テレビはどこへ向かうのか
はじめに
我が国の地上波テレビ放送はデジタル化への移行の真っ只中にあるが、その移行が遅れていることはあまりしられていない。これは買い換える費用がメリットに対して大きいためであり、実際、薄型テレビの価格はここ数年で半額以下に下落しているものの、その出荷数はほとんど変化していない。しかし、一方で、モバイルでのデジタル放送視聴は格段に進むと予想される。それは携帯電話の付加機能の一つとして、ワンセグの搭載が進んでいるためである。では、従来の家庭用テレビをデジタル化するメリットは本当に少ないのか、技術的な動向を整理しつつ、検討してみる。
1.高画質化
現時点においてデジタルテレビへ移行することの最大のメリットとして考えられているのは高画質化である。最近ではフルハイビジョンという言葉が広告で用いられているが、画面の解像度は1920×1080であり、従来のアナログテレビ(640×480)の約7倍になる。ただし、個人的な印象として、フルハイビジョンの良さが実感できるのは、テレビの画面サイズが40インチ以上になった際であり、すべての場合において解像度が高ければ良いというわけではない。また、最近、注目されているのが動画解像度という基準であり、人の目で識別できる動画像の表示の細かさを定量的に本数で表すもので、液晶テレビのように比較的反応が遅いテレビとプラズマテレビのように動きに強いテレビの違いを示すために使われている。液晶テレビ側では、この動画解像度が低い欠点を補うための技術開発が進められており、既存のフレーム(映像を構成する単位、通常1秒間に約30フレーム)を情報処理によって増やし(中間フレームを生成し)、60フレームや120フレームにする技術が発表されている。しかし、このような画面の美しさ、滑らかさの違いは横に並べて比較するとよく分かるのだが、家庭で一つのテレビとして視聴している際はあまり気にならない。
2.データ放送、EPG
地上デジタル放送のもう一つのメリットとして挙げられるのがデータ放送や電子番組表(EPG)であり、アナログ放送や衛星放送等でも一部行われていたが、地上デジタル放送では標準搭載(一部のチューナーを除き)されている。前者は、デジタル放送の伝送帯域の中に、BML(Broadcast
Markup Language)とECMA Scriptという言語で記述された情報を組み込むことにより情報の伝達を行う仕組みで、テレビ画面では、放送と別にニュースや天気予報を表示することができる。EPGも同様に放送波に含まれているものであり、放送されている番組や各番組に関する情報を参照することができ、多くの場合、EPGの中から番組を選択することで視聴予約や録画予約を行うことができる。
個人的には、デジタル放送の恩恵はデータ放送やEPGの方が大きいと感じているが、ハイビジョンと異なり、その利用やサービスをイメージしにくいため、デジタルテレビを買う際のインセンティブにはなっていないようである。
3.インターネット接続
デジタルテレビにおいて将来最も期待される機能はインターネットを介したインタラクティブ(双方向)機能である。我が国では、ブロードバンド普及率が50%を超えており、これと接続することで、テレビから享受できるサービスの幅も拡大する。例えば、データ放送では、そのデータ量が限られるため、より詳しい情報を取得したい人は、データ放送からインターネット上のホームページへシームレスに飛ぶことができる。また、データ放送で表示される番組のアンケート、クイズ番組への回答等をインターネット経由で送信することで番組に視聴者が参加できるようになる。しかしながら、LANのインターフェースを備えたテレビの数はまだ少なく、実際に、双方向の用途がどれだけあるかは疑問である。なぜなら、インターネットに代表されるようなインタラクティブサービスは個々での利用が前提になっており、家族(複数の個人共通)のメディアとして利用される家庭用テレビにその機能が求められない可能性がある。家庭用テレビは携帯電話やパソコンと性格が異なっており、このことは急には変わらない。逆にWeb2.0的な番組と口コミが結びついたような利用形態に関しては、携帯電話やパソコン上のテレビを中心に発達する可能性はあるのではなかろうか。
一方、将来的には双方向性よりはむしろブロードバンド接続という特性を生かした動画配信サービスの利用が拡大すると予想される。すなわち、通信速度数十Mbps以上の光ファイバー等でこれまでインターネットで行われていたストリーミング等の動画視聴がテレビにシフトする可能性がある。既にIP放送としていくつかのキャリアが動画配信の取り組みを行っているが、専用のセットトップボックス等を要する。しかし、インターネット上で動画配信に汎用的に使われているWindows
Media等の動画規格をテレビで再生できる技術が開発されており、テレビとインターネットの垣根はより低くなる。また、テレビメーカーが共通で立ち上げた「アクトビラ」というテレビポータルから動画を配信するサービスも2007年から開始されており、普及台数、ユーザビリティ、コンテンツによっては、本格的なVODサービスとして離陸する可能性もある。
おわりに
地上波テレビ放送のデジタル化によって、様々なサービスが期待されるが、ハイビジョンのみがメリットとして認識されているのが現状である。テレビをブロードバンド接続することでかなり前から様々な取り組みが為されてきたVODを実現できそうであるが、その浸透には時間を要すると予想される。無線LANやPLCを内蔵し、ルータへの接続をどれだけ容易にするかが普及の鍵と言えるであろう。
個人的には、テレビの基本的な性能にも焦点を置いた技術開発を期待したい。デジタル放送はアナログと比較して1~3秒程度の遅延が生じており、この遅延時間はワンセグで更に大きくなる。通常のテレビ視聴では、このような数秒の遅延のもたらすデメリットはほとんどないが、地震等の緊急情報の伝達においてデメリットが生じる。既に、遅延を低減するためのエンコード・デコード処理能力向上のための技術、効率的なコーデックの開発が国主導で進められており、将来的には遅延が減少すると予想される。
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