「お金を稼ぐって、そんなに悪いことなんですか?」

窮地に追い詰められた村上ファンドの村上世彰氏の口から思わず出た言葉。

彼は世の中に大きな疑問を投げかけたと言える。

私は心の中で即座に答えた。

「イエス(悪い!)」

仮に、彼の行動が完全に法律を遵守していたとしても答えは同じである。

そもそも「金」とは何であろうか?それはどのようにすれば得られるのであろうか?

ものにはすべて対価がある。「労働」に対しても同様である。

例えば二人の画家がいるとする。一人は素晴らしい絵を描き、もう一人の絵は素晴らしくない。素晴らしい絵は高く売れ、その画家は儲かる。素晴らしくない絵は売れず、その画家は儲からない。

 労働の結果が素晴らしいため他人から評価され、正当に得た報酬であれば、いくら稼ごうと私は全くけちをつける気はない。優れた画家の目的、いや、少なくともはその動機は「芸術の創造」であり「金儲け」ではなかった筈だ。

村上氏はどうであろうか?彼の行動は、そもそも金を稼ぐこと自体が目的であり、稼いだ金とは「素晴らしい労働が評価」された結果ではない。

若いうちに自己の目標を高く掲げ、研鑽し、優れた労働や創造をした者はその結果として高い報酬を得たとしても、例えば宝石を買いあさったりなどの金の使い方を「面白い」とは感じないだろう。

優れた労働や創造自体に、より次元の高い喜びや面白さを感じるから。

 元通産省の官僚を務めた男が犯罪者にまで転落してしまったのは、50年に近い彼の人生の中で、本当の喜びを学ぶ機会がなかったからだろうか。