情報通信技術の発展は急速に進んでいるため、調査や研究、あるいはコンサルティング等を行う場合にも少し先ぐらいを見越しておく必要があります。そこで、少し先の技術について少しずつですが、整理していきたいと考えています。書いた時点からすぐに内容が変わる可能性もあるのでご留意下さい。

安全な通信技術


はじめに
 昔、ある映画の中で、電話線にワイヤーみたいなものを引っかけて通信を傍受するようなシーンを見たことがあるが、インターネットのような情報通信ネットワークにおいても通信内容の秘匿は継続的な課題になる。既にセキュリティを確保するために様々な商品やサービスが登場しているが、頻繁に使われている技術として暗号技術を挙げることができる。暗号技術において最も多いのが素因数分解の難しさを用いたもので、インターネットや携帯電話では1,024桁以上の数値が用いられており、現状では解読されていない。ただし、一昨年、576桁の数値の素因数分解が解かれる等、解読法や処理能力の発展によって、解読能力が高まっているのは事実であり、量子コンピュータ(量子力学の特徴によって一つの命令で複数の計算を一度に行えるコンピュータ)が実現すれば、素因数分解が容易に処理できるほど処理能力は飛躍的に向上すると言われている。
 このようなことから量子コンピュータでも解読が難しい暗号として同じ量子力学を活用した量子暗号の研究開発が進められてきており、その実用化が近付きつつある。

量子暗号とは?
 量子暗号とは、単独の粒子の情報は観測によって一度乱されると元に戻せないという量子力学の特性を用いたものであり、そのため通信途中で盗聴されると状態が変化し解読できず、さらに必ずその痕跡が残る。
 一般的な量子暗号システムは、単一光子生成技術、光伝送技術、光子検出技術の大きく三つの技術から構成される。光子生成技術としては、微弱レーザーや発光ダイオード等が活用されており、伝送技術では光ファイバーの利用が一般的になっている。ただし、一部では空気中で光子を伝送する技術開発も行われている。検出技術では、APD(Avalanched Photo Diode)等の光検出デバイスが使われており、広い周波数帯域で高い検出率を確保できること、ノイズなどの発生を小さくできること、光子吸収により引き起こされる雪崩増幅が安定していること等が理想的な光子検出の条件となっている。

量子暗号の実用性
 これまで行われてきた量子暗号実験の通信距離は光ファイバーを用いたもので、通信距離が数十km、通信速度が数kbps程度で、距離、速度とも実用化には不十分であった。また、通信距離と通信速度は負のべき乗の関係があり、通信距離が短ければ通信速度が飛躍的に上がり、通信距離が伸びると急激に通信速度が落ちる傾向があった。しかし、この1、2年に発表された報告では、100kmの距離で100kbpsの通信速度を実現している例もあり、量子暗号は実用化に大きく近付いたと見ることができる。通信速度だけに目を向けると100kbpsという速度はブロードバンドが普及する現状において速いとは言えないが、暗号鍵のみを送るという利用においては十分なレベルにある。つまり、実際の利用においては、送信する情報すべてを量子暗号で暗号化するのではなく、情報の受け渡しは従来の暗号化の手法を用い、その暗号鍵を盗まれないように量子暗号通信によって送る、二段構えの利用になるのである。実際、米国のMagiQ Technologies社等はこのような仕組みで量子暗号の商用サービスを開始している。さらに、量子暗号の中継技術の開発が進められており、中継が可能であれば、費用面の問題を別にすれば、速度と距離の両立が可能になる。

おわりに
 量子暗号の実用化は進んでいるが、その用途がいまいち不明確なのも事実である。当面は国家機密や軍事関係の利用が想定されるが、既存の暗号技術がやぶられていない現状においてはその市場が存在するかどうかもあやしい。加えて量子暗号が必要な主たる要因とされる量子コンピュータに関しては、その実用化が2010年以降になると言われている。このようなことを考えると、喫緊の必要性は高くない。しかし、非常に高いセキュリティが求められる分野において、費用面において他の暗号技術とあまり違いがないのであれば量子暗号を使うという選択肢も存在するであろう。市場における価値を別にすれば、社会的に問題が顕在化する前にそれを解決するための技術開発が行われていること自体は歓迎すべきことではなかろうか。

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