ドイツ語 吉田先生
大学2年のときのことです。ドイツ語の試験で59点だった私は焦っていました。合格に一点足りないのです。何とか一点欲しいと思った私は思いきって先生に頼みに行く事にしました。怒られるかもしれませんが、脳裏には温厚そうな吉田先生の顔が浮かんでいました。
研究室の戸をたたくと分厚い書物から顔を上げた先生は私を迎えいれました。答案をそーっと差し出しながら
「先生、たった一点なのですが、何とかなりませんでしょうか?」
あまりの馬鹿正直さに情けないと思いつつも、言いました。すると、意外にも先生はあっさりと
「いいよ」
と言うではありませんか。驚く私に
「ただし今、君が採点ミスを発見できたらね」
と付けたしました。喜んだ私は目を皿のようにして答案に見入りました。そして、おもむろに聞きました。
「先生、この作文なんですけど・・」
「うーむ。これは定冠詞の使い方が違っているし、名詞は大文字で始めてもらわないとね。」
「じゃ、これはどうでしう?」次々に質問しました。
「これはスペルが違っいるね。辞書で調べてごらん。」
「はぁ」
ねばること30分。もう駄目かもしれません。
「どうだね、私の採点は間違いがないだろう?降参するかね?」
99%絶望の中で、ふとあるものが目に入りました。本棚にリコーダーがあるのです。そういえばクラシックの演奏会では必ず吉田先生の姿があります。先生の、音楽に合わせてリズムをとり、だんだんずれていく姿が、そして、いつかこっくりこっくりする姿が鮮明に浮かんできました。しめたっ!一度はリコーダーでプロになろうと思った私に、ある作戦がひらめきました。
「先生、ドイツ語はあきらめました。でも僕、リコーダーが吹けるんです。」
「ほう」先生の目が輝きました。
「あの、ずうずうしいんですけど、先生のリコーダー吹かせてください。もし、先生が、うまいっ!と思ったら一点いただけませんか?」
「それは面白いね。やってごらん」
先生の優しそうな目を見て内心、これは頂きだな、うひょひょ。いやいや顔に出してはいけない、と自分を戒め、
「では、吹かせていただきます。先生のお好きなバッハ作曲無伴奏チェロ組曲第一番のリコーダーバージョンです」
力の限り吹きました。プレリュードの次はアルマンドです。だんだん調子が出てきたました。次はクーラントです。目を閉じて聞いています。しめしめ、演奏会のときと同じ様子です。それっ、サラバンド!よし、このまま突っ走れば勝利は私のものだ!メヌエット、ジーグまで全部吹き切ったところで、先生は突然立ち上がりました。
「す、素晴しい!君は大芸術家だ!」
「はいっ、ありがとうございます」
「君のような素晴しい芸術家は世俗の試験の点数、しかも一点なんてみみっちいものにこだわる必要は、全然、な〜い!」
本日の回文
「再三テストを落とす天才さ」
(さいさんてすとおおとすてんさいさ)
「答案消して試験アウト!」
(とうあんけしてしけんあうと)