行政情報の電子共有化について

 

はじめに
 本稿はある自治体において「情報の共有化」をテーマにメルマガ形式で情報発信を行った内容を再編集したものです。自治体固有の内容を省いたり、少々以前のものなのでおかしい部分もあるかもしれませんがご容赦下さい。

1.情報共有の背景
 まず、行政情報の電子共有化が求められている背景について考えてみました。
 一つには、皆さんご存じのように情報通信技術の発達があります。パソコン、携帯電話を含め電子情報を受け取ったり、発信したりする機器が非常に身近になりましたし、同時に電子情報を流通させるためのインターネットが発達しました。
 でも、本質的なところは技術的な側面ではないと私は考えております。むしろ行政組織や行政職員に求められるものが変化してきたことにあるのではないでしょうか。
 社会環境変化のスピードが速くなっている昨今、従来のヒエラルキー型の組織ではそのスピードに対応できなくなっています。このような状況では各現場における自立的、柔軟な行動が求められます。それ故、現場の行政職員ができるだけ自分で考え、行動できるように関連した情報を迅速に収集、活用できる環境が必要になります。
 また、同様に住民、地域企業等の欲求が高まっていることも大きな背景です。社会における物質的な豊かさが満たされてきている中、住民はより多くのサービス、より質の高いサービスを求めています。
 一方、景気の停滞、行財政改革等を背景に、外部委託することで安価に提供できる行政業務に関してはアウトソーシングする傾向が強まっています。つまり行政職員は、誰でも代替できるような仕事でなく、行政職員だけが提供できる専門性のある業務、付加価値の高い業務を行うことが求められています。
 情報の電子共有化は、類似業務の効率的な処理、蓄積されてきたノウハウの容易な活用、創造性の刺激、協働作業の実現等、多くのメリットがあると思われ、上記のような行政組織、行政職員に求められる機能実現のサポートが期待できます。
 各自治体でも、これまで部署等で情報の共有化は進められてきたことと思いますが、今後は、創造性発揮、専門知識を深める等の視点から、庁内他の部署や外部等、組織を超えた情報共有や、各職員による積極的な情報発信等が望まれるような気がします。

2.ナレッジマネジメントについて
 さて、前回、情報の電子共有化の背景について考えるところを述べさせていただきましたが、今回はそれを拡張した「ナレッジマネジメント」について考えるところを発信させていただきます。
 「ナレッジマネジメント」って何?と思われる方もいらっしゃると思いますが、情報の電子共有化の発展系みたいなものと考えて良いと思います。
 行政機関において共有する情報には定型的な情報と、非定型的な情報の2種類があります(これは他の組織でも同じですが....)。定型的な情報に関しては、これまでも行政機関において電子化、共有化を進められてきており、法律、条例、規則等により規定されているため、むしろ民間より厳密に管理されている場合もあります。「ナレッジマネジメント」を考える場合、むしろ焦点は非定型情報に移ります。ナレッジマネジメントが注目を集めるのは、非定型的な情報の重要性が企業経営の中で高まっているからで、これは今後、行政機関でも同様だと思います。
 ここでなぜ「マネジメント」という言葉を使うかと言いますと、きちんと規定することが容易な定型的な情報と異なり、非定型的な情報はその作成、発信、流通、共有、加工等について明確に規定することが難しいからです。定型的な情報の共有化だけなら、たぶん「ナレッジアドミニストレーション」という言葉になり、管理的な要素が多くなります。でも、ここで「マネジメント」という言葉を使っているのは、「管理」ではなく、むしろ全員で「参加」し、「経営」して行く、という意味合いが強いからだと思います。
 ここで非定型的な情報の特徴について整理しますと以下のようになります。
 ・フォーマットやニーズが明確でないため作成が難しい
 ・いつどこでアイデア(情報)が思いつくか分からない
 ・その情報を必要としている人が不特定である
 ・情報の類型化、検索が難しい
 ・どの情報がいつどこで価値を持つか分からない
 ・業務上に規定されていないため作成は職員の自主性に依拠する
 このような特徴を考慮しますと、非定型情報を活用するためには2つの要素が必要になってきます。(厳密には他にいくつかありますが....)
 一つはITです。
 これにより非定型的な情報の発信、流通が容易になったり、その検索、マッチングが可能になったりします。モバイル技術で思いついたアイデアを迅速に発信、共有化することもできます。
 そしてもう一つは組織文化です。
 非定型情報はいつどこで役立つか分かりません。自分が持っている非定型情報を自分の頭の中だけで持っていたのでは宝の持ち腐れになる可能性があります。むしろ積極的に共有した方が、他の人の頭で新たな価値を生む可能性も生まれます。そこで、自分の持っているアイデア等の非定型情報を積極的に発信していくような職員意識や組織の風土が非常に重要になってきます。
 たった2つのポイントですが、実現は非常に難しく、それ故、企業においても継続的な課題としてナレッジマネジメントが注目されているのだと思います。

3.定型的な情報でも
 前回、ナレッジマネジメントにおける非定型情報の重要性について述べましたが、ナレッジマネジメントが定型的な情報をまったく意図していないわけではありません。定型的な情報に関してもこれまで十分に活用されてこなかった部分も残っています。
 最近、ERP(いーあーるぴー)やSCM(えすしーえむ)等のような言葉を聞いたことがあると思いますが、これらは定型的な情報をネットワークで統合し、これまで以上に効果的に活用しようという取り組みです。
 また、情報通信技術の発展にともない、データをより高度に分析することが可能になってきており、これによりデータの新たな用途が拡大しているのも事実です。例えば、スーパーのレジから集められるPOS(ぽす)データはこれまでは、どの商品が売れ、どの商品が売れていないということを判断するだけに使われていました。しかし、昨今では、膨大な情報を扱えるデータベース技術とその解析技術のおかけで、どの商品とどの商品の売上が関連しているかどうかも分かるようになっています。
 米国で有名な話があります。データ分析の結果、紙おむつとビールの売上に関連性が見つかり、そのスーパーが紙おむつの横に缶ビールを陳列したところ、その売上を大きく伸ばしたそうです。前回、非定型的な情報が重要であるということを言いましたが、このように実は定型的な情報にも、その有効活用の余地が多分に残されており、ナレッジマネジメントを考える上ではこの辺も忘れてはならないと思います。
 今現在、各自治体さんの中で蓄積されている膨大な情報をこれまで違う観点で分析することで、行政サービスの新たなアイデアが思いつくかも知れませんし、これまで別々に扱っていたデータを統合的に扱うことで、違った情報が見えてくるかも知れません。

4.情報の整理
 前回まで、非定型情報の重要性と、定型情報の更なる活用ということで話をしましたが、ナレッジマネジメントのもう一つの視点としてあふれている情報を整理するということが重要になってきています。
 インターネットの普及にともない、これまで利用し難かった外部の情報の活用が容易になっており、また、その情報量は急速な勢いで拡大しております。一方、情報が爆発的に増えることにより、自分の関心のある情報をキーワード検索してもなかなか適当な情報にいきつかない、また情報が出てきても、その内容に対する確証が持てない、他の情報と(他に良い情報が存在するかどうか)比較評価できない、等の問題があります。
これらの問題をクリアするのもナレッジマネジメントの視点として重要です。
 例えば、行政組織では職員が頻繁に部署を異動しますが、そのたびに仕事に役立つホームページリンク集を作っていたのでは非常に非効率です。前任者が作成したリンク集を共有することによって、効率的な情報活用、業務が実現できます。これは同じ仕事を行っている部署等の組織内でも同様であり、仕事に役立つリンク集は部署で共有することにより、より優れた内容になり、また、個々で検索し、リンク集を作成する手間を省いてくれます。
 一方、今はそうでないかも知れませんが、組織内での情報の生成、流通が盛んになると、 リンク集のように外部情報を整理するだけでなく、内部の情報を整理することがより重要 になります。登録したたくさんの組織情報等をできるだけ迅速に検索できるよう、優れた検索エンジンが必要になり、最近では自然言語検索、等、新たな検索機能も出てきております。
 加えて、作成された情報を探し易くするためいくつかの切り口でカテゴリー分けして 登録することも重要であり、情報を登録する場合の見出しの工夫、情報の効率的かつ的確なカテゴリーへの登録、振り分け等が、ナレッジマネジメント担当部門の重要な役割になるのでしょう。
あふれる情報の適切なコントロールは、情報の電子共有化を進める上で一つのキーワードであると思われます。

5.組織文化の壁?
 以前、ナレッジマネジメントのキーポイントの一つとして組織文化の話をさせていただいたと思いますが、今回はその点についてもう少し詳しく話ができればと思っています。
 私自身、ナレッジマネジメントを実践する上で最も重要なのは組織の風土ではないかと考えています。どれをナレッジマネジメントと捉えるかにもよりますが、最近言われているようにITを活用して情報の共有や、それに基づく創造性の発揮、新たな価値の創出、業務の効率的な遂行等をナレッジマネジメントと呼ぶのであれば、我が国がこれまで培ってきた文化はマイナス要素になっている部分も少なくないでしょう。「以心伝心」、「暗黙の了解」、「和をもって尊しとなす」等、喋らないこと、情報発信をしないこと、逆に相手の意図を読むことが、これまで重要視されてきました。
 しかし、ITの世界(端的に表現してます)でこのようなことを行うこと不可能です。ITの世界では明快な表現があって初めて情報が流通します。
この組織風土の違いが日米におけるIT経済の違いにもなっているのではないかと私は考えています。自分の持っている意見等を明快な形で表現することに慣れている米国の人々はITを活用したナレッジマネジメントに適しています。一方、旧来の日本の「慎ましやかな」文化では、ITを活用したナレッジマネジメントは機能しません。このような組織風土の違いによりITが経済全体に与える波及効果も大きく異なってきます。もちろん、これは端的な話であって我が国にも米国的な組織があったり、米国にも日本的な企業風土を持つ企業があるかも知れません。ただし、相対的に見ると、ITにより適した組織風土を持っている米国の方がIT導入の波及効果は大きい気がします。
 最近、携帯電話のメール等により情報発信するという事象自体は多くなってきていますが、組織という形の中で、「自分の意見を明確に伝えることができるか?」、「相手に遠慮することなく話ができるか?」、「自分の持っている情報を積極的に他のメンバーに伝えているか?」、と言いますと、このような文化が育っている組織はまだまだ少ないでしょう。
 この前、読んだ本に「何も発言しないなら次から会議に出なくてもいいよ」という話が出ていて、「確かに」と納得していました。考えないで闇雲に発言するのも困るわけですが、私も「聞いて来るだけ」の会議が結構あったりします。時間の関係上そのような場がないのであれば仕方がないのですが、できるだけ「双方向」、「自分からの情報発信」もできるように心掛けたいと思う次第です。

6.情報共有の類型化
 今回は行政情報の電子共有化の類型化です。
 以前、私が定型情報と非定型情報という話をさせていただいたと思います。これが一つの分類の軸になりますが、もう一つは庁内で情報を共有するのかそれとも庁外と情報を共有するのか、という軸が考えられます。この二つの軸で分類すると、共有化の形態は以下の4つに類型化できます。
 ◇庁内定型
 ◇庁外定型
 ◇庁内非定型
 ◇庁外非定型

7.定型の情報共有
◇庁内定型
 庁内定型という切り口では、いわゆる基幹業務である住民記録、税、財務会計、人事給与等に関わる情報が対象になります。大きな自治体では古くから汎用コンピュータを導入し、その処理に取り組んできましたが、情報通信技術におけるオープン化や、エンドユーザーコンピューティングの進展にともない、汎用コンピュータ専用端末を複数の職員で共用するという従来の形態では情報共有の範囲に限界があります。このため汎用コンピュータからオープン系の情報システムへの移行する事例や、汎用コンピュータと端末の間にミドルウェアを導入することで、パソコン等のオープン系の端末からの利用を実現する事例が増えています。また、昨今ではユーザー側のインターフェースをWebに統一する方向性にあり、組織内のポータルサイトを構築し、非定型(情報系)の情報システムだけでなく定型の情報システムもこのポータルサイトから利用できる環境を構築している企業も少なくありません。

◇庁外定型
 庁外定型という切り口で、昨今、最も注目を集めているのは電子自治体を実現するための電子申請・申告等のアプリケーションです。企業においては従来から自社のみで業務が完結しないことが多かったためVAN等を活用したEDIにより取引先の企業と業務系情報システムを接続し、業務を効率的に遂行してきました。情報通信技術の発展にともない、このような企業間の業務情報の共有化、連携は更に垂直統合、水辺拡大が進んでいます。垂直統合としてはSCM、水平拡大としてはeマーケットプレイスが代表として挙げられます。
 一方、行政機関では住民の個人情報を業務で取り扱う等の性格から、これまで外部と情報通信ネットワークで接続することはほとんどなく、むしろ外部との接続を条例により禁止していた地方公共団体も少なくありません。しかし、電子自治体を実現するためには、インターネットを介して業務系の情報システムと外部を接続することは不可欠です。つまり、これまで定型的な業務として紙を中心に行われてきた住民、地域企業との情報のやり取りを電子化、ネットワーク化することが庁外定型に該当します。

8.非定型の情報共有
 以前から、非定型情報の共有こそナレッジマネジメント!みたいな話をしておりますが、こういう非定型情報の共有ってこれまでも仕事中や喫煙コーナー等でのちょっとした会話や、飲み会、昼飯等の場で行われてきたと思います。ただ、違うのはITを使うことで、この範囲が大幅に広がるということです。
 話が少し脱線しますが、この前、ドイツでバー(日本で言う居酒屋)に行った時、日本との典型的な違いを見つけました。それは居酒屋で見ず知らずの人同士が気軽に話をするかどうか、ということです。日本では知り合い同士で飲み屋に入ったら、他の席にいる見ず知らずの人と話すことはありません。しかし、ドイツでは複数のグループが同じテーブルについて、知り合い、知り合いでない人、関係なく、話題が合えば、分け隔てなく話をするという形式でした(すべてがそうか分かりませんが)。ITを使った情報共有ってまさにこれだと私は思っています。つまり、庁内にしろ、庁外にしろこれまでは狭い範囲で情報共有していたのが、 例えば電子掲示板を使って、これまで話したこともない人といきなり情報を共有できるのです。

◇庁内非定型
 「庁内非定型」という切り口では、組織運営に必要な職員間のコミュニケーションが代表的な活動として挙げられます。これには職場での飲み会なんかも含んで良いのではないかと思います。また、非定型的な業務を処理するために必要な庁内からの情報収集や、その結果等の庁内への発信等も行われています。このような組織内における情報共有活動は従来、電話、紙、フェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションを中心に行われてきましたが、1990年代におけるグループウェアの普及にともない情報通信技術を活用する機会が拡大しました。90年代後半には、初期における独自仕様のグループウェアに代わり、Web技術を活用したイントラネット型のグループウェアの構築が進み、昨今では「ナレッジマネジメント」等をキーワードとした機能、用途の拡張が行われています。具体的には、情報の整理・検索機能の拡充や、ポータルサイトによる業務系機能との一体化等が挙げられ、チャット、テレビ会議等の機能付加も見られます。この他、WBTに代表されるeラーニングもイントラネットによる情報共有と捉えることができます。一方、情報通信技術の進展は組織内の情報共有における場所の制約を緩和することにも寄与しており、インターネットや携帯電話の普及はオフィス外に居ながらにして組織内の情報共有を図ることを可能にしました。出張先、外出先や自宅からでもイントラネットにアクセスできるようにすることで、場所にとらわれない業務の効率的な遂行が可能になっています。

◇庁外非定型
 さて、最後に残った「庁外非定型」という切り口では、庁外、つまり住民や地域外情報等の業務に直接関係のないデータ(動向、考え方、意見、思想、ニーズ等)の情報収集が代表的な活動として挙げられます。代表的なものがパブリックコメントであり、総務省の調査によると大規模な自治体のほとんどが制度化しています。また、住民に対するアンケート調査なんかもこれに当たります。
 逆に庁外への情報系の情報発信は、ホームページを介して頻繁に行われており、生活情報、観光情報等、業務に直接関係ないが、住民や域外在住者に役立つ情報が提供されています。ただし、職員個々レベルにおける情報発信は行政機関全般においてあまり行われていないと言えます。これは人々の考え方等による部分が大きいです。情報通信ネットワークを介した情報発信は記録が残り、また情報系、つまり行政職員個人としての意見、思想であるにも関わらず、住民側では組織、つまり行政機関としての正式な情報と捉えてしまう傾向にあるためと考えられます。ただし、電子会議室等の双方向形式のものに関しては、職員が個々に情報発信を行っている事例も比較的見られ、住民参加等の視点からも各行政機関において最も関心のあるところとなっています。早くから電子会議室を用いた住民との双方向形式の情報交流に取り組んでいた事例として藤沢市を挙げることができます。
 さて、外部との情報共有という観点では、このメーリングリスト自体も庁外非定型の情報共有と言うことができ、今後、行政機関での業務が知的業務にシフトするにともない、このような外部との非定型のコミュニケーションの場が増えると予想されます。
実際に外部と情報を共有する場合のツールとしては、メーリングリストもあり得るのですが、その他にもインスタントメッセンジャーというリアルタイムのコミュニケーションソフトや、最近では無償のグループウェア的なものも出てきています。今後は、業務の必要に応じて、このような情報共有の場を随時、作成、運営、閉鎖することを繰り返すことになろうかと思います。

 

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