電子市役所の可能性と効果
1.電子市役所とは何か
電子市役所の可能性と効果について考察する前に、まず「電子市役所」が何を指しているのか定義することが必要である。
近年、高度情報化の進展にともない、「電子メール」、「電子商取引」、「電子マネー」、「電子新聞」等の言葉が社会において氾濫しており、「電子市役所」という言葉に対する違和感はほとんど感じられない。実際、ホームページによる情報提供に代表されるように、ほとんどの自治体において情報通信技術の活用が進められている。しかしながら、「電子市役所」という言葉を使用しているのは仙台市、浜松市、市川市等の一部の自治体であり、前述した「電子メール」等のように汎用的になっているとは言い難い。
一方、米国やシンガポール等の動きを受け、我が国においても数年前から「電子政府」に関する検討が進められており、「電子市役所」の概念はこれと重複すると考えられる。平成9年12月20日に閣議決定した『行政情報化推進基本計画の改定』においては、「行政の情報化により、事務・事業及び組織の改革を推進するとともに、セキュリティの確保等に留意しつつ、紙による情報の管理からネットワークを駆使した電子化された情報の管理へ移行し、21世紀初頭に高度に情報化された行政、すなわち電子政府の実現を目指す」としいる。
そこで、このような「電子政府」の定義や、各自治体における「電子市役所」の捉え方を踏まえ、本レポートでは「電子市役所とは、情報通信技術やネットワークを活用することで、時間・場所・方法等の制約を緩和し、自治体における行政サービスの利便性を高めること」と定義することとする。
「電子市役所」という言葉だけを考えると、自治体における情報通信活用全般、つまり行政情報化全体を指すという捉え方もある。これは広義の電子市役所と考えられ、庁内における情報システム全般が対象となる。しかし、本レポートでは、前述したように、住民や地元企業等に対する行政サービス部分、つまり、インターフェースの部分の情報化を電子市役所と捉え、可能性と効果を検討する。
2.電子市役所の機能(効果)
電子市役所の機能(効果)を以下に整理する。これらの機能はそれぞれが完全に独立するのではなく、重複している部分もあるが、ここでは機能を整理する意味で分けて記述することとする。
1)ワンストップ・サービス
ワンストップ・サービスとは複数の行政サービスを1つの窓口で受けることができる機能を指し、これにより複数の窓口に出向く手間が軽減される。情報通信技術の活用は必ずしも必要ではないが、多様な行政事務を処理できる端末、ネットワークの整備等により実現が容易になる。実例としては、北海道鷹栖町、浜松市、シンガポール等で取り組みが見られ、住民が複数の窓口に出向く労力を削減する効果がある。
2)ノンストップ・サービス
ノンストップ・サービスとは24時間サービスを指し、住民等が都合の良い時間にサービスを受けることを可能とする。前述のワンストップ・サービスの「ストップ」という言葉が場所的な意味合いで使われていることを考慮すると、ノンストップとは「どこでもサービスが受けられること」と捉えることもできるが、現状では「時間的にノンストップ」であるという考え方で利用されている。役所とネットワーク接続した無人端末等を設置することで24時間の行政サービス提供が可能となり、実例としては、ニューヨーク市、カリフォルニア州チェーレア郡等がある。これにおいても情報通信技術の活用は必ずしも必要ではなく、市川市ではコンビニエンスストアーを活用して24時間サービスを実現している。
3)アクセサビリティの向上
情報通信技術を活用することで、自宅等から多様な媒体により行政サービスを利用することが可能になるとともに、行政サービスを受けられる場所も多様になる。前者の実例としては、相模原市、大阪府、神戸市等があり、電話、パソコン通信、ファックス、街頭端末等の多様な情報通信手段により公共施設の案内・予約、行政情報取得が可能となっている。後者の実例としては、埼玉県、静岡県西部22市町村等があり、埼玉県では、都内通勤者が多いことを背景に、新宿に領事館を設置し、パスポートの発給、住民票の交付等の業務を行っている。
4)電子申告・申請
従来、紙で行っていた申告・申請を電子情報で受け付けることにより、ネットワークを介して申告・申請を行うことが可能となり、住民等はわざわざ役所に出向く手間が軽減される。我が国において自治体の実例はないが、特許庁が特許の電子出願を実現してる。この電子出願は特許庁に事前に登録することが必要であり、交付される識別カードと暗証番号で本人確認を行う方式になっている。
5)電子調達
前述の電子申告・申請と類似するが、自治体における商品やサービスの調達を情報通信ネットワークを介して行うことを指す。まず、調達情報をネットワークにより公開することから始まり、定期的な調達が必要なものに関してはネットワークによる発注等も考えられる。情報伝達や商取引の効率化等の効果が期待できる。自治体の実例はほとんどなく、現在、建設省が検討している他は、シンガポールや一部の国内企業で実施が見られるのみである。
6)電子情報の提供・公開
これまで紙等で行っていた情報提供・公開を情報通信ネットワークを活用して行うことである。代表的なものとしてはホームページによる行政情報発信があり、近年のインターネットの普及にともない、多くの自治体がホームページを開設している。
7)ネットワーク住民参加
従来は集会や公聴部署に寄せられた手紙等を媒体して住民の意見を収集していたが、これに加えて情報通信ネットワークを活用することでより幅広い住民の行政参加を可能にする。ネットワークを活用することで、時間や場所の制約を緩和し、オフィスワーカー等の行政参加が期待される。実例としては、中央区、藤沢市等があり、ホームページ上において住民の意見交換、議論等が行われている。
3.電子市役所の可能性
以下において電子市役所の可能性を前項で整理した機能別に検討する
1)ワンストップ・サービス
全ての行政窓口業務を1つの窓口に集約することは、非効率な部分が多く、メリットよりもデメリットが上回ると予想される。したがって、頻度の高い、窓口業務のみを対象としたワンストップ・サービスが適切であり、完全なワンストップ・サービスを実現する必要はないと考えられる。
また、情報通信技術による支援もさることながら、業務や組織の見直しが非常に重要であり、これらが一体となった取り組みがなされる場合は、ワンストップ・サービスの実現も可能であろう。
2)ノンストップ・サービス
24時間端末によるノンストップ・サービスの実現においては、潜在的な利用者数等を考慮する必要がある。24時間端末の設置には大きなコストがかかるため、利用者数が多く見込まれない場合は有効性が低い。農業等を中心とした地域では住民の時間の自由度が高いため24時間サービスのニーズは低いと予想され、また、小規模な自治体では少ない利用者のために高い運営費を負担しなければならなくなる。
したがって、現状においてノンストップ・サービスの実現は一部の大規模な自治体においてのみ可能であり、ほとんどの自治体においては実現の可能性は低いと考えられる。
3)アクセサビリティの向上
住民のライフスタイル、価値観等が多様化する中、行政サービスへアクセスする手段、媒体の多様化も望まれる。しかし、その媒体を利用している住民の割合、その媒体によるサービスを追加することによるコスト等を十分に考慮する必要がある。一般的には電話、ファックス、パソコン通信(インターネット)等の媒体が想定されるが、地域においてCATVの普及が進んでいる場合はその利用が有効である。
一方、場所の多様化に関しては、住民の移動性等を考慮する必要がある。埼玉県、神奈川県、千葉県のように都内への人口流入の多い地域では、埼玉領事館に代表されるような都内における行政サービスは有効である。しかし、人口の移動性の低い地域においては、行政サービスの広域的な提供はメリットよりコストが大きくなる。また、住民基本台帳ネットワーク等の全自治体をネットワーク化する動きも国レベルで検討されており、これが実現した場合は、いくつかの行政サービスの全国的な提供も可能になると予想される。
4)電子申告・申請、電子調達
技術的な問題点はほとんどなく、システム的にも情報発信と重複した部分が多く、実現にはそれ程大きなコストはかからないと考えられる。したがって、制度や組織的な慣習がどれだけ変わるかが、電子申告・申請、電子調達を実現するための大きなカギとなる。
ただし、これらのサービスを利用する住民や企業におけるコンピュータやネットワークの利用率を考慮することは不可欠であり、利用ニーズが少ない場合は有効性が低くなる。
5)電子情報の提供・公開
電子情報の提供・公開に関しては、ホームページ開設等により、多くの自治体が取り組んでいるが、内容の充実しているものは一部である。特に情報公開という観点からは、行政文書等を公開しているホームページはほとんどない状況にあり、今後、文書管理システム等とホームページを連携することにより、労力をかけずに電子情報の公開を実現する環境整備が望まれる。ただし、このためには庁内の情報化を進め、1人1台程度の端末整備やネットワーク整備、職員の情報リテラシー育成等を図ることが不可欠である。
また、情報提供・公開の対象がホームページを見ることができるかどうかということを十分に考慮していない場合も多い。住民のほとんどがホームページを見れる環境にないのに、住民向けの行政情報を発信しても有効性はほとんどない。この場合、日本全国、もしくは全世界を対象として観光情報等を発信することの方が有効である。したがって、電子情報の提供・公開に関しては、対象者の情報化が進んでいない場合は、無理に行うべきではない。
6)ネットワーク住民参加
電子メールやホームページを活用したネットワークによる住民参加はいくつかの自治体で行われているが、地域外で働いているオフィスワーカー等の参加が見込める点で有効であると考えられる。ただし、依然としてインターネット等のネットワーク・ユーザーの大半を20代〜40代の男性が占めている現状を考慮すると意見や議論が偏る危険性がある。したがって、主婦や高齢者等の意見をフェイス・トゥ・フェイスの集会で収集し、20代〜40代程度の男性の意見はオンラインで収集する等の役割分担を考慮することが必要である。
また、行政に関わりたいとという意欲のある住民がそれ程多くない場合においては、住民モニターにネットワーク端末を貸し出す等の方法で機会均等性の高いネットワーク住民参加を実現することも想定される。
4.まとめ
一住民として、電子市役所により様々な行政サービスにおける利便性向上を期待するが、有効性やコストを十分に考慮して取り組まないと、技術先行のニューメディア・ブームの二の舞になる恐れがある。また、電子市役所が十分に有効に機能する程、庁内の情報化も住民の情報化も進んでいない現状を考慮すると、先進地域における実験的な取り組みは行われるものの、有効性の高い真の意味での実用的な取り組みは数年先になると予想される。
一方、究極的な電子市役所として、「自宅の端末から個人認証を行い、全ての行政サービスを受けられる」という姿が想定されるが、これは「将来、ほとんどの住民が端末を持つであろう」という推測に基づいており、現状においては実現性が低いと考えられる。
確かにインターネットの普及は依然として進んでいるものの、昨今においては以前程の勢いもなく、パソコンの家庭普及も停滞してきた感がある。現状における機能や操作性を考慮すると、インターネットは電話やテレビに代替する程、すべての人に受け入れられるものではないということである。
したがって、当面の電子市役所の役割は、紙、電話、ファックス等の従来のメディアを補完する程度に止まると考える。
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