ジュリアナ号事件
高校2年のときの出来事です。 リベリア船籍のジュリアナ号が新潟港沖で座礁し、恐らく金銭的問題のこじれから曳あげが出来ず、へさきを宙に向けたまま何か月もの間無残な姿をさらしていました。私の自宅裏の関屋浜からも5〜6Km先のその様子は良く見えました。
冬も近づいたある日、私と同級生のF君は学校の帰る道筋、色々話し込んでいるうちにいつのまにかその関屋浜にたどり着きました。ジュリアナ号を眺めながらあれこれ喋っているうちに、近くまで行ってよく見てみようということになりました。当時の関屋浜はまだ現在のように整備されておらず、切り立った断崖でした。取り敢えず学生鞄を断崖の上に置き、崖を降り、砂浜を歩きました。晩秋の海辺には誰もいません。思春期の二人には話すことはたくさんあります。時のたつのも忘れ歩くと、ジュリアナ号はもう目の前です。
さすがに目前にみるジュリアナ号は迫力がありました。二人はしばし嘆息し眺めた後、またもとの道を引き返しました。いつしか陽はとっぷりと暮れ、小雨は次第に本降りになりました。寒さにふるえながら、びしょ濡れの二人はコートの襟を立てて歩き続けました。そして恐らく夜の9時くらいになり、ようやく関屋浜にたどり着いた二人は、街灯もなくすっかり闇に包まれた崖を上がって行きました。
すると、置いたはずの鞄がありません。きょろきょろと探していると、突然3〜4台の車に一斉にライトで照らされました。呆気にとられていると、
「自殺者が戻ってきたぞ!」
の声と共に次々に駆け寄る人々。なんとそれはパトカーから飛び出してきた警察官たちでした。「君達、大丈夫か!?」
「怪我はないか?」などと次々に質問攻めです。
「あの〜何かあったんでしょうか?」きょとんとして尋ねる私。
「さっき近所の人から、崖の上に鞄が二つあり、どうやら学生の心中らしいと110番通報があった。今から捜索するところだったんだ。君達怪我はないか?」
「怪我はありませんが、あの、鞄はどこにあるんでしょうか?」
「遺書がないか、今調べている。」
「遺書はありません」
「そうか、何が入っている?」
「辞書が入ってます・・」
「何?辞書?遺書じゃないのか。この非常時にシャレをいうな、シャレを!」
このあと二人がこってりとしぼられたのは言うまでもありません。 この時の辞書つまり英和辞典は雨のせいでごわごわになり、すっかりひきづらくなってしまい、辞書をひくたびにこの事が頭をよぎりました。
高校生の皆さん、鞄はちゃんと持って歩きましょう。
本日の回文
「わたし崖で怪我したわ」
(わたしがけでけがしたわ)