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 「モザイク」  田口ランディ 幻冬社

なんとタイムリ−な小説でしょう!
私的のは田口ランディの長編3冊の中では一番好みかもしれない。先日、身近な友達の間で話題になった携帯電話でしかコミュニケ−ションできない子ども(若者?) の話などしたばかりなので、気になる部分がたくさん。

 半分くらい読んだところで「これはSFだ!」と思った。クラ−クの「幼年期の終わり」やベアの「ブラッド・ミュ−ジック」を思い出した。精神の融合や遺伝子やウイルスの影響で一人がみんな、みんなが一人になってしまうような未来の話。でも、この本に書いてあることはSFではない。
携帯やメ−ルでしか話せない若者。またメル友とかいって、誰かとは繋がっていたい、でも直接話すのはめんどい、という人。携帯電話というツ−ルを介して繋がりあい、一つに溶けあう人々。
昔SFを読んで、「未来はどうなんだろう」と想像した未来が現実になった。そんな気がする。一日一日はちょっとずつしか進んではいないけど、確実に自分は未来にやってきた、そんなことを思いながら読んだ。特に先日↓の「卒業式まで死にません」も読んだあとだったので、余計にぐっとくるところがあったのかもしれない。

 p・158の正也の言葉「・・・・・・(略)ありのままでよかったのに。どいつもこいつもよけいなことをしやがった。俺を捏造した。・・(以下、略)」の部分。かつて子どもだった自分、母親になった自分、両方の立場で痛い。

 この感想を読んだだけでは、「一体何?」と思う人がたくさんいると思うけど、ネタバレは興味を半減してしまいそうで・・・・。意味不明な書きかたをしてしまった部分は、できれば先入観なしに読んでみてほしいからかな?私は、渋谷に行くのが怖くなってしまった。

「卒業式まで死にません」 南条あや 新潮社 

ストカッタ−であり、坑精神薬中毒のため18歳で亡くなった作者のWeb日記をまとめた本。
私は読むべきではなかったのかもしれない。

全体のト−ンは明るくて、ごく普通のそこいら辺にいる女子高生の文章のように見える。でも、普通とは何か?と考えると作者南条あやだって、普通の女子高生なんだ。一見(一般的にいうところの)普通に見える人間だって、多くのものを抱えているのだ。他人からは見えないだけで・・・・

 リストカット・・・自分の身体から真っ赤な暖かい血が流れるのを見るとうれしい。自分にも人並みに暖かい、赤い血が流れているのだ、という安心感と、身体中に血が流れ出して死んでしまえばいい、という気持ち。血を全部流してからっぽになってしまいたい、という願望。でも、本当は血を流さなくてもからっぽなんだけど。心の中がね。
傷の痛みを感じているときだけ、「痛いから生きているんだ」って実感できたりもするんだよね。彼女がどう感じていたのかは、この本だけでは、本当のところはわからないけど。

かつて、自分の身体に流れる赤い血を見ることで、なんとか精神の安定を保ってきた人間のひとりとして、冥福をお祈りします。

南条あやのHPはここ

「アンテナ」 田口ランディ 幻冬舎

15年前のある日、突然いなくなった真利江。生きているのか死んでるのかもわからない状態というのは、なんて酷なんだろう。
人が近しい人間の喪失を消化するためには、「最後のお別れ」が必要なのかもしれない。
その喪失が、死という永遠に再会がかなわないものでも、生き別れでも・・・
それは、お葬式という形でも、または、自分の心の中だけでのお別れでも、その人がいなくなることを納得し消化しなければ、先には進めないのだと思っている。
しかし、この本の中の真利江は生きているのか、死んでしまったのかもわからない。「帰ってくるかもしれない」と「死んでいるかもしれない」が半々だ。残されたものにとって、これほどつらいことはないのではないかとさえ思う。でも、家族それぞれのやり方で、15年たってやっと真利江もの喪失を消化する。
そのために、人と出会い、何らかの力をもらい、自分を傷つけてまでも。
この「アンテナ」も先日読んだ「コンセント」も残された人間が、いかにいなくなった人の不在を納得し、自分なりに消化し、変化し再生していくか、という物語なのだと思う。そこには人間にたいする愛情があり、読む者を力づけてくれるような気がする。

これから先、田口ランディはますます目が離せない作家になった。

「コンセント」 田口ランディ 幻冬舎

 読み終わった後、何日もその本のことが頭を離れないことがある。ちょっと前だと、『永遠の仔』とか。
この『コンセント』もそうだった。

 読んでいる間から3日ほど続けてコンセントの夢を見た。
私は壁についているコンセントで、プラグが差し込まれるのをずっと待っている。ある日自分に合ったプラグが差し込まれると、一気に様様な情報が流れ込み、コンセントの私は「ああ、これがコンセントの世界なんだ〜」とこの世の中のすべてを理解する。でも、目が覚めると「これが」と思った世界のすべてを忘れているんだけど(笑)。
またある時は、私はプラグで、自分が差し込まれるべきコンセントをさがしている。
あれこれ試してみると、あるコンセントに差し込んだ時、「これだ!」と思う。そしてコンセントに差し込んだとたん、あらゆる情報が流れ込み、私は金色の光に包み込まれ、すごく幸せな気持ちになるとともに、自分をはっきり理解し、すべての事に意味を見出す、という夢。もちろん、目覚めた時には、肝心な部分は覚えていないんだよね。

 「ぐるぐる日記」を先に読んでいたので、「この人物は、あの人がモデルかな」なんて思いながら読んでしまったのは、いけないことだったかもしれないけど、たぶん、いきなりこの本を読むよりは理解できたのだと思う。
う〜ん、感想じゃないことを書いてしまったな。

 「薔薇の木 枇杷の木 檸檬の木」   香織  集英社

 5組の夫婦、それを取り巻く数人の女性の恋のお話。

一歩ひいた所からたんたんと書かれているので、「これは、不倫でしょ!」とつっこみたくなりながらも、どろどろした感じは全然ない。
思わず相関図などを書いてしまったほど、関係が入り乱れているのに、むしろさわやかな感じすらしてしまう。
感情移入できる登場人物はいなかったけど、ところどころにちりばめられたスルドイ言葉に「ウマイなぁ」とうならせられる。
特に夫婦間のすれ違いや、倦怠感はとてもよく書けていると思う。

 この本を未婚の人が読んだら、どう思うのでしょう・・・

「ロザムンドおばさんの花束」 ロザムンド・ピルチャ−  晶文社

土佐人k美さん、ニムさんのオススメ本。

「人形の家」「初めての赤いドレス」「風をくれた人」「ブラックベリ−を摘みに」「息子の結婚」「クリスマスの贈り物」「記念日」の7つの短編からなる短編集。

 どれも、さりげなく暖かく、ステキなお話ばかり。窓辺に飾った1輪の花が心を和ませてくれるような、いいお話ばかりです。

 「ロザムンドおばさんの贈り物」  ロザムンド・ピルチャ− 晶文社

「あなたに似たひと」「忘れられない夜」「午後のお茶」「白い翼」「日曜の夜」「長かった一日」「週末」からなる短編集。

 ごく普通に暮らす人の平凡な日常生活。その中で起こる、ちょっとした出来事。でも、本人にとってはとても大切な決断だったり、忘れられない事だったり・・・
どのお話も一見ささやかでいて、豊かで暖かく、心地いいものばかり。ほっとくつろぎたい時にぴったりだと思います。

「雪の断章   佐々木 丸美   講談社文庫

 大江戸さんに薦めていただいた本です。この本と出会わせてくれた大江戸さんに、感謝!ありがとう。
 
 6歳の時孤児院から本橋家に引き取られた飛鳥。散々にいじめられ、希望もなく過ごしたそこでの2年間は、恨み、哀しみだけの日々だった。
とうとう、我慢も限界に達し、本橋家を逃げ出した飛鳥は、偶然再会した滝杷裕也に引き取られ、一緒に暮らすことになった。裕也のもとで幸せに暮らしていたが、本橋家の人間と再開した事が、思わぬ事件の始まりだった。

 設定、その他に多少の無理は感じられるとしても、そんなことはどうでもいい、と思える部分がたくさんありました。幼い頃の不幸とどう向き合ったらいいのか、人に心を開くとはどういうことか、などなど、読んでいる間飛鳥が自分のように思えました。

  絶版になってしまった事が残念ですね。

「ネバ−ランド」     恩田陸  集英社
 ある年の暮れ、それぞれの事情で寮に残った美國、寛司、光浩。そこに、自宅組ながら一人暮らしの統が加わって、4人で過ごすことになった。
負けた者が”告白”か”実行”を選ぶというゲ−ムを始めた4人。そこで、それぞれの胸の内、それぞれの過去や苦しみを知ることになった。

 作者は「ト−マの心臓」(萩尾望都のマンガ)のようなお話を書きたかったがほのぼのしてしまった。と後書きに書いている。ほんのちょっぴりの苦みもあるが、たしかに爽やかにほのぼのしていて、私としては大好きな作品だ。

 なにか事件がある度に、ワイドショ−のレポ−タ−たちが、近所の人やクラスメ−ト(かどうかも怪しいが)などを捕まえては「少年Aはどんな子でしたか?」と聞くのはなんとバカバカしいのだろう。
誰にでも、心の中にむやみには人に見せない闇がある、と思っている。その闇が深ければ深いほど、なんとか隠そうと普通にふるまったり、明るくふるまったりする。
そんな心の内を、ただのクラスメ−トや ただの近所の人がどうして知ることがあろうか。
そしてその闇を自分一人では抱えれなくなったとき、心の内を明かせる友だちがいない人、弱い人などが事件を起こしてしまうのではないか、と思う。 なんてことを考えて読んでました。
「すいかの匂い」 江國香織  新潮文庫

少女の夏の物語が11編。
どの子もちょっと変わっているようで、でも、、いつの時代でもどこのクラスにもひとりはいるような、そんな少女たちだ。

 この作品に限らず江國さんの作品は【感覚】を刺激する。たとえば、アスファルトからたちのぼってくる熱気。そこにふっと吹き付ける涼やかな風。すいかにかぶりついたとき口に広がる冷たさと曖昧な甘さ。かき氷を食べた時の頭のてっぺんにキ−ンとくる冷たさ。狂ったように鳴くセミの声が青空に吸い込まれていく一瞬の静寂。
そんな、皮膚感覚や味覚、聴覚などを刺激される。そして、懐かしさにちょっとせつなくなる。そんな1冊だった。

「カカシの夏休み」 重松 清 文芸春秋

「カカシの夏休み」「ライオン先生」「未来」の3編から成る中編集。

  「カカシの夏休み」
 主人公は37歳、小学5年生の担任をしている。ふと、「帰りたい」と思う。でも、ふるさとはダムに沈み、帰る所はない。そんなある日、中学時代の同級生が事故死してしまう。その葬式で元同級生の3人と久しぶりに再会する・・・
 37歳。20代のように、夢や希望にあふれ、輝く未来があるわけではなく、かといって、すべてをあきらめ、思い出にすがって生きる歳でもない。そんな中途半端な年齢なんだと思う。
やる気があっても、会社が破綻してしまったり、仕事ばかりで、家族とうまくいかなくなったり・・・
一見さりげない文章なんだけど、胸の奥の方にず−んと響く。本当にうまい作家だと思う。身につまされる話だった。

「ド−ルハウス」  姫野 カオルコ  角川文庫

軍隊にも劣らないほど強権な父。家族を愛していない母。そんな家庭の一人娘として育った理加子は、29歳にもなりながら、“不良になるから”という理由で映画や読書から電話や手紙まで禁止されても両親に逆らえないでいた。
その理加子が家をでる決心をするまでが書かれている。

 外からは決して見ることも知ることもできない家庭。特に子どもにとっては、自分の家が【ふつう】であり、両親のいうことが【あたりまえ】だと思って育ってくる。ちょっと大きくなって、お友達の話しなどから、「どうも自分の家と友だちの家は違うようだ」ということを知る。
「何がふつうかって、それぞれの人によってちがうのね。他人のふつうと自分のふつうがあるってことを理解できないとふつうでいられないわ」「だから、ふつう、って一番難しいんだわ、たぶん」 (本文より)
私にとって一番印象に残った言葉である。
たぶん、「自分はふつう」だと思っている人にはふ〜んとしか思われない言葉だろうけど。

「時計を忘れて森へいこう」 光原 百合 東京創元社

なんて色彩にあふれた本なんだろう。
森の緑、エメラルドのようなレンゲの若芽、山ぶどうの紫、ブル−ベリ−ジャムの江戸紫に、古代紫。雪にきらめくルビ−・エメラルド・サファイア・トパ−ズの日光。ちょっと思い出しただけでも、たくさんの色があふれ、自然の豊かさに圧倒されてしまうようだ。

 八ヶ岳南麓のシ−クで自然解説指導員をしている深森 護と 彼に憧れ足繁くシ−クを訪れている若杉 翠。ふたりの周囲で起こった三つの悲しい死。(死といっても殺人ではなく、事故死なんだけど)亡くなった人を深く愛するが故、ちょっとした誤解が元で傷つき、心を閉ざそうとする人の誤解をときほぐし、心を開くきっかけを作ってくれる護。
静かでさわやかで、心あらわれるような、物語だ。今すぐ、森へ行きたくなってしまう・・・・・

「子どものトラウマ」  西澤 哲 講談社現代新書

 子どもの虐待とトラウマについてわかりやすく書かれている。特に日本では、「虐待」と訳されているが英語では「abuse」である。「abuse」とは、「(正常から)隔たりのある使用」つまり、「正しくない用い方」であり、「child abuse」とは「子どもとの関係の乱用」である。そう考えると、虐待という言葉で表現するほどでもないが、子どもを自分の欲求の手段として、利用してしまう、などどいうことは、当たり前に行われているような気がする。
この本にも出てきたが、2歳の子どもが九九を覚えない、と殴りつけケガをさせた母親。「あなたの将来のため」といいながら、勉強に駆り立てる親・・・・ ちょっと、考えさせられる本だった。

生きることはすごいこと      安野光雅/河合隼雄 講談社 

安野さんと河合さんの対談集。
河合さんは大好きな方で、著書もたくさん読みました。
この本の中の1節で最近言われている「心の教育」について「教育というのは教と育とある。心というのは育の方で心は育つんだから、教える方が何もせんほうがいいんや。」とありました。拍手・・・です。
納得!っていうことが沢山書かれています。

「あなたが子どもだったころ」 河合隼雄 講談社+α文庫

河合氏が10人の著名な人に子供時代のことを語ってもらう、という対談集。谷川俊太郎、武満徹、竹宮恵子など。

 ここで語った方のほとんどは、子供時代「平凡」ではなかったことがわかる。親との葛藤や、孤独、登校拒否など、様々な悩みを抱えていたようだ。そういう人がこうして、それぞれの仕事で活躍している様子をみると、「なんとしてもいい学校に」とか「人並みに」などということはあまり、大切なことじゃないな、と思った。

流しのしたの骨」  江國 香織  新潮文庫

 う−ん、はっきり言っておもしろいのか、つまらないのかもよくわからない本だった。

背表紙には「いまはなにみしていず、夜の散歩が習慣の19歳の私こと子、おっとりとして頑固な長姉そよちゃん、妙ちきりんで優しい次姉しま子ちゃん、笑顔が健やかで一番平らかな’小さな弟’律の4人姉弟と、詩人で生活に様々なこだわりを持つ母、規律を重んじる家族想いの父、の6人家族。
ちょっと変だけど、幸福な宮坂家の、晩秋から春までの出来事を静かに描いた不思議で心地よくいとおしい物語」
とある。

 普通の小説なのに何一つ共感出来る部分がなかった。それは、この本が悪いのではなく、私が「母子家庭」で「ひとりっこ」という環境で育ったせいだろう。あとがきにあるように、「よその家をみちゃった」という感じしかなかった。

 「光と祈りのメビウス」  松本侑子 筑摩書房

たった20歳の若さで交通事故で亡くなった弟のことや,自らの子宮ガンなどをきっかけに、占いやヨガの世界に関心をもった主人公治美。そこから発展し環境問題や精神世界についても深く考えるようになる。
そして現代的暮らしから距離を置くために関西に移り住む。そこで真介と出会い、愛し合うようになるが、阪神淡路大震災で真介は死んでしまう。そのとき治美のお腹には真介の子どもが・・・・

生きること、死ぬこととは?環境問題や大震災の恐ろしさ。いろいろな事を考えさせられる本。
特に、東海村の臨界事故などがあった直後なので子供をもつ親として環境問題について考えるきっかけとなる本だった。

「幼子われらに生まれ」   重松清  幻冬舎文庫

 再婚同士、妻には2人の連れ子がいて、下の娘は自分が本当の父ではないことを知らない。私にも前妻のところに娘がいて年4回だけ会うことができる。妻が妊娠したことから、上の娘の態度がおかしくなって、私自身、妻や血のつながらない娘が負担になってきた。

 主人公は前妻の元にいる本当の娘のことをすごく思っている。そこで、私はつまずいた。
まだ、よちよち歩きのころにわかれ、年にたった4回しか会えない娘をそんなに思うものだろうか。
すくなくても、私の父は私の事など、気にもしていなかった。だから、この本を読みながら、どうしても反発する気持ちの方が強くて、入り込めなかった。
私の気持ちとしては、薫(妻の連れ子の上の子)に一番気持ち的には近いと思う。

エイジ    重松 清   朝日新聞社

エイジは中学2年生。
ある日、クラスメイトが通り魔で逮捕された。あいつは何故通り魔なんかしたんだろう。

「キレる」ということは自分と相手との関係が、煩わしくなって断ち切ってしまうことなんじゃないか・・
という部分、とても共感できました。

ポプラの秋   湯本香樹美  新潮文庫

「夏の庭」の作者。
父を亡くした7歳の少女と大家のおばあさんとの話。
不気味で近寄りがたいおばあさんなんだけど、ある使命を担っていました。
それが、おばあさんのお葬式で明らかになり・・・・

文庫なので、ここにいれましたが、児童書として子供がよんでもいいと
おもいます。

グリム・アンデルセン罪深い姫の物語 松本侑子  角川文庫

最近、本屋では、グリムや様々な童話の「本当は残酷・・・」「本当は恐ろしい・・」という本がたくさんならんでいますが、この本はそんなブ−ムに乗って書かれたものではありません。
グリム、アンデルセン童話を批評しつつパロディ化したものです。原典の差別や偏見について深く考えさせられる内容ですが、単純に小説として読んでもおもしろい本です。

 赤毛のアンの翻訳物語   松本侑子   集英社

松本さんが「赤毛のアン」を翻訳する際「赤毛のアン」の中にちりばめられている,たくさんの引用の原典等を探す上でいかにインタ−ネットを使ったか、という内容。さらにこれからのインタ−ネットの可能性などについても書かれていて、アンのファンでなくてもインタ−ネットを利用する人には参考になる本です。

 女たちのジハ−ド  篠田節子  集英社文庫

険会社のOL 康子、リサ、紗織、紀子の4人を中心にした 短編集のような本。直木賞受賞作。

篠田節子の本は好きで結構読んでいるが、今までのものとは 作風が全然違う感じ。
軽快で読みやすいが、ちゃんとポイントはとらえていて、さすが!と思う。
   
この中に出てくる 【紀子】 はよくいるタイプだけど、大嫌い。「アダムの背中2」「コ−スアウト」のあたりは読んでいて腹がたって 本を破りすてようか、と思うほどだった。
なのに、後書きを読んでいたら、直木賞選考委員の一部の男性に 一番人気だったのが 【紀子】だったと書いてあった! 全く、男って!こういう「誰かに頼ってないと、私って何もできないしぃ」 みたいなのがいいわけ?
本の内容よりも後書きの方がずっとインパクトが強かったかもしれないなぁ。

「ハルモニア」 篠田 節子  マガジンハウス

脳に障害がある女性がチェロと出会い天才的な演奏家に・・・
TVドラマでキンキキッズの光一が主演したので、毎週欠かさず見た。
原作であるこの本もおもしろかったけど、ドラマもすごく良かった。
同じ作者の「カノン」も音楽をテ−マにしていて、クラッシックファン
としては、興味深く読めました。

「ブルボンの封印」(上)(下)   藤本ひとみ 

デュマの「鉄仮面」をロマンスにしたらこうなる、というような内容。
どの作品を読んでも人物造型がうまいので、「本当にあったことかも」と思えるところがおもしろい。
この作家の歴史を題材にした本はどれも読みやすく、好きです。

「五体不満足」 乙武洋匡/講談社

手足がない、という障害があるのに「障害は不幸ではない、不便なだけだ」
といえる強さがすごい。また、ご両親もよくここまで前向きに育てたことと、
本当にすばらしい方たちなんだと思います。
障害者の方への見方が変わりました。
漢字にふりがながふってあるので小学生でも読めます。