長い顔の少年
あれは忘れもしない小学校6年のときのことです。
おそらく1学年下のその顔の長い少年はいつも一人でした。体格も立派で頭のよさそうな少年でした。
初めて廊下で擦れ違ったとき、私は思わず
「長い顔!」
と言ってしまったのです。内心しまったと思いましたが、後の祭です。しかし、その少年は気にする風でもなくそのまま通りすぎました。正直ほっとしました。その数日後また少年と会った時、あろうことか私はまた
「長い顔!」
と言ってしまったのです。そんな自分が少し厭になりました。しかし、少年は少し微笑みすら浮かべるのでした。
私は不思議な親近感を覚え、その少年に興味を抱きました。調子に乗った私はそれからその少年にあうたびに、いえ、姿を見かけたら追いかけていってまで
「長い顔!」
と言いました。その頃には次第に
「ながいかお〜〜〜〜」
と微妙なアクセントまで付いたのでした。何故か彼が決して怒らないという確信があり、私は得意満面でした。今度はいつ会うんだろうと、うきうきするような気持ちまで感じていました。
そんなある日のこと。少年は珍しく友達と連れだって歩いていました。しめたっ。近づいて行った私はいつものように、いえ、いつにも増して大きい声で
「な〜が〜いかお〜〜〜!」
と言いました。連れの友人が怪訝そうな顔をしています。たぶん
「あれは誰だ?」
と尋ねたのでしょう。それに答える長い顔の少年の声が丁度擦れ違う私の耳に入りました。
「あいつ馬鹿だから相手にするな」
からかったつもりになっていた私は、実際は全く相手にされていなかったのでした。うちひしがれた私は、それ以来人をからかうことをやめました。
実はこの話には後日談があります。
数年後のことです。高校二年になった私は新入生のなかに再び彼の姿を見つけたのです。
何と遠くから私に向かって丁寧に会釈しているではありませんか。
からかったことを後悔していた私は一瞬わが目を疑いました。彼の姿はそんな私を許すばかりか
「馬鹿って言った私の方がもっと後悔したんですよ」
とでもいいたげに見えました。結局二人はその後言葉をかわすことなく高校を卒業し、大学受験の模擬試験会場で再び偶然出会いました。この時も人ごみに紛れて話すことはできませんでしたが、交す視線の中には十年近い年月をかけて育んだ、ひょっとしたら
親友以上に強い心の絆が読みとれました。
遠い遠い日の思い出です。
本日の回文
「何回もからかうからかも。いかんな。」