地域情報化施策の経済性評価−CATVに関する考察−(2)

4.CATVの経済性評価

 上記に整理したように、テレビ放送の再送信サービス等を考慮すると、地方の方が都心より、CATVの地域情報化に果たす役割は大きいと考えられる訳であるが、では、実際にCATVの整備はどの程度の効果(便益)を地域にもたらすのであろうか。ここでは地域情報化施策の定量的評価という視点からCATVの経済性評価を試みる。
 CATVが地域にもたらす経済的な効果(便益)は、便益を享受する主体によっていくつかに分類することが可能である。主体としては、CATV加入世帯、CATV事業者、地域社会、CATV網を利用する企業・地方公共団体等が挙げられる。CATV加入世帯はCATVにより提供されるサービスにより利便性を享受するし、CATV事業者は加入世帯からの料金や企業等からの広告により収入を得、また、地域社会としては、CATV事業者による雇用創出や、災害時の情報伝達手段確保等の効果がある。これらの便益は、各主体の負担するコスト等で表すことが可能であるが、実際には各主体の便益が複雑に関係しており(図4−1)、各主体の便益を足したものが総便益となると単純には考えられない。そこで、本調査では、社会的な便益の大部分が加入世帯の便益に帰着するという捉え方のもと、加入世帯の便益に焦点を当てて経済性評価を行うこととする。
 単純に考えると、加入世帯がCATV利用に際して支払う加入料と月々のサービス利用料を加入世帯の便益、つまり、「料金(コスト)=便益」と捉えることができる。更に、加入料がCATVの情報通信基盤としての便益(価値)であり、サービス利用料がCATVが提供するサービスの便益を表していると捉えることも可能である。しかし、実際には加入料とサービス利用料は各CATV事業者において異なっており、情報通信基盤としてのCATVの便益と、CATVにより提供されるサービスによる便益の境は不明確である。また、加入料やサービス利用料はCATV事業者における施設整備コストやサービス提供コストをそのまま反映しているだけの可能性が高く、加入世帯の中には更に高い料金を払ってもよいと考えている世帯もあると予想される。したがって、消費者である加入世帯の余剰も考慮する必要がある。(注1)
 本調査では、CATVが加入世帯にもたらす便益を、情報通信基盤としての便益と、サービスそのものの便益に分けて考えることとし、情報通信基盤としての便益に焦点をあてて評価を試みる。具体的には、都市経済学等において用いられる便益計測方法であるヘドニック・アプローチと仮想市場評価法(CVM)という2つの手法を用いて便益を試算する。これらの手法は便益が地価に還元されるという考え方(キャピタリゼーション仮説)に基づいており、つまりCATVの情報通信基盤としての価値が地価に還元されると考える訳である。 なお、実際にはCATVがもたらすすべての便益が地価に還元される訳ではないので、便益の考え方や評価の妥当性等に関しても後で検討する。

CATVに関わる各主体の相関

図4−1 CATVに関わる各主体の相関

1)ヘドニック・アプローチによる経済性評価

 ヘドニック・アプローチとは、その商品やサービスの価格を、その属性や構成要素によりどれだけ説明可能であるかを計測する手法であり、歴史的には新しいものではない。1928年にハーバード大学でアスパラガスの価格を「束の緑色の長さ」、「束の茎数」、「茎の直径のばらつき」で説明しようとした試みが見られ、1939年に発表された自動車の価格指数に適用した論文において初めてヘドニックという言葉が用いられた。ヘドニック・アプローチは、自動車やコンピュータ等の耐久消費財の価格の実質化手法として用いられることが多いが、本調査では土地・住宅価格を対象としたヘドニック・アプローチに用いて、CATVの経済性評価を行うこととする。

 @土地・住宅価格を対象としたヘドニック・アプローチ
 土地・住宅価格を対象としたヘドニック・アプローチは、環境変化による便益が地価に転移するというキャピタリゼーション仮説をその理論的根拠としている。つまり、複数の土地・住宅の間の環境の差が価格差に反映されるというものであり、これにより新たな線路敷設や下水道整備等による特定の環境変化の便益を図ることが可能になる。ただし、キャピタリゼーション仮説には、消費者の同質性(すべての消費者が同じ効用関数と所得をもつ)と地域の開放性(二地域間の移住は自由で移住コストは0である)という2つの重要な成立要件があり、ヘドニック・アプローチもこの要件により定式化された評価方法となる。
 一般的に、ヘドニック・アプローチに用いられるヘドニック価格関数は(式1)に示すようになり、独立変数である地価(LP)を複数の従属変数(Xn)と係数(αn)により説明する。(式1)は線形関数であるが、ヘドニック価格関数は非線形性を有していると考えた方が良い場合も多く、独立変数・従属変数の双方において対数を用いる対数線形関数や、独立変数・従属変数のどちらかに対数を用いる半対数線形関数、独立変数・従属変数のどちらかを二次形式で扱う関数等がある。『環境等の便益評価に関する研究』において「二次形式は変動幅が拡大し、評価値の頑健性が失われる傾向が存在する」(注2) とされ、また、肥田野登『環境と社会資本の経済評価』において「既存研究の多くでは住宅地で線形関数、商業・業務地では半対数形を用いられている」(注3)とされていることから、本調査では線形関数(式1)、および対数線形関数(式2)を用いることとする。従属変数(Xn)は地価の特性を表す変数であり、係数(αn)は複数の独立変数(地価)と従属変数の組み合わせから回帰分析により求めることが可能である。lnは自然対数を表す。

LP=α+α+α+・・・+α               (式1)

lnLP=α+αlnX+αlnX+・・・+αlnX           (式2)

Aヘドニック・アプローチによるCATV評価の考え方
 本調査で用いるヘドニック価格関数では、(式1)、(式2)に示した地価(LP)の代わりに賃貸住宅価格(RE)を独立変数とし、賃貸住宅価格の決定に関わるであろう複数の要素を従属変数とする。具体的には、独立変数となる賃貸住宅価格には東急新玉川線・田園都市線沿線の賃貸住宅価格を用い、従属変数には、始発点である渋谷から最寄りの駅までの距離、最寄りの駅から住宅までの距離、住宅の専有面積、住宅の築年数を用いる。東急新玉川線・田園都市線を選択した理由は、沿線に渋谷以外に大きな基点となる駅が存在しないこと、賃貸住宅(掲載件数)が多いこと、沿線において東急ケーブルテレビジョン等の事業者が存在すること等である。また、CATVの有無をダミー変数として従属変数に加えることで、CATVが賃貸住宅価格に付加している価値を測ることが可能である。この設定によりヘドニック価格関数は(式3)、(式4)のようになりD1 はCATVの有無を0と1で表すダミー変数である。
 なお、他の路線との乗り入れ、快速電車停車の有無等の従属変数に関しては渋谷からの距離との相関が大きいと考えられるので省くこととした。また、マンション、アパートといった構造変化に関しては、ダミー関数を用いて試算したところ、十分な有意水準が得られなかったので、対象をマンションに限定することで、従属変数から削除した。

RE=α+α+α+α+α+α           (式3)

lnRE=α+αlnX+αlnX+αlnX+αlnX+α      (式4)

:渋谷から最寄りの駅までの距離(所要時間:分)

:最寄りの駅から住宅までの距離(所要時間:分)

:住宅の専有面積(u)

:住宅の築年数(西暦の下2桁)

:CATVの有無に関するダミー変数

Bヘドニック価格関数の推定
 本調査では、リクルートの『週刊ふぉれんと(1998年3/17)』に掲載されている東急新多摩川線・田園都市線沿線の2K以上の賃貸住宅(マンション)の情報を用いてヘドニック価格関数の推定を行った。同一物件であると考えられるものは除くこととした。対象となる賃貸住宅数は812件であり、その内CATVを装備する38件である。
 Excel による回帰分析の結果、線形関数においては切片において十分な有意水準を満たすことができなかったため、本調査では対数線形関数を用いることとする。分析結果は表4−1,表4−2、表4−3に示す通りである。
 表4−1に示すように、重相関係数0.901、補正決定係数R2 は0.813、標準誤差は0.162となっている。表4−2は分散分析を示しており、F値(観測された分散比)は約699.391、P値(有意F)は3.14E−290(「E−n」は「×1/10n 」を表している)となっている。有意水準を1%とする場合、P値<1%となり帰無仮説が棄却され、このヘドニック価格関数は有意であると考えられる。また、表4−3に示すように各係数におけるP値はすべて有意水準である1%より小さく、加えてt値の絶対値すべてが、自由度の残差と有意水準から求めるt分布のパーセント点2.582より大きいことから係数の帰無仮説も同様に棄却され、係数の有意性があると考えられる。つまり、CATVの有無に関するダミー関数の係数の有意性があると考えられ、CATVの整備により賃貸住宅価格が変化していることが認められる。この回帰分析の結果より、東急新多摩川線・田園都市線沿線の賃貸住宅価格(RE)のヘドニック価格関数は(式5)のように推定できる。
 なお、従属変数間の相関マトリックスは表4−4に示すようになっており、各従属変数の独立性は確保され、多重共線性の問題も回避されていると考えられる。

lnRE=−1.78392−0.34240lnX−0.03726lnX+0.88422lnX+0.41240lnX+0.07031D   (式5)

表4−1 回帰分析結果1

回帰分析結果1

表4−2 回帰分析結果2(分散分析表)

回帰分析結果2

表4−3 回帰分析結果3

回帰分析結果3

表4−4 従属変数の相関マトリックス

従属変数の相関マトリックス

Cヘドニック・アプローチによるCATVの便益評価
 ヘドニック価格関数において、CATVの有無に関するダミー変数D1の係数α5がCATVがもたらす便益を示している。対数線形関数なので、自然対数の逆数をかけることでCATVを装備することによる住宅価格上昇分が求められ、値は約10,728円/月・世帯となる。したがって、CATVが加入世帯にもたらす便益は約128,740/年・世帯と考えることができる。CATVがもたらす総便益(PV)を考える場合、将来的に創出される価値を現在価値に変換する必要があり、(式6)に示すように社会的割引率(i)で将来創出される価値を割った割引現在価値の合計として総便益(PV)を求めることができる。
 通常、4〜5%程度の社会的割引率を用いることが多いが(注4) 、ここでは情報通信技術の進歩の速さを考慮し、社会的割引率を5%、10%、15%の3段階で考える。また、CATVが情報通信基盤として便益を創出する期間も同様に15年、25年、35年の3段階とする。この社会的割引率と便益創出期間からCATVが情報通信基盤としてもたらす総便益は表4−5に示すような9通りの便益が推計される。CATVの推定便益(価値)は最高で約221万円、最低で約87万円である。

     n    128,740       128,740
 PV=Σ =――――― = ―――――              (式6)
    t=1  (1+i)t         i

表4−5 社会的割引率と便益創出期間によるCATVの総便益(単位:万円)

社会的割引率と便益創出期間によるCATVの総便益

2)仮想市場評価法(CVM)による経済性評価

 仮想市場評価法(CVM:Contingent Valuation Method、以下CVM) は、評価対象となる財やサービスを購入する場合どの程度支払う意思があるのか(WTP:Willingness To Pay)、もしくはその財(サービス)を放棄する場合どの程度補償を受けたいか(WTA:Willingness To Accept)を人々に直接尋ねることにより、その便益を図ろうとする手法である。
 この手法では、人々が実際に購入(放棄)していない仮想状態において回答してもらうため、回答者が情報の非対称や意思決定自体の不完全さ等により正確な経済的判断ができない可能性もあり、これを理由としてCVMの活用に反対する学者も存在する。また、調査方法により表4−6に示すようなバイアスがかかることも問題点として指摘されている。
 しかし、市場価格等を用いることができず評価が困難な環境や社会資本に関しては、測定手法の1つとして挙げられることも多く、米国では自然環境へのダメージの評価手法として注目され、NOAAがCVM使用のガイドラインを公表している。

表4−6 CVMにおけるバイアス

CVMによるバイアス

出典:肥田野登『環境と社会資本の経済性評価』

 @CVMによるCATV評価の考え方
 CVMによりCATVの評価を行う場合、CATVを利用するのにどの程度支払う意思があるか(WTP)、もしくはCATVを放棄するのにどの程度補償を求めるか(WTA)、のどちらかを尋ねることにより評価を行うわけであるが、実際には、CATVの普及が十分に進んでいないことから、WTPを尋ねることになる。建設政策研究センターの『環境等の便益評価に関する研究』においても「一般にWTAは過大評価になる傾向があるのでWTPで評価することが望ましい」(注5) としている。
 なお、本調査では、ヘドニックアプローチによる経済性評価おいて賃貸住宅価格を指標として用いていることから、CVMにおいても賃貸住宅価格をWTP(便益)の指標として用いることとする。つまり、「CATVが整備されている住宅に対して、そうでない住宅よりどれだけ余分に支払ってもよいか」、という観点から評価を行う。
 CVMによるCATVの便益は、単純にWTPの平均値と考えることが可能であるが、ヘドニック・アプローチ同様、WTPの大きさに関わるであろう回答者個々の特性を同時に抽出し、特性による便益の違いに関しても検討する。

 ACVM調査の実施方法
 調査は面接や電話ではなく電子メールによるアンケート形式によって行い、著者の知人、もしくは知人の知人に対してアンケートを行った。本来、CVMではランダムサンプリングが必要条件とされるが(注6) 、今回は調査では予算や情報の面でランダムサンプリングを行うことが非常に難しかったため、知人を中心に電子メールで調査を行うことにした。それゆえ、母集団には電子メールを利用している、職場、趣味、居住地が偏る等のバイアスが既にかかっているが、これらのバイアスを前提として調査を実施することとする。
 また、調査の内容に関しては、今後の潮流等を勘案し、CATVだけでなく、CATVインターネットについても質問することとしており、アンケート調査項目は表4−7に示す通りである。回答者の負荷を軽減し。回答率向上を図るため質問数を減らしたが、回答者の特性を抽出するために年齢、性別、CATVやインターネットに関連する嗜好について簡単な質問を付加した。本来であれば各個人の金銭感覚の指標として所得等に関しても抽出したいところであるが、今回の調査では難しいと考えられ、かえって回答数を減少させる恐れもあるので質問項目からは省くこととした。
 WTPの抽出に関しては、自由回答方式(Open-ended)と選択方式(Closed-ennded)の2つの手法があるが、本調査では自由回答方式を使用した。自由回答方式に関しては回答者の負荷を増加させるという指摘もあるが、今回の調査は質問数を少なくしていることから回答者の負荷軽減を考慮しており、逆に自由回答方式にすることで、選択方式で発生する可能性がある回答の誘導や、過大評価のバイアス等を回避している。

表4−7 CVMのアンケート調査票

CVMのアンケート調査票

BCVM調査の結果
 今回のアンケート調査で回収できた回答数は103であり、性別の構成は男性53、女性50と平均的に抽出できた。一方、年齢構成に関しては、20〜29歳が約61%を占め、50歳以上の人の回答は0という結果になっており、これは著者の知人、もしくは知人の知人を対象としてサンプリングを行ったためである。
 また、回答者の特性を抽出するために行った、インターネットの家庭利用と映画鑑賞に関する質問への回答は図4−1に示す通りである。家庭でインターネットを利用しているのは回答者の約47%であり、映画鑑賞に関しては、よく見る約29%、時々見る約24%、たまに見る約36%、ほとんど見ない約11%となっている。
 CATVが整備されている場合に余分に出しても良いと考えている家賃は平均で約1,937円/月・世帯、CATVインターネットが整備されている場合に余分に出しても良いと考えている家賃は平均で約3,019円/月・世帯となっている。
 なお、抽出した特性と家賃との関連に関しては、ヘドニック・アプローチと同様にダミー変数を用いて(式7)を用いて回帰分析を行った。これによると、CATVもしくはCATVインターネットが整備されている場合に余分に払う家賃は年齢や性別とは関係なく、CATVの場合は映画鑑賞の性向、CATVインターネットの場合は家庭でのインターネット利用とCATVに余分に払う家賃に関連していることが読みとれる。

WTP=α+α+α+・・・+α              (式7)

:年齢

:性別

:インターネットの家庭利用

:映画鑑賞の性向

:CATVによる追加家賃

アンケート調査結果

図4−1 アンケート調査の結果

表4−8 CATVによる追加家賃と特性の回帰分析

CATVによる追加家賃と特性の回帰分析

表4−9 CATVインターネットによる追加家賃と特性の回帰分析

CATVインターネットによる追加家賃と特性の回帰分析

CCVMによるCATVの便益評価
 CVMにより求められたCATVのWTPの平均値は1,937円/月・世帯であり、年間では23,244円/世帯となる。CATVがもたらす総便益(PV)を考える場合、ヘドニック・アプローチ同様、将来的に創出される価値を現在価値に変換する必要があり、(式8)に示すように社会的割引率(i)を用いて割引現在価値の合計として総便益(PV)を求める。ヘドニック・アプローチ同様、情報通信技術の進歩の速さを考慮し、社会的割引率を5%、10%、15%の3段階で考え、また、CATVが情報通信基盤として便益を創出する期間も同様に15年、25年、35年の3段階とする。
 この社会的割引率と便益創出期間からCATVが情報通信基盤としてもたらす総便益は表4−10に示すような9通りの便益が推計される。CATVの推定便益(価値)は最高で約399,609円/世帯、最低で約156,295円/世帯である。
 CATVインターネットのWTPの平均値は3,019円/月であり、年間では36,230円/世帯となる。CATV同様の考え方で(式9)を用いて計算すると表4−11に示すように9通りの便益が推計される。CATVインターネットの推定便益(価値)は最高で約622,950円/世帯、最低で約243,648円/世帯である。

     n    23,244       23,244
 PV=Σ =――――― = ――――               (式8)
    t=1  (1+i)t        i

     n    36,230       36,230
 PV=Σ =――――― = ――――               (式9)
    t=1  (1+i)t        i

表4−10 社会的割引率と便益創出期間によるCATVの総便益(単位:円)

社会的割引率と便益創出期間によるCATVの総便益

表4−11 社会的割引率と便益創出期間によるCATVインターネットの総便益(単位:円)

社会的割引率と便益創出期間によるCATVインターネットの総便益

3)純便益の評価

 2つの評価方法により抽出した便益は、便益を創出するためにかかったコストが含まれていない。CATVがいかに大きな便益を創出していても、それを上回る大きなコストが係っているのであれば、CATVの純便益はマイナスであり、地域において有用であるとは言えないであろう。
 CATVを整備に必要なコストに関しては正確な統計がなく試算が困難であるが、既存の統計や資料をもとにモデル化を行う。郵政省の統計ではCATV1事業者当たりの平均営業収益は約5.6億円、営業費用は6.2億円となっている。加入世帯1世帯当たりの料金が平均で加入料5万円、利用料3千円/月であることから(注7) 、加入料を5年間で均等化し、1世帯当たり46,000円/年(3,000×12+50,000÷5)の料金収入があると考えられる。CATV事業者において広告収入等、他の収入がないとすると、1世帯当たりの料金収入から、郵政省の統計の平均営業収入を創出するために必要な加入世帯数は約12,174世帯(5.6億÷46,000) である。この世帯数から1世帯当たりのコストは約50,928円/年(6.2億÷12,174) と算定することができる。
 一方、東北電気通信監理局のホームページ内の『THE CABLE TELEVISION MANUAL』 によると3千世帯で約10億円という指標が示されている。(注8)

 @ヘドニックアプローチによる純便益評価
 ヘドニックアプローチによる評価では、CATVの便益が約128,740円/年・世帯と算定されており、先にモデルから算定した1世帯当たりのコストを差し引くと、CATVの純便益は約77,812円/年・世帯(167,367−50,928) となる。賃貸住宅価格から推計されたこの便益にはCATVの月々の利用料が考慮されておらず、実際には、純便益は113,812円/年・世帯(77,812+3,000×12ヶ月) である。つまり、CATVの事業自体は全体の平均で0.6億円/事業者の赤字となっているが、社会的な便益を勘案すると、約13.86億円/年・事業者(113,812×12,174) の黒字と試算することができる。
 一方、CATVがもたらす総便益に関しては、最高で約221万円/世帯、最低で約87万円/世帯という試算結果が出ているが、これを3千世帯で換算すると、便益は最高で約66.40億円、最低で約25.97億円となる。いずれの値を取るにしても、総便益は総コストの指標10億円を上回っており、CATVは15.97〜56.40億円の純便益をもたらしていると考えることができる。

 ACVMによる純便益評価
 CVMによる評価では、CATVの便益が約23,244円/年・世帯と算定されており、先にモデルから算定した1世帯当たりのコストを差し引くと、CATVの純便益は約−27,683円/年・世帯(23,244−50,928) で赤字となる。賃貸住宅価格から推計されたこの便益にはCATVの月々の利用料が考慮されておらず、実際には、純便益は8,316円/年・世帯(-27,683+3,000×12ヶ月)である。つまり、CATVの事業自体は全体の平均で0.6億円/事業者の赤字となっているが、社会的な便益を勘案すると、約1.01億円/年・事業者(8,316×12,174) の黒字と試算することができる。
 一方、CATVがもたらす総便益に関しては、最高で約399,609円/世帯、最低で約156,295円/世帯という試算結果が出ているが、これを3千世帯で換算すると、便益は最高で約11.99億円、最低で約4.69億円となる。最高値を取る場合、総便益は総コストの指標10億円を上回っており、CATVは約1.99億円の純便益をもたらすものの、最高値と2番目に高い値以外は、赤字となり、最高で約5.31億円の赤字をもたらしていると考えることができる。
 ちなみに、同様のコストでCATVインターネットの純便益を試算すると、21,302円/年・世帯(36,230−50,928+3,000×12ヶ月)の黒字であり、総便益は最高約18.69億円、最低約7.31億円であることから、9通りの総便益のうち上から5通りは最高約8.69億円黒字、下4通りは最高約2.69億円の赤字となる。しかし、実際にはCATVインターネットのサービスを提供する場合、CATVの設備に加えて余分な投資が必要であり、コストを10億円プラスアルファと考えるのが妥当であろう。

4)評価方法の妥当性

 本調査では、ヘドニック・アプローチとCVMを用いてCATVの経済性評価を試みたが、これらは著者の利用可能な限られた情報源から抽出された情報をもとに行ったものであり、調査の妥当性に関してはいくつかの問題点を有している。

 @ヘドニック・アプローチによる評価の妥当性
 ヘドニック・アプローチにおいては、賃貸住宅情報誌から得られる情報のみを指標としており、賃貸住宅価格に影響するであろうそれ以外の指標、つまり公園やスーパーへの近接性や、道路や工場による騒音、建物のリフォーム等は無視している。したがって、土地(建物)の重要な特性が欠落しており、推定された係数にバイアスがかかっている可能性がある。ただし、土地(建物)を購入する場合に価格の大きな決定要因となるであろう用途地域(容積率、建ぺい率)に関しては、賃貸住宅であることから価格決定要因としての性向は低下していると予想され、地価を基にしたヘドニック・アプローチと比較すると、用途地域情報の欠落によるバイアスは軽減されていると考えられる。
 また、ヘドニック・アプローチそのものの根拠となっているキャピタリゼーション仮説に関しては、肥田野登『環境と社会資本の経済評価』において、ある程度精度で成立することが実証されている。(注9) また、キャピタリゼーション仮説の成立要件である消費者の同質性に関しては、非現実的な要件であるが、本調査ではサンプリング地域を同一沿線に限定することにより、ある程度の同質性を確保していると考えられる。また、もう一つの成立要件である地域の開放性に関しても、それ程重要なバイアスを発生しないであろうことが指摘されている。(注10)移動することが決まっている場合は、複数の移動候補地の選択要因として移動コストは重要ではないし、時間軸を長期に取った場合は、1回限りに移動コストはたいした問題にはならないからである。
 このように、ヘドニック・アプローチそのものの妥当性はある程度確保されていると考えられるが、本調査において行った評価においては、情報源が限られたことから、重要な特性欠如によるバイアスがかかっている可能性がある。特にCATVを装備しているマンションは、高付加価値型のマンションになっている傾向があると予想され、システムキッチン、冷暖房等の豪華装備の付加価値も反映され、CATVの便益が過大評価されている可能性が高い。

 ACVMによる評価の妥当性
 CVMにおいてはかなり大きな母集団を設定して、ランダムサンプリングを行うことが望まれるが、著者の情報源においては非常に困難であり、本調査におけるCVMでは知人、および知人の知人を対象としたサンプリングとなっており、しかも電子メール経由でのアンケートとなっている。したがって、年齢、居住地、情報リテラシー等が偏り、多大なバイアスがかかっていることは否めない。加えてサンプル数に関しても103と、少ないと考えられる。NOAAのガイドラインによれば、Yes−No形式の2者択一の質問の場合でも、サンプル誤差を3%に制限するためには1,000人の回答者が必要とされている。(注7)
 アンケート調査に関しては、自由回答方式を採用していることから、初期値バイアスや回答肢の間隔のバイアス等が回避されており、アンケートの特性から戦略バイアスや入れ子バイアス等も回避されていると考えられる。支払方法バイアスに関しては、地価のように一括支払価格を尋ねずに毎月の賃貸住宅価格を尋ねている点でバイアスが発生している可能性があるが、これはヘドニック・アプローチと評価の前提の整合性を図る面では妥当な選択であろう。
 このように本調査で行ったCVMに関しては、情報量が不足していることからバイアスがかかっているので、評価によって見積もられた便益を一般的な便益と捉えることは難しい。電子メールを活用している人を中心にサンプリングしていること、サンプルの年齢層が若年層に偏っていること等から、一般的な平均より情報リテラシーが高くなる方向でバイアスが発生しており、このことから便益も過大に評価されている可能性が高いと考えられる。また、CATVの価格はコストや回収期間といった事業者側の都合により決定されている部分があるが、これが一般的な情報として定着すると、各個人の価値観に大きな影響を及ぼすこともありえ、正確なCVMを行うことは困難かもしれない。実際、本調査のCVMにおけるアンケートの回答においても「市場価格ではこうなっている」といった回答も一部に見られた。加えて、CVMそのものの妥当性に関して疑問を抱いている学者も多く、ヘドニック・アプローチ等と比較するとその信頼性は低いことからも、正確なCVMを実施することは非常に困難であると考えられる。
 ただし、正確な便益評価を行うことは困難であるが、便益の決定要因の分析等に関しては一定の有効性があるのでないかと考えられる。実際、本調査のCVMにおいても、「CATVもしくはCATVインターネットによる便益は年齢や性別に関係なく、CATVの場合は映画鑑賞の性向、CATVインターネットの場合は家庭でのインターネット利用の有無とCATVに余分に払う家賃に相関がある」ことが分析結果として抽出された。

(注1) 需要曲線と供給曲線による一般均衡を考えると、均衡点における消費者の支払金額に加えて、均衡点の価格より高い価格を払っても良いと考えている消費者が均衡点の右側に存在し、払っても良い価格と均衡価格との差が消費者の余剰となる。

(注2) 『環境等の便益評価に関する研究』建設省建設政策研究センター、33頁
(注3) 肥田野登『環境と社会資本の経済評価』勁草書房、93頁
(注4) 肥田野登『環境と社会資本の経済評価』勁草書房、113頁
(注5) 『環境等の便益評価に関する研究』建設省建設政策研究センター、81頁
(注6) 『環境等の便益評価に関する研究』建設省建設政策研究センター、62頁
(注7) ホームページで料金を公開している15のCATV事業者の平均値
(注8) 東北電気通信監理局のホームページ内の『THE CABLE TELEVISION MANUAL』のUR    Lは、http://v-sendai.comminet.or.jp/~denkan/cabletv/manual/index.html
(注9) 肥田野登『環境と社会資本の経済評価』勁草書房、63〜79頁
(注10)『環境等の便益評価に関する研究』建設省建設政策研究センター、20頁

5.まとめ

 本調査のまとめとして、CATVの方向性と経済性評価の有用性について整理する。

1)CATVの方向性

 CATVは時代の変遷にともない、その役割や価値を変えてきており、今後、デジタル化という大きな潮流により、更に大きく変化することが予想される。近年に見られる大きな変化としては、放送の再送信手段としてのCATVから、真の意味での情報通信基盤への変化を挙げることができる。従来、CATVは、「CATV=放送」と放送サービスの代名詞となっていたが、今後、「CATV=情報通信基盤」となってきており、基盤上で提供されるサービス(アプリケーション)は放送サービスだけでなく、通信サービスや放送と通信の融合したサービス等に多様化してきている。このことは本調査で行ったCVMにおいても表れており、CATVとCATVインターネットの便益評価額は異なっている。つまり、CATVの情報通信基盤としての価値は、再送信という放送サービスを提供する場合と、インターネット接続という通信サービスを提供する場合において異なっているのである。したがって、CATV事業者においては、提供するサービスをより付加価値の高いサービスへシフトすることで、情報通信基盤としてのCATV(網)の価値を高めるように、常に試行錯誤することが望まれる。
 しかし、一方でCATVから放送サービスを切り離して考えることは非常に困難であり、今後、各CATV事業者においては放送のデジタル化への対応が不可欠である。規模にもよるが、CATVのデジタル化には数億円程度のコストを要すると言われており、今後、CATV事業者においては、これらのコストを捻出するためにも通信サービス等により更なる高付加価値化を図っていく必要があると言える。ただし、地上波放送の再送信に留まってきた付加価値の低い難視聴対策型の小規模CATV等に関しては、放送のデジタル化に際して、必要性そのものについて検討することが必要であろう。
 また、従来の放送網としての役割から情報通信基盤として機能を変化させてきたことで、他のCATVや情報通信ネットワークとの接続の必要性も高まってきている。つまり、情報通信基盤としての性向が高まったことから、他の情報通信ネットワークと接続することで発生するネットワークの外部性も高まっていると予想される。具体的な事例としては、インターネットが挙げられ、CATV事業者内だけでなく、外部のバックボーンとどのくらい大容量の回線で接続しているかによってインターネット接続サービスのサービス価値(便益)が変化すると考えられる。加えて、放送のデジタル化に対応するコスト負担を軽減する観点からも、今後、CATV事業者の広域的に連携や合併は検討される必要がある。

2)経済性評価の有用性

 経済性評価に関しては、本調査においてヘドニック・アプローチとCVMを試みたが、双方とも正確な評価を行うのに十分な情報を得ることができず、信頼性の高い結果を得るには至らなかった。確かに、市場価格等により十分に評価が困難な環境や社会資本の数少ない評価手法の1つとして有用であると考えられるが、ヘドニック・アプローチにしても、CVMにしても、信頼性を高めようとすると情報収集に一定以上の労力とコストが必要である点に留意しなければならない。
 また、今回は消費者である加入世帯の便益にすべての便益が帰着するという前提で評価を行ったが、実際には、地域社会における雇用創出効果や、サービス提供に利用する企業や地方公共団体の便益等は(重複している部分もあるが)、独立してる部分もあると考えられる。(図5−1)CATV等の地域情報化における便益評価を正確に行うためには、このような各主体の便益の共通部分や独立部分の区分けについて分析を行うことが必要不可欠である。

CATVの地域総便益のイメージ

図5−1 CATVの地域総便益のイメージ(CATV事業者が非営利の場合)

 加えて、CATVによる便益は各地域の特性によって異なると考えられ、特定地域の情報をもとにしたヘドニック・アプローチや、大きな母集団を設定するCVMによる評価が、各地域の便益を正確に表しているとは言い難い。したがって、各地域において地域情報化等の経済性評価にこれらの手法を用いる場合は、可能な限り自地域内の情報を用いることが望ましい。もし、労力やコスト等の面から、自地域内の情報収集が困難である場合は、他地域もしくは広域的な情報を基にした評価を行い、評価結果を自地域の特性に合わせて解釈するという形になるであろう。例えば、CATVの場合、便益の大きさに影響する特性としては、難視聴地域の有無(割合)、価値観の多様性、CATVの普及率等が挙げられ、これに都心からの距離等も影響する。地方の難視聴地域であれば、地上波放送の再送信サービスにお金を払っても良いと考える人々も多いであろうが、地上波放送を見られるのが当たり前となっている都心の場合、難視聴は発生源である企業等により無償で解消されることになる。
 上述したように、ヘドニック・アプローチやCVMに関しては、正確な便益の金額を把握しようとすると多大な労力やコストがかかるので、必ずしも有効であるとは言えないが、便益の大まかな把握や、便益向上の寄与する要因分析等においてはある程度有効に活用できると考えられる。したがって、何のために経済性評価を行うのか、経済性評価においてどの程度の正確性が求められているのか、必要な情報取得にどの程度の労力やコストを投入できるか、等に関して十分に検討した上でヘドニック・アプローチやCVMを活用することが必要である。

表5−1 CATVの便益変動要因

CATVの便益変動要因

参考文献
・肥田野登『環境と社会資本の経済評価』勁草書房
・佐野匡男/伊澤偉行編著『ケーブルテレビジョンの野望』電気通信協会
・自由民主党インターネット委員会編『「地域の情報化」ハンドブック』東洋経済新報社
・縄田和満『Excelによる回帰分析入門』朝倉書店
・上山信一『「行政評価」の時代』NTT出版
・島田達巳『地方自治体における情報化の研究』文眞堂
・福田豊・須藤修・早見均『情報経済論』有斐閣
・金本良嗣『都市経済学』東洋経済新報社
・J・E・スティグリッツ『公共経済学 上・下』東洋経済新報社
・石井晴夫編著『現代の公益事業』NTT出版
・自治大臣官房情報管理官室編『新・地域情報化の考え方、進め方』ぎょうせい
・郵政研究所編『21世紀放送の論点』日刊工業新聞社
・『マルチメディア辞典』産業調査会辞典出版センター
・『ケーブルテレビの高度化の方策及びこれに伴う今後のケーブルテレビのあるべき姿− 平成22年のケーブルテレビ』郵政省
・『マルチメディア時代におけるケーブルテレビシステムに関する調査研究報告書』郵政省
・『地方公共団体における情報システムの運用管理の効率化に関する調査研究』財団法人 地方自治情報センター
・『東京都臨海副都心マルチメディア実験評価報告の概要』東京マルチメディアシステム 協議会
・『地域情報化の現状と今後の展望に関する調査報告書』東京都
・『環境等の便益評価に関する研究』建設省建設政策研究センター
・『社会資本整備の便益評価等に関する研究』建設省建設政策研究センター
・『東広島市における情報通信の高度化に関する調査研究報告書』NEC総研
・『TACリポート(1998年vol.14)』財団法人電気通信高度化協会
・『INTERNETmagazine1998/12』インプレス
・『日経マルチメディア 1998/8』日経BP社
・『日経マルチメディア 1998/9』日経BP社
・『週刊ふぉれんと(1998年3/17)』リクルート

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