働き者のA先生
外科のA先生は働き者で有名です。緊急手術といえばいつも真っ先に駆けつけるのはA先生。その敏速さには、後輩の医師達は誰もかなわず、尊敬のまとでした。
さてそんなある日の出来事です。その日は外科の医局の飲み会。居酒屋で飲めや歌えの真っ最中、病院からのポケットベルが鳴りました。緊急手術です。いくら酔っ払っていても、自分達が駆けつけなくてはいけないのです。
呼んだタクシーが来るまでの間、残しては損とばかりに、食べかけのどんぶりを慌ててかきこむ者、残ったビールをぐっと飲み干す者が多いなか、彼等をを尻目に真っ先に店を飛び出したのは、やはりA先生でした。 ところが、A先生が飛び出したとたん、キーーという車の急ブレーキの音に続いて、ドスンという鈍い音。後輩達が慌てて飛び出すと、哀れ、A先生は車にひかれていました。
「先生、大丈夫ですか?」
弱々しくうなづくA先生。足をやられたようです。
「今、救急者を呼びますからそのままじっとしていてください。手術は僕らでやっておきます。」
「た、たのむ」
A先生に救急車の手配をした後輩の医師達は次々にタクシーに乗り込みました。
「今度ばかりはさすがのA先生も僕らに任せざるをえませんね」
タクシーのなかで後輩達は噂しました。
ところが、年末の忘年会シーズンとあって、道は大渋滞。車はちっとも進みません。あちこちで救急車のサイレンが聞こえ、イライラは募る一方です。
車のなかで駆け足したい位だった医師達は、普段の倍も時間がかかってようやく病院につくと、車から転がり落ちるように飛び出し、我先に手術室へと向かいました。
ところが手術室に到着し、慌てて手洗いを始めると
「あら、先生方、手術はもう始まってますよ。」と看護婦が言うではありませんか。
呆気にとられた医師達が手術室を覗くと、なんと、そこには、さっき車にひかれたA先生。
「はっはっは。また俺のほうが速かったな!」と高笑いするA先生。
「先生!救急車で運ばれたんじゃあなかったんですか?」
「その通り。ここに運ぶように指示して、応急手当した。この通りぴんぴんさ。」
「じゃあ、途中で僕らを追い抜いていった救急車には先生が乗っていたんですね」
「はっはっは。おまえらまだ修行が足らんぞ!」
再び高笑いするA先生でした。
「本日の回文」
「我が妻が 待っていたしと 外科医恋い 影と慕いて 妻が待つ川」
(わかつまがまつていたしとげかいこいかげとしたいてつまがまつかわ)