バロック音楽と私
高校生の頃からリコーダーによるバロック音楽の演奏にのめり込み、プロになりたい気持ちを持っていた私でしたが、結局は医学の道を選びました。それでも音楽に対する情熱は捨て難く、楽器はずっと続けていました。
もののけ姫で有名な米良美一氏が世に出たバロック音楽のコンクールに、私も過去に参加したことがあります。
私の本選での演奏が音楽雑誌に取り上げられ、音楽評論家の、故・佐々木節夫さんが「演奏を聞いていて涙が流れた」と絶賛してくださいました。
しかし、この頃から次第にある不安が首をもたげて来ました。医師という責任の重い職業をもちつつこんな事をしていていいのだろうか?と。
そんな折のできごとです。今から10年も前のことになりますが、上越市の長池山というところに住んでいる人が演奏会を企画し、私は友人と共に共演者として参加しました。
さて、演奏会場にいってみると、そこは病院のホールでした。そのためか主な聴衆は患者さんでした。音楽のわかる聴衆ではなかったので少しがっかりしました。
しかし、演奏しているうちに患者さんたちが一心に聞き入っていることに気がつき、私は強い衝撃を受けました。そして演奏を終え、大きな拍手に包まれながら自分の音楽が人の心の琴線に触れたのだということを始めて実感したのです。
と同時に、自分は間違っていた、この人達は音楽の良さをわかってくれたじゃないか、と思いました。自分が思っていた「音楽がわかる」という事がどういうことなのかわからなくなりました。 その晩打ち上げに同席した人が一首詠んでくれました。
「長池の 山に奏でしバロックに 病葉(わくらば)濡らす 病も癒えし」
これを聞いたとき、私は長年の胸のつかえがとれた思いがしました。つまり医師である私が、音楽をすることの矛盾、不安を許し、受け入れる言葉に聞こえたのです。
人間はみんな死にます。その意味では最後に医学は敗北するのです。
では、何故医学は必要なのでしょうか。それは多分人々が豊かに生きるためではないでしょうか。
心豊かに生きることをサポートする医師が貧しい心でいてはいけません。
私は音楽を通じて自分の心の豊かさを追い続けているのかもしれません。 今日は回文を一回お休みして、私のリコーダーの演奏をお聞きください。