アトピー性皮膚炎について

済生会新潟第二病院 皮膚科部長 丸山友裕

はじめに

 今や、アトピー性皮膚炎の治療は混乱をきわめている。

 たとえば、食事療法の可否については、全く不要と決めつけている多くの皮膚科医と、これをかなり重要と考える小児科医間の溝は深く、このことが現場における混乱の一因となっている。また、無責任なマスコミの報道もこれに拍車をかけている。ステロイド外用剤の使用に関しては、医者に毒を盛られていると言っているに等しい記事すら見かける。

 これらのことに代表される混乱の最も大きな原因は、やはりアトピー性皮膚炎の病態がまだ十分に解明されていないことであり、民間療法や湯治などで治った等の個々の事実を一元的に説明する理論がまだないためであろう。

 これらの現状を踏まえ、私見を述べたい。

角層のバリヤー機能とアトピー性皮膚炎

 まずアトピー性皮膚炎の乳児の顔面をじっくりご覧いただきたい(図省略)。相当重症のアトピー性皮膚炎でも、鼻尖部は侵されていないことに気付かれるであろう。突出した、外力を受けやすい部が悪化しやすい傾向があるのにこうなるのは、御自分の鼻をさわって見ればおわかりのように、皮脂が充分あるためである。また、いわゆる小児乾燥性湿疹の乳幼児では、おむつ部のほうがむしろざらつきのない正常な状態を呈していることはよく経験するところである。おむつにより常に保湿されているからである。

 乾燥傾向が強くなり、そこに散在性に湿疹性の変化が起こり、重症化することによってアトピー性皮膚炎の皮疹が完成して行くのである。  以上のことから、アトピー性皮膚炎における皮膚の炎症は正常な皮膚に突然起きるものではなく、皮脂欠乏状態を呈する皮膚に二次的に発生していることがわかる。

 そこで、走査電顕で正常人とアトピー性皮膚炎児の乾燥皮膚を比べて見る(図省略)。正常人では、角質細胞が敷石をぴったりと敷き詰めたようになっているのに対して、アトピー性皮膚炎児では個々の角質細胞に多くの穴があり、敷石がはがれ、ずれて、隙間ができていることがわかる。これはとりも直さず、皮脂欠乏状態により角層のバリヤー機能が破綻をきたし、このことがアトピー性皮膚炎の誘因となっている証拠といえる。年長児にみられる肘窩、膝窩、前頚部の皮疹はバリヤー機能の破綻により、汗が容易に再吸収されてしまうために生じるのである。

 したがって、アトピー性皮膚炎は従来言われてきた I 型アレルギー機序のみで起こっているとは言えず、皮膚の生理機能の異常、すなわち角層間脂質(セラミド)の形成異常や、これにともなうIV型アレルギー(接触皮膚炎)、皮膚から抗原が直接侵入することによる I 型アレルギーなどを考える必要があろう。

食事とアトピー性皮膚炎

 現在行われている食事療法の根拠は、アトピー性皮膚炎の原因が I 型アレルギーとされている点と、現実にIgEの値と皮疹の重症度が平行関係を示すケースが多いこと、RAST法で食事抗原が陽性を呈すること等であろう。

 大方の皮膚科医の食事療法に対する考えは以下のとうりである。すなわち、したつもりの食事制限はほとんどの場合、実際には加工食品等を摂取することにより完遂されていないし、うまくいっているかどうか医師は確認もできない。また、すべての食品についてIgEを検索しているわけではないので漏れがないかどうか確認できていない。逆に、厳密な食事制限をして成長障害を起こしては困る。自分だけ食事の面で差別されることに対する精神的なサポートや経済的、時間的な問題はどうするんだ。いずれ消滅するIgEなのだから無理に制限しなくてもよいではないか、と、実のところ根底では食事制限の有効性は認めるものの、現実路線でしないほうがよいという考え方である。

 しかし、最大の問題はIgEのRAST値が高いということが本当にこの現在の湿疹病変の原因と断定してよいかどうかであろう。

 この問題に関してはアトピー性皮膚炎が純粋な I 型アレルギー疾患であれば成り立つ可能性はある。しかし、前章でも述べた如く、アトピー性皮膚炎が非常に複雑なメカニズムが絡み合って発症していることからも、食事抗原のみを最重要視してよいかどうか一歩引いて考える必要があろう。

 たしかに、アトピー性皮膚炎の乳児においては食後に急激に皮疹が悪化することはしばしば経験する。しかし、実は、このときの発疹はアトピー性皮膚炎そのものの皮疹ではなく、蕁麻疹なのである。まさにこの時点では I 型反応がたしかに起こっていると考えられる。幼児期になるとこのような蕁麻疹型の反応はほとんどみられなくなる。

 この理由としては食事が年齢とともに多様となりマスクされている可能性もあるが、蕁麻疹型の反応そのものが起こりにくくなってくるためと思われる。

 およそ1歳までの乳児期は消化管機能が未熟であり、蛋白質が未消化で分子量が大きいまま吸収されてしまう。この時期には蕁麻疹型の反応が起きやすく、感作も成立してしまう時期なのであろう。

 昔から漆職人がかぶれを防ぐために漆を少量ずつなめる話は有名であるが、何故だろう。  

 かぶれはその物質が皮膚から吸収されて起こるわけであるが、皮膚は適切に分解し、吸収しているわけではない。それが舐めることにより、消化管から分解されて、分子量の小さな物質として吸収されることにより一種の脱感作が起きて、今度は大分子量のものに対しても攻撃しなくなるわけである。

 これと類似のメカニズムを考えれば、乳児期に大分子量のまま吸収され抗原となった食品蛋白が消化管の成熟とともに分解され吸収されるに至り、脱感作を起こして次第に抗原性を失ってくるのではないか。してみると5ー6歳にいたりRAST法の食事抗原が消えて行くのはその食事を摂取し続けているために他ならないといえる。したがって乳児期に感作が成立してしまってしかも消化管が成熟している状態では、食事制限はしないほうがよいということになる。

 食事制限をし続けてきた児がある年齢になってIgEが消失し、「やっと制限しないですむようになったね」と言ったとき、実はそれは制限したつもりになっていただけで、気付かないうちに食べ続けてきた結果であるのかもしれない。

 IgEのRAST値の年齢別の推移をみると5ー6歳位までは圧倒的に食事抗原優位であるが、これが消失してくるのとちょうど入れ替わるようにダニ、ハウスダスト等の吸入抗原が出てくる。これははたして偶然であろうか。

 これはやはり、生まれつきIgE産生能が高いか、あるいは一旦IgEを作り始めると常にIgEを産生する相手を見つけては作り続けるからではないか。

 新しく産生された抗ダニ抗体に対してはダニの持つ蛋白の分解産物を投与し、脱感作を起こさせてしまう方法がまず考えられる。注射による脱感作はすでに行われていたが、思ったほどの成果がなかったようである。

 筆者は今のところ消化管から吸収させる方法、すなわち、ダニ蛋白を抽出し、これを内服あるいは食品として食べるのが一番よいのではないかと想像している。しかし、個々のものをターゲットにした場合、永久にいたちごっこを続ける可能性もある。

 寄生虫に対してはヒトはIgEを産生するが、近年、ヒトの寄生虫が激減し、このため各個体がIgEを産生すべき新たな相手を見つけ出してはこれを産生するため、アレルギー疾患が増えたという説もある。したがって寄生虫のように非特異的IgEを作らせるような無害な物質を投与し続ける方法も考えられる。  今後の研究に期待したいところである。

ステロイド外用剤とアトピー性皮膚炎

 成人のアトピー性皮膚炎がここ10年くらいで急激に増加している(図)。他施設の統計で恐縮だが、1984年では年齢とともにアトピー性皮膚炎患者の受診数は減少しているのに対して、1992年では13歳を境に上昇に転じ、19-21歳でもう一つのピークを迎えている。最近10年くらいで「何か」が変わってないか考える必要がある。

 成人のアトピー性皮膚炎はいわゆる「成人型アトピー性皮膚炎」の像を呈し、顔面から頚部に非常にコントロールし難い赤みが出るのが特徴である。

 顔面の皮膚は特殊であり、特有の神経血管反射がある。恥ずかしいときに赤面したり、ほてったりするのがそれである。

 皮膚科領域の疾患で酒さ様皮膚炎がある。これは顔面に対するステロイド外用の結果として起こる、非常にこじれた副作用である。顔面にステロイド外用剤を繰り返し塗るうちに毛細血管拡張やにきび状の皮疹や不規則な赤み等が出てくる。困ったことに、このころには顔の皮膚はすでにステロイド外用剤に対して依存性になっているために、外用を中止するとかえって悪化するのである。塗っている本人も半ば、これはおかしいと気が付きながら、結局やめられなくなってしまい、ずるずる悪化の一途をたどるのである。

 このときの症状の一つに顔のほてりがある。すなわち、これは一面的な見方だが、ステロイド外用剤の外用により、顔の神経血管反射が持続、増強してしまいコントロール不能になってしまった状態ともいえる。成人型のアトピー性皮膚炎においては長年のステロイド外用剤外用によりこれと類似の状態が惹起されている可能性はある。ただし、成人型アトピー性皮膚炎と酒さ様皮膚炎は同一のものではないのでステロイド外用剤を悪者と決め付けるのは早計である。

 しかし、筆者の経験だけでも約2割の成人型アトピー性皮膚炎は脱ステロイドでリバウンドを経てから長期寛解をみる。さらに長期のリバウンドに耐えればその率はさらに上昇すると思われる。

 民間療法でしばしばアトピー性皮膚炎が軽快したとの話を聞くことがある。民間療法の内容は様々であるが、共通して言えることは医治を拒否していることである。つまり、民間療法を受けるということは、この間脱ステロイドをはかっているとも言えるのである。2割の患者が軽快すれば民間療法としては大成功であろう。

 ステロイド外用剤の問題点は、一般の薬剤と異なり、作用・副作用が渾然一体となり分離できないこと、外用している皮膚が依存状態になるため外用を中止しても副作用が速やかに消失せず、副作用を副作用として認識できない可能性があることである。

 ステロイド外用剤の使用を単に「可」・「否」等と結論づける気は毛頭ない。しかし、ステロイドの薬理作用の特殊性に鑑み、筆者は現在ステロイド外用剤をアトピー性皮膚炎治療の第一選択にはしていない。

アトピー性皮膚炎の治療

 以上述べたことを基盤として、筆者は以下に述べる方針でアトピー性皮膚炎を治療している。なお、これにはマスコミにより中途半端な知識を植え付けられているであろう患者および家族への対応も含まれている。

 1)1歳以降は食事制限はしない。

 2)初診時にはなるべくステロイド外用剤を使用しない。ただし、他医ですでに治療を受けている場合はこの限りでない。  外用は保湿剤、非ステロイド剤のみを処方し、一日何回でも塗るように指示し、ドライスキンの改善に努めさせる。その際にこれがステロイド外用剤でないことを十分に説明し、安心させておくことが必要である。

 3)適当な間隔(概ね一週間)で再来させ、処方した保湿剤が適切に使われたかどうか確認する。患者の「塗っています」という発言は全くあてにならない。保湿剤だけで軽快するはずのドライスキンがどの程度改善し、どの程度残っているか見る。治り方が遅いように思われたら、軟膏の使用量(残り具合)を聞く。たいていの場合、塗り方が不十分である。そこで実際に塗って見せる。「えっ、そんなに塗るんですか」と言わせれば成功である。その場合はもう一週間同じことを繰り返す。次の再来時にはたいていうまく塗るようになり、これだけでかなり軽快している。その状態で治まり切らない炎症があれば、この時点で、炎症の強い部にはステロイド外用剤が必要なことを納得させ、弱いものから使用する。この時点で、医師も患者も保湿のみで十分な皮疹と、そうでないものが区別できるようになるし、患者も余計なステロイド恐怖症から解放されている。

4)原則として顔にはステロイドを使用しない。

5)局所的な悪化因子を発見し、これを除去する。広い意味でのスキンケアである。 乳児の口囲の皮疹はよだれや食べ物の刺激、夏場の肘窩等の皮疹は汗の再吸収なのでこまめに洗う。眼囲の皮疹はしばしば結膜炎による掻破によって惹起されているので点眼薬も併用する、等。

6)本人が痒みを自覚しない場合でも、掻破痕があれば抗ヒスタミン剤または抗アレルギー剤は眠前投与する。いずれの場合も爪はよく切る。時に引っ掻きマニーのケースもあるので要注意。この場合家族関係、心因性のファクターも考える。ただし口に出してはいけない。

7)ペット保有者で動物上皮のIgE陽性のケース等、all or nothing で抗原を除去できるものはこれを除去させる。  

 等々、列挙すればきりはない。以上の原則的な方針に加え、個々のケースに応じた対策はもちろん必要である。

 近年、イソジン液による消毒療法、紫外線療法すなわちPUVA (Pssoralen-Ultra violet A) 療法、シクロスポリンの外用療法等も試み、一定の成績を上げている。これらについてもまた機会があれば報告したい。

(筆者註)

2年ぶりに自分の書いたこの文章を読んで、正直言って驚いた。ステロイド外用剤に対する考え方がまた変わって来ているのである。

また、今の自分ならこうは書かないよなあ、いうところも多々ある。(この文章は、学術論文ではなく、実地医家向けに書いた一般書である)

この文章には、皮膚科医の良心と、マスコミによって一般社会に植え付けられたステロイド恐怖症に対する無意識の「対策」が渾然一体となって語られている。今の私からみると一種の未熟さがある。

また小児科医向けの文章であるため、成人型アトピー性皮膚炎に触れてはいるものの、基本的には小児に対する治療に主眼を置いた記載になっていることをご承知置きいただきたい。

成人型アトピー性皮膚炎の顔面の皮疹の原因や治療に関してはこの2年で、さらに解析を進め学会報告、論文発表の準備中である。