『頑張って〜〜!』は『頑張りなさい』という意味か?


 いやはや、今はもう流行らなくなりましたけど、新婚旅行、昔は結婚式場から直行したんですね。みんな駅に集まって

「ばんざーい、ばんざーい」ってやるんだな。新郎新婦もそれに合わせて三回くらいお辞儀してね。すると、必ず誰か一人頃合を見計らって

「頑張って来いよ〜〜〜〜!」

って叫ぶんですね。するてえと、みんなどっとうけちゃう。必ず誰かが言うとわかってて、やっぱりうけちゃう。いいですねえ。ほんで、二人が乗り込んだ列車が発車直前になると、外から窓ガラスに張り紙をするやつがいるんだな。マジックで黒々と

「この席、新婚」

内側に向かって張るんだよ。ひどいですねえ。まわりの乗客はくすくす笑うし、通路を通る人にはじろじろ見られるし、次の駅まで新郎新婦は「針のむしろ」ですね。まさに「心労心腐」だな。新郎はもうおろおろしちゃって

「車掌さん、次の駅で止まったら外に降りて、あれ、剥がして下さい」

もう真剣そのものって感じ。「あれ、あれ」なんて指すもんだから、車掌さんも「『あれ』って何よ」と思いながら、そっち見ると思わずニヤニヤして、「わかりました」って、わざと忘れたりして。

もっとひどい張り紙は男の方に矢印指して「童貞」、女の方に矢印指して「非処女」ってのもあったらしい。

おっと、話が脱線しましたね。

今の若い人にはわからないかもしれないけど、昔は「結婚=性生活の解禁」だったんだな。できちゃった結婚なんてもってのほか。だから結婚式でも、みんな「興味津々」で新郎新婦を見ていた。「今夜、この二人はどうなるんだろう・・・」なんてね。

だから、この時代の新婚旅行前の「頑張って来いよ〜〜」は直接的な意味もあった、と思う。ま、冷やかしですけどね。

まあ、そんなこんなで、とにかく日本人はこの「頑張って」が大好き。

ところが、最近、これに批判的な論調が出てきたな。いわく、

「がんばらない」

この、最近の「がんばらない」が流行っている理由は、「頑張れ〜〜〜」とか「頑張って〜〜〜」を文字通り、

「あなたは今から、頑張って全力を尽くすべきです」

という命令、要請、期待、と解釈しており、

「それは可哀想だ、残酷だ、人間いつも頑張り通せるものではない」

と考えているということですね。

果たして本当にそうなのでしょうか?

例えばこの間、手術室の前を通りかかったら、男の人がストレッチャーの乗せられて、今まさに全身麻酔の手術のため手術室に入れられるって感じ。付き添ってきた妻らしい若い女性が

「頑張ってね」

って優しくつぶやくと、その男性、少しだけ手を伸ばして

「うん」

て言ったんだなあ。なんかとても愛情あふれる光景で、少しジンと来たな。

でも、これってその「がんばらない」流の人だったら何て言うんだろ?

おいおいおいって飛んでいって

「君君、これから手術受ける人に『頑張れ』はないだろ。血圧上がったらどうする?麻酔かかって寝ちゃうんだから、頑張れる訳ないじゃないか!そういう時は『気持ちを落ち着かせなさい』って言うもんだ!」

なんて言うのかなあ。それだけで血圧上がりそう。

 どうも、この色々な『頑張れ』の用法を比較検討すると、ある共通項が見えてくる。それは、

『グッド・ラック=good luck!』

だな。ウインクでもして言うんだな、アメリカ人なら。

考えれば考えるほど日本語の「頑張れ」と英語の「good luck」は全く同義語に思える。

英文和訳したときに「good luck」は「幸運を祈る」だけど、日本語で日常こんなことを言う人はまずいないよね。それでは「頑張れ」を和文和訳したらどうなるか?

国語(英和)辞典的に書くと

「頑張れ」@グッド・ラック。幸運を祈る。A(文字通り)努力しなさい。全力を尽くしなさい。

 つまり、「頑張れ」の意味を四角四面に「A努力しなさい、全力を尽くしなさい」だと思う必要はない。「good luck」の日本語訳だと思えば良い訳で、「がんばらない」なんていう言葉と対比する必要はないと思うんだな。

 ただ問題は、実際にAの用法で使うこともあるという点と、うつ状態だったりすると、@のつもりで発せられた言葉をAのように受け止めてしまうことがあるという点ですね。「がんばって〜〜(@)」に相当するもっと軽い日本語を考えてもいいかもね。「good luck」みたいに良い時も悪い時も使える、懐の深い言葉をね。


おまけ:

先日(多分7月19日)テレビを見ていたら、「いつもここから」というお笑いグループが「新ネタ」で、「麻酔かかったら寝ているだけだから頑張れるわけないじゃないか」と言っていた。
  このページからの盗作とまでは言わないけど、

俺のほうが先だ〜〜〜!(「未成年の主張」風)