不正コピーの経済学

 

1.はじめに

 掲題の内容に関して少し考えていたら、またまた少し長くなりましたのでこちらに掲載することにしました。
 さて、情報化、ネットワーク化、デジタル化の波は勢いの止まるところを知らず、巷には様々なデジタルデータがあふれています。情報のデジタル化、ネットワーク化が進むことで問題が顕著になるものの一つに不正コピーがあります。今回はこの不正コピーについて考えてみました。文献も根拠もない私論なので、間違っているかもしれませんが、徒然ノートの延長と思ってご容赦下さい。

2.不正コピー者の限定とその影響

 あるソフトウェアに関して一般的な需要供給曲線を図1のように想定します。何もない場合は、このソフトウェアは価格p、供給量xで均衡します。ここで不正コピーを行う人を限定すると少し分かり易くなります。不正コピーを行うのは、一般に「そのソフトウェアを欲しいが価格に手が及ばない人」だと考えます。このように考えますと不正コピーを行うのは図1の需要曲線の点x(均衡点)より右側に位置する人々(斜線)になります。不正コピーにコストはかからないので、実際に供給者側には供給曲線に示されるような費用はかかりません。したがって、このように不正コピーを行う人を限定すると、不正コピーは従来の市場均衡になんら影響をもたらさないと考えられます。点xより右側に位置する人は現状の均衡において元々購買行動を起こさない人々なので、その人々が不正コピーをしても本来の購入者(点xより左側)が購買行動を起こす限りにおいて供給者の余剰は△pbqで変わりません。

ソフトウェアの需要供給曲線

図1 ソフトウェアの需要供給曲線

3.限定不正コピー者の正の効用

 上記のように、「不正コピー者=そのソフトウェアを欲しいが価格に手が及ばない人」と限定すると、供給者における余剰は何も変わらず、問題は起こりません。しかも、そのソフトウェアの性格を考えますと、実際には供給者に対してプラスとなる効果をもららす可能性があります。一般に作成したデータを他の人とやり取りするようなソフトウェア(ワープロソフト等)には「ネットワークの外部性」というものが働きます。つまり、利用者が多ければ多いほど、そのソフトウェアの価値が高まるのです。
 このような性格を考慮すると、点xから右側の需要者のソフトウェア利用が不正コピーにより増加すると、このソフトウェアの価値そのものが高まる可能性があります。ネットワークの外部性に関しては複雑な部分もありますが、ここでは簡略化するため一般に経済学で言うところの外部性と同様に扱うことにします。そうしますと、図2に示すように不正コピーによる利用者の増加は需要曲線の右側へのシフトをもたらします。不正コピー者のもたらすネットワークの外部性はソフトウェアの価格を従来のpからp’に押し上げ、供給者の余剰も□pp’qcだけ拡大します。
 したがって、不正コピー者が限定される場合においては、不正コピーは供給者にとってむしろ便益をもたらすものであり、歓迎されうると考えられます。

ネットワークの外部性の働き

図2 ネットワークの外部性の働き

4.不正コピーの限定解除

 では、上記のような不正コピー者の限定がありうるか、ということですが、「いいえ」と答えざるえません。なぜなら点xの左側の需要者は不正コピーを行うことにより図1に示す□opqx分だけ余剰が拡大するからです。実際、私の周りにも不正コピーをしている人はいくらかおり、その中には明らかにそのソフトウェア購入の必然性や購買力を有している人もいります。
 この点xの左側の需要者において、どれだけの割合が不正コピーを行うかは定かではありません。ただ、前節で述べた不正コピーがもたらす外部性による便益増加が不正コピーによる余剰減少を上回る範囲においては、供給者は文句を言わないと考えられます。つまり、「不正コピー者がもたらすネットワークの外部性による余剰増加」>「点xの左側の需要者の不正コピーによる損失(余剰減少)」が成立範囲において、供給者側は何も行動を起こさないが、「不正コピー者がもたらすネットワークの外部性による余剰増加」<「点xの左側の需要者の不正コピーによる損失(余剰減少)」となると、供給者側は不正コピーを取り締まるよう政府に働きかけることになるでしょう。

5.望ましい不正コピーの制限

 不正コピーを減少させる最も簡単な方法は法律に基づく取り締まりであります。ただ、この不正コピーの取り締まりは、一律に行われますので、点xの右側の需要者においても左側の需要者においても一律に不正コピーが減少することになります。そうなりますと、点xの右側の需要者の不正コピーがもたらしていたネットワークの外部性が減少する可能性もでてきます。供給者側としては、点xの左側の需要者には不正コピーを厳しく取り締まり、点xの右側の需要者には不正コピーの取り締まりを緩くしてもらうことがベターと考えられます。これは需用者側においても同じです。
 現実には、このような都合の良い取り締まりを行うことは制度的にも難しいですし、まず不可能と考えて良いでしょう。しかし一方で、現在あるソフトウェアの学割(アカデミック・パック)制度はこの都合の良い取り締まりと似ている側面があることに気付きます。つまり、収入が少ないこと等から需要曲線において点xの右側に多く分布すると予想される学生には均衡価格より大幅に安い価格(不正コピーのように無料とはいきませんが)で供給し、ソフトウェアの利用者数を増加させようとしているのです。学割制度は、若い頃から自社ソフトウェアにロックインさせようとする企業戦略の側面が強いと思いますが、上記のように捉えることも可能です。
 しかしながら、学割制度といっても、実際には学生が全員、点xより右側の需要曲線上にいるわけではありません。最近の学生は裕福ですので、左側に分布している可能性もあります。また、学割制度自体に関しても厳密に運用されているわけではなく、店頭で学生証を提示するだけですので、他人の学生証を用いて学割料金で購入することも可能です。
 このように、やはり都合の良い取り締まりや制度を運用することは現実的に難しいのですが、何らかしらの方法で、点xの右側の需用者を特定でき、かつその人達に不正コピーを容認するような仕組みができれば、需用者、供給者の双方の余剰を均衡点qより更に高めることができます。

6.おわりに

 上記の分析は、従来、市場価格を払ってソフトウェアを購入していなかった人にのみ不正コピーを許すことは望ましいというという結論を導いています。しかし、ここで留意しなければならないことがあります。それは、この不正コピーによる余剰の拡大はあくまでも短期的なものであるということです。上記のように、点cの右側の需用者に不正コピーを容認すると、すべての人が同じソフトウェアを使うことになり、特定のソフトウェアにロックインすることになります。この場合、これまでのネットワークの外部性の議論で多く言われているように、革新的なソフトウェアが新たに登場しても、それに移行することが難しくなります。したがって、不正コピーを限定的に許すことの経済性は短期と長期において大きく異なり、これをどのように比較するかが大きな問題となります。

 

 

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