ファン感謝デーを!
(これは医師向けの文章です)
今日もまた来た。新聞の下段の雑誌の広告。出ている出ている。
五円玉をくるくる何せば糖尿病が治るって?マイナスイオン水で10キロ以上やせるって?ショウガほうじ茶で高血圧、ひぎ痛、リウマチ、老眼が治るって?
なんだこりや〜〜!?
「わ○さ」「安○」「○快」等の広告である。二十一世紀にもなってこんな事を信じる人がいるのか?
早速「安○」の出版社に電話をかけてみた。発行部数は、驚くなかれ「○快」二十万部、「安○」は十四万部、「ゆ○びか」十六方部。毎月ですよ、これ。
いわゆる健康雑誌は月刊だけで十種以上あり、総売り上げ百万部は優に越えるとのこと。
こりや隣のおじさんも買ってますよ、きっと。
医師の皆様方はこのような雑誌はおろか、新聞の下段に広告すら馬鹿にして日も止めないだろう。
しかし、如何に医学が進歩しようとも、一般大衆がそれを受け入れるとは限らない。医学の進歩とは無関係にこの「市場」も進歩し続けている。これが現実なのである。
原因は三つあると考える。
一つは、二十世紀に発展した自然科学が、平均レベルの人間の頭脳の許容範囲を越えてしまい、一般人がこれを受け入れ続けることをやめてしまったのではないか。占いブームや、テレビに出て来る「心霊写真」の愚にも付かない解説等を見ていると痛切に感じる。
もう一つは、今日の日本が冒されている経済至上主義。要するに、本が売れればいい。出版社が売れる本に心血を注ぐこと、医者が患者に接する情熱以上なのであろう。
もう一つは、これが最大の問題であるが、医者が信用されていない、という厳しい現実。だからこんな本が売れるのだ。
以前、医療は医者のものであった。
おいこら、俺のいうことを聞け、そうすれば治る。何、治らない?治らないのは歳のせいだ・・・・。
こんな鼻持ちならない医者が医療ミスをした日にゃ、患者はスタコラ逃げ出すだろう。
現在は、インフォームドコンセントが大事なのだという。概念的には正しい。
しかし、本当にそうなのか。
ある手術前の患者が、主治医から説明を受けた。熱心な医者は言葉だけではなくレントゲン写真、CT画像を見せ、図解し、果ては模型まで駆使して説明した。患者は喜ぶかと思いきや、「恐怖の一時間だった」と家族に語ったという。 何がいけなかったのか?
「ファン感謝デー」にアマチュアであるファンと本気で勝負するプロ野球の選手はいないであろう。将棋の指導対局だってプロはアマチュアがいい手を指せば、負けてあげるのだ。
医学は、このようなファンサービス精神がなければ永遠に一般からは遠い存在なのかもしれない。 先ほどの医師は、アマチュアの力が読めず、力が入りすぎた。
プロがアマに勝つのは当たり前。理解させる、とはそういうことではない。 プロがアマに接するときの態度は「ファンサービス」精神につきる.勝負はプロ同士がやることなのである。一線の研究は大学に任せよう。
そして勤務医の皆さん、医学を啓蒙しようではないか。
大上段から医学を「教える」のではなく、医学を一般に「近い存在」にしよう。「自営業者」ではない勤務医がやれば営業活動ととられる心配もない。
公的な病院の勤務医こそ、一般大衆から近くて遠い存存の医学を、本当の意味で近いものにする」立場にあるのではないだろうか。
にいがた勤務医ニュース第67号(平成13年9月20日)
「勤務医の生き甲斐と使命」
済生会新潟第二病院 皮膚科 丸山友裕