言ってみれば「芸者」のような存在である。

宴会の席で芸者が何か嘘を言ったからといって、本気で怒る人がいるだろうか?

「文化」には必ず一定の割合で「虚実」が含まれている。

私はこの「虚」と「実」の比率が文化としての完成度に関係していると思う。

相撲界は、特別な閉鎖された集団として、独自の文化を完成させたのではないだろうか。

もし、純粋なスポーツとしての存在を望むなら、ちょんまげは止めて、行司は、あの装束ではなく蝶ネクタイをした「審判」としてガニ股で登場し、力士は、勝ったらガッツポーズをすればよい。

本当に「近代化」を望むならそういうことになる。

どこやらの訳もわからない女性知事が、「女も土俵に上がらせろ!」と言った時に、

皆さんは、「だったらお前もふんどし一丁で上がれ!」と言ってくれたじゃないですか。