高齢の女性患者で、発熱や甲状腺機能亢進症など、特に発汗を来す原因がないと思われる例で、全身性に多汗症をみる場合がある。この機序と治療法についてご教示ください。                   (大阪・H生)

回答

 汗腺はアポクリン腺とエックリン腺に分けられる。前者は一種の芳香腺と考えられヒトでは腋窩、乳輪、外陰部、肛囲、外耳道など特定部位に存在する。後者は口唇と外陰の一部を除くほぼ全身に分布しており、その発汗は温熱性発汗、精神性発汗、味覚反射性発汗の三種に大別される。

 温熱性発汗は運動や環境温度上昇など熱負荷が加わった時に起こる発汗で、掌蹠を除く全身のエックリン汗腺で生じる。発汗により気化熱を放散し、体温調節に重要な役割を果たしている。この発汗はコリン作動性の交感神経節後線維の支配を受け、視床下部の体温調節中枢に関連して存在する発汗中枢、さらに交感神経活動に応じて拍出される。発汗量は正常人で最大一時間あたり1.5〜2.0リットルに及ぶ(1)。

 発汗異常には限局性あるいは全身性の多汗症と乏汗症(または無汗症)、汗の成分による色汗症や臭汗症がある。外気温が29℃以下で容易に発汗すれば多汗症、30℃以上でも発汗を認めず、頭痛などの放熱機能障害による症状をきたす場合を無汗症としている(2)。発汗は生体の代謝や内分泌、神経系の影響と制御を受けており、これらの障害により量的な異常を生じる可能性がある。

 全身性の多汗症は褐色細胞腫、甲状腺機能亢進症、末端肥大症、尿崩症、糖尿病、低血糖などの代謝・内分泌疾患、結核などの慢性感染症、三環系抗うつ剤などの薬剤、Riley-Day症候群などの自律神経障害をきたす疾患、更年期など種々の状態に伴って出現する。

 基礎疾患で最も多いのが熱性疾患である。肺結核などの慢性感染症や亜急性感染性心内膜炎などで盗汗を主訴とすることがあり、熱型観察が重要とされる。

 甲状腺機能亢進症ではホルモンの過剰による熱産生増加に対して間接的に発汗増加が起こると考えられる。皮膚血流量は増加するため、多汗で皮膚は湿潤し、皮膚温は上昇している。褐色細胞腫では血圧上昇とともに発汗を認め、皮膚は冷たい。アドレナリンを全身投与しても発汗は起こらないことから、本症の多汗は交感神経の緊張によるものと考えられる。末端肥大症における多汗症は成長ホルモンによる基礎代謝の亢進からくる温熱性発汗であるが交感神経の緊張も一因と考えられている。

 更年期障害では卵巣機能低下で視床下部のLHーRH分泌中枢が興奮し、それに伴い近傍の温熱性発汗の中枢の被刺激性が高まり多汗を生じるといわれ、血管運動系失調の一つの症状であるとの考えもある。更年期障害の症状は、通常閉経後5〜6年で軽快する。

 視床下部障害を起こす脳疾患としては頭蓋咽頭腫、Willis輪部動脈瘤破裂、外傷などの脳外科疾患が多く、脳梗塞や脱髄疾患などの神経内科疾患は少ない(3)。

 自律神経失調症、なかでもRiley-Day症候群では流涙、流涎、情緒不安定のほか多汗は必発で、汗腺がアセチルコリンなどのコリン系物質に過敏になっているという報告もある。

 三環系抗うつ剤、モルヒネ、プロプラノロールなど全身性の多汗症をきたす薬剤は多く、これらを使用していれば原因として疑う必要がある。アルコールや麻薬の離脱症状、ニコチンや有機リン中毒の際にも発汗亢進が認められる。  精神性発汗の異常亢進である掌蹠多汗症でも時に全身性に発汗増加が認められる。精神性発汗の中枢と温熱性発汗の中枢が相互に干渉し、その程度にかなりの個人差があることが推測される(4)。

 宮澤ら(5)は感冒様症状後に全身性の多汗をきたした高齢者の3例を報告し、内分泌疾患は認めないとした上で、発熱後に視床下部の体温調節中枢での体温のセットポイントの変動が起こり、温熱性発汗中枢への刺激が持続することにより発汗が持続した、と推定している。

  治療は原疾患が明らかであればその治療が主体である。神経系疾患などでは対象療法となる。一般に本症の治療は困難である。不安や緊張と関連して多汗を生じていればベンゾジアゼピン系の抗不安薬を用いる。不安感は軽減するが制汗作用は弱い。ブロチゾラムを用いて有効だったとの報告もある。臭化プロパンテリンや硫酸アトロピンなどの抗コリン剤は有効であるが、多量を要するため口喝、散瞳、胃腸障害などの副作用で長期連用は困難である。インドメタシンを内服したリウマチ患者の長年の多汗が軽快した報告やカルシウム拮抗剤が有効との報告もある(6)。

済生会新潟第二病院皮膚科

丸山友裕

文献

1牧野嘉幸: 皮膚科Mook No.10. pp74-79, 1987

2青木誠: 日本医師会雑誌 119: No.8.付録66-67, 1998

3斎藤博: 医療52: 153-157, 1998

4小川徳雄: 日本生理誌 48: 1-13, 1986

5宮澤幸仁ら: 自律神経32:526-533, 1995 6Stolman LP.: Current Therapy 16: 863-867, 1998