今後の企業人のあり方について
1.はじめに
企業人のあり方に関しては多様な捉え方があるであろうが、本論文は、「日本経済の活性化というマクロ的な目標を実現するためのどのような企業人が増えるべきか」という観点から考察を行っている。理想論となっている部分もあるであろうが、長期的な方向性として、企業人が個々のレベルで以下に示すような視点を意識することが重要であり、これは環境問題等と同様である。
以下において企業人のあり方について論じる。
2.不確実性の社会
長期にわたる景気の停滞にともない我が国の企業の多くが経営を悪化させ、北海道拓殖銀行や山一証券等、従来では予想されなかったような大企業が倒産する状況となっている。10年前にこれらの会社に就職した人々は、誰もこのような事態が来ることを予想していなかったであろう。このような時勢の変化は「景気が悪くなった」、「バブル経済の崩壊」というネガティブな言葉で単純に説明されがちであるが、それは一部を説明しているに過ぎない。
では、社会変化におけるポジティブな面を見てみよう。昨今の社会における最も大きな変化は情報通信ネットワークの発展であり、特にインターネットの急速な普及は、我々に時間と場所に捕らわれないコミュニケーション手段を提供した。このインターネットの発展はプロバイダーやコンテント制作企業等の新たな産業を育成するだけでなく、電子商取引(EC)やネットワーク・コミュニティに代表されるように産業や社会の仕組みを変え、経済において新たな効率的システムを構築するだけのインパクトを持っている。はたして、インターネットの商用サービスが初めて開始された当時誰がここまで発展することを予想していであろうか。私を含めほとんどの人は予想だにしなかったであろう。つまり、我が国の社会は欧米の模倣によりある程度未来の発展方向が見えていた社会から、グローバル化にともなう経済の複雑化、技術の急速な進歩、価値観の多様化等、様々な事象を要因とし、不確実性の高い社会(以下、不確実性社会)へと変化しているのである。
このような不確実性社会において、企業という組織形態が社会環境の変化に柔軟に対応することが困難になりつつあることは、上述した大企業の倒産からも明らかである。昨今、この不確実性社会に対応し組織を存続するため、各企業においては組織形態、事業内容等の継続的な見直し、自己組織の欠点を補完するための他企業との戦略的な提携が頻繁に行われている。しかし、このような取り組みを行っている企業においても存続できるという保証はない。では、このような不確実性社会において企業人はどのようにあるべきであり、どのような企業人が増えるべきであろうか。
3.企業性向の内在化
不確実性社会において、求められるのは「企業性向を内在化した企業人」である。
企業組織において不確実性への対応が困難であるなら、最小の組織形態である各個人において、このような不確実性社会に対応する必要がある。企業社会においては、不確実性への対応として組織の変革にとかく目が行きがちであるが、肝心の組織を支える個人の変革が進んでいない場合が多い。したがって、社会変化に対応した変革、見直しといった企業性向を内在化した各個人が増えなけらば、各個人に支えられた企業組織や、企業組織によって構成される日本経済の活性化はありえないのである。
企業人個々の変革の起因となる企業性向の内在化は、当たり前のように感じられるが、初歩的な部分から行われていない場合が非常に多い。そこで、ここでは企業性向を内在化するために、「自己監査」という思想と、「PI(Personal
Identity)」、「SPM(Skill Portfolio Management)」という2つのツールを提案する。
4.自己監査
目まぐるしく環境が変化する不確実性社会の中で、企業人は常に自分が環境に適応しているか監査する必要がある。現在、持っている能力や行っている業務がいつまでも同様に有用であるとは限らない。つまり、数年後にはそのような能力や業務が必要とされないかも知れないのである。したがって、このような環境変化に適応し、常に企業社会において必要とされる能力や業務は何であるかについて検討する必要があり、現在の能力や業務の必要性が低くなっていることが分かれば、新たに能力や業務の修得へと柔軟に移ることが重要である。
「自己評価」とせずに、「自己監査」としていることには2つの意味がある。一つは客観的な視点を重視するという点であり、もう一つは「楽なことを嗜好する自分」と「勤勉な自分」を持つという人間の多面性に着目しているためである。
また、自己監査は、既得権を守ろう、既存の能力に縋ろうとする人間の本能への挑戦でもあり、自己監査から自己革新に結びつけることが最も重要であり、困難でもある。
5.PI(Personal Identity)
自己監査を行うための基本的な手法の1つとしてPI(Personal
Identity)を挙げることができる。これは企業におけるCI(Corporate
Identity)と同様の発想である。つまり、自分の存在意義を自分に問うとともに、その意義や社会(企業)において果たす役割を簡単な言葉で表現するのである。
このようなことを行っている個人はなかなかいないように思われるが、有能な人はそれぞれ自分の役割や能力を頭の中で明確にイメージしているものである。自分のPIについて検討し、考える企業人が増えることにより、企業人で構成される企業組織のCIが強くなるとともに、組織が崩壊した場合においても、個々のPIを基に他の組織への異動(転職)がスムーズに行えるであろう。
また、CI同様、PIも社会環境とともに変化すべきである。
6.SPM(Skill Portfolio Management)
昨今、企業において求められる人材として、ゼネラリストで専門分野を一つもつ「T型人間」や、T型人間に創造性が付加された「+型人間」等が挙げられているが、これでは求められる人材要件の説明として不十分である。なぜなら、社会環境の変化による知識や専門性の市場価値の変化が考慮されていないからである。
そこで、企業人が個々の市場価値に関して自己監査を行うためのツールとしてSPM(Skill
Portfolio Management)を提案したい。これも企業の経営戦略におけるPPM(Product
Portfolio Management)と同様の考え方である。つまり、複数存在するであろう自分の能力(Skill)に関するポートフォリオ(Portfolio)を作成し、今後、高めるべき能力や、新たに身に付けるべき能力、切り捨てるべき能力等を検討、評価するのである。最も単純に考えられるのは、「市場価値の高さ」と「汎用性」を尺度とするポートフォリオであろう。この他にも知識がだんだん廃れることを考慮すると「新しさ」等を尺度としたポートフォリオも考えられよう。
図表1 能力ポートフォリオの例
7.おわりに
自己監査を中心とした企業人のあり方について論じたが、すべての人が自己監査という思想を受け入れ、それを実行できるかは甚だ疑問な点ではある。むしろ、できる人の方が少ないかも知れない。しかし、このような企業人が増えない限り、我が国の今後の経済発展は困難であると私は考える。「仕事でなく趣味に生きる」という思想には何ら問題はないが、給料をもらっている限りは常に給料分、もしくはそれ以上のパフォーマンスを企業内において発揮することが不可欠である。生活において仕事を重視しないからといって、給料に及ばないパフォーマンスでもかまわない、ということではない。
Copyright(C) Tadashi Mima ALL Rights Reserved.