地域(都市)開発における民間と公共の役割に関する考察
1.公共と民間の役割分担の現状
地域の開発を推進するための構成要素は、道路や上下水道といったインフラ、産業、教育、保健・医療・福祉、娯楽等、様々であり、現在、これらは公共(地方公共団体や国)と民間(企業や他の団体)等により提供されている。スティグリッツ『公共経済学』によると、市場経済に基づく民間においてのみこれらの構成要素が提供される場合、中には十分に提供されないものが存在し(いわゆる市場の失敗)、この「市場の失敗」が公共における活動の根拠になっているとされている。
実際には、共同消費性、排除不可能性、非競合性といった性質を持つ「公共財」は国防や行政手続サービス等、一部であり、ほとんどは民間主体で整備される「市場財」、もしくは両者の中間領域である「混合財」であると考えられる。しかし、現実には、適正な供給を確保するために、教育、福祉、医療等の「混合財」も公共(地方公共団体)により提供されている。教育に関しては、公立の学校があるものの、付加価値の高い学校として私立の学校が存在するし、医療機関に関しても、民間の医療機関が多数存在するものの、県立病院、市立病院等がある。また、福祉サービスに関しては、従来は公共において提供されていたが、規制緩和により民間企業の参入が可能になってきており、2000年の介護保険の導入にともない更にその傾向が加速すると考えられる。
では、インフラ整備はどうか。経済協力開発機構(OECD)諸国において、インフラ整備において民間企業が行っている割合は、英国が70%、米国が55%、仏・独が25%、日本はわずか15%に過ぎない。
このように、他の先進諸国と比較してインフラ整備等を中心に公共に依存してするところが大きい我が国であるが、昨今の行政改革の流れから、その役割の民間への移行が進んでいる。政府の行政改革会議においても「行政の減量化」としてアウトソーシングの推進が唱われている。実際、地方公共団体では、庁舎の清掃、公共施設の管理、ごみの収集等を中心に民間企業への委託が進んでおり、1997年に日本経済新聞と日経産業消費研究所が全国の市と東京23区を対象に調査したところ、庁舎清掃で98.3%、道路測定・現況図作成で95.7%、ホームヘルプサービスで82.7%、可燃ごみ収集で72.9%の地方公共団体がアウトソーシング(一部委託を含む)を行っている。
一方、アウトソーシングとともに昨今、民間への移行を促す手法としてPFIが注目されている。PFI(Private
Finance Initiative)とは英国で生まれた、民間のノウハウや資金を導入することで公共サービスの効率化を図ろうとする考え方であるが、我が国でこのような動きがまったくなかったか、というとそうではない。中曽根内閣の時代に、施行された民活法の下、日本全国に設立された第三セクター(地方公共団体と民間企業の共同出資会社)がそれである。現在、全国に約3千の第三セクターが存在するが、実際に経営がうまくいっているところは一部であり、第三セクター失敗の要因としては、「事業計画設定の甘さ」、「公共と民間のもたれあい」等が挙げられている。
以上、整理したように、我が国では、他の先進諸国と比較して、地域開発における公共の担う割合が大きいが、民間へのシフトが進んでいる。そして、その手法としてアウトソーシング、第三セクターが代表的な事例として挙げられるが、アウトソーシングは比較的問題なく進められている反面、第三セクターは問題点が多く指摘されており、英国のPFI等を参考に、公共と民間の新たな連携について検討が進められている。
2.地域情報化に見る公共と民間の役割の限界
次に具体的な事例を基に公共と民間の役割の限界について考察してみる。
私は地方公共団体に対する情報化のコンサルティングに携わっているので、地域情報化を題材にし公共と民間の役割の限界について検討したい。
1)公共の役割の限界
最初に公共の役割の限界についてであるが、まず、予算面での制約が挙げられる。公共が行う場合、基本的に住民からサービス量を徴収できないという風潮があり、情報通信インフラや学校のコンピュータ等の整備に必要な資金を住民から徴収することができない。地方公共団体独自の予算で行う場合は、予算規模による制約があり、また、比較的小規模の市町村等では、地元に雇用を創出しやすい土木・建築等の事業が優先され易く、情報化事業への予算配分は少なくなる。
また、公共よる場合、事業の最適効率規模という面でも制約ができる。昨年度、山形県の某広域地域の情報化について仕事を行ったが、数市町村の内、A町がCATVを導入していた。CATV事業はスタジオやヘッドエンド施設等、初期設備投資が大きな事業なので、近隣市町村と連携して、CATVの効率的な運営が期待されたが、A町のCATVは某省の支援により整備されていたため、他の市町村で利用できないとのことであった。このように行政単位により、必ずしも最適規模のサービスが確保できるとは限らない。
加えて、効率性の面でも問題を有している。現在、地方公共団体や中央省庁における予算は単年度使い切り方式になっており、効率的な事業を行って、予算を浮かしてもメリットがないことから、事業を効率的に運営しようというインセンティブが働き難い。実際、本郷にある某国立大学においても予算消化のため必要ないコンピュータを買い、使われないまま廊下に箱が積み上げられているという話を耳にしたことがある。
この他、公共による事業展開は、民間による事業機会を奪うとという指摘もあり、公共による安易な情報化は、地域における情報化関連企業の育成を妨げる恐れもある。
2)民間の役割の限界
民間の役割の限界として、一番注目する点は採算性に制約されるという点である。つまり、市場規模が小さく事業として成り立たない小規模な市町村においては事業が行われない可能性がある。インターネットのアクセスポイントが分かりやすい事例で、市場規模が最も大きい東京には沢山のプロバイダーがアクセスポイントを設けているが、地方都市へ行くとアクセスポイントが減少し、過疎地域に行くとアクセスポイントがほとんどない。
また、このような市場原理がもたらす制約はインフラ整備の順番においても問題となる。民間企業を主体とする情報通信基盤の整備は日本全体において一度に行われるのではなく、市場のあるところから順番に行われていく。NTTのISDNにおいても同様であり、当初、特定の地域において実験的な導入が行われたものの、その後は市場規模が大きいと考えられる所から随時回線が整備されていった。
加えて、このような市場原理は住民の意識にも大きな影響を与えると考えられる。私はこれまでもいくつかの地域において情報化に関するコンサルティングを行ってきたが、住民の情報化への意識は、概ね人口規模や都心への近接性に比例している。つまり、人口規模が大きく、都心に近い程、情報流通量が大きく、インターネットやコンピュータ等の情報化のトレンドが強くなっている。もちろん、住民の意識が高い程、地域情報化を推進することは容易であり、地域一体となった取り組みが期待できる。
このような民間の限界から、過疎地では情報基盤整備において公共の担う役割が都心と比較して相対的に高くなっている。有名な事例としては富山県山田村を挙げることができるであろう。山田村では村内の希望世帯すべてにインターネットに接続が可能なパソコンを配布するとともに、プロバイダー機能をもつ情報センターを整備し、村民が無料でインターネットを利用できる環境を整備した。
3)第三セクター等の限界
広島県のB市では第三セクターによりCATVを整備しているが、そのCATV会社は公共のデメリットが協調される形になっている。2年前にCATV会社によるインターネット事業が解禁され、先進的にサービスを提供している地域では人気の高いサービスとなっている。このB市のCATV会社においてもインターネット接続サービスを提供することは技術上十分可能であるが、B市では既に民間のインターネットプロバイダーが存在することから、地場産業育成の観点から第三セクターであるCATV会社ではインターネット接続サービスを提供しないことになっている。これがもし民間企業であれば公正な競争の基、CATVによるインターネット接続サービスが提供され、住民側におけるメリットは大きいであろう。また、CATVのサービスエリアに関しても公共性の観点から地域全体に対してのサービスが望まれ、サービス効率の良い都市部のみの提供は難しい。
このように、第三セクターでは、民間企業に地方公共団体の非効率な部分を押しつけた感がある。
3.公共と民間の役割の限界を超えるための手法について
前節で整理した公共、民間、第三セクターの限界を踏まえ、今後、望まれる地域開発のあり方について検討する。
1)英国のPPPからの考察
私は昨年、情報通信を中心に英国やフランスのPPP(Public
Private Partnership)について取材した。現在のマスコミの捉え方を見ていると、英国では急にPFIのような公共と民間の連携手法が出てきた感があるが実際はそうではない。サッチャー政権下に導入された強制競争入札制度(CCT)により、公共と民間の競争関係が成立し、公共、民間双方において公共事業の効率化への真剣な取り組みがなされた。そこから、PFIへと発展し、昨今ではPPPへと思想が変化してきている。
取材した英国コベントリー市ではPPPとして4つの合弁企業と6つの非営利組織が活躍しており、4つの合弁企業は、その性格から公共関与の度合いが著しく異なるとのことであった。合弁企業の1つはホテルであり、このホテルは古城を改装したもので、その改造から運営に至るまでに、共同出資している民間企業に一任している。一方、地方公共団体の情報システムを運営する会社も独シーメンスとの合弁により設立されている。これはコベントリー市の情報システム部門をシーメンスに売却した形になっており、職員127人が市からシーメンスに移籍している。
このような英国のPPPの現状を見ると、我が国では公共と民間が効率的な連携を図るには有形(法制度等)、無形(慣習、考え方等)の障害が依然として多いと考えられる。PFI等の手法を用いるにしても、第三セクターといった従来の手法を用いるにしても、規制緩和を進めるとともに、「もたれあい」にならないような公共、民間双方の意識改革を図ることが不可欠であろう。逆に、規制緩和と、事業運営面での意識改革がなされるならば、第三セクターであろうが、PFIであろうが、うまく機能すると私は考える。
2)地域開発の新たな取り組み
規制緩和や意識改革が進むという前提で、地域開発の新たな形態について考察する。住民のまちづくり参加の意識が高まっていることを考慮すると、地域開発に対して住民が参加することは不可欠であろう。米国のPPPでは、住民による環境アセスメントにより地域開発がうまく機能している事例が見られ、今後我が国でも民間企業、地方公共団体だけでなく、住民の参加するジョイント・セクター等による地域開発や、NPOによる監査機能整備が有効であると予想される。
例えば、地域情報化の1つである学校の情報化に関しては、従来のように地方公共団体の限られた予算によるコンピュータ整備、コンピュータに詳しい特定の教員に依存するというのでは問題が多い。しかし、一方で民間企業に学校の情報化全体を任せる程、予算は潤沢ではない。このような場合において、民間企業による旧型コンピュータの寄付、情報通信に詳しい父兄や大学生の情報環境整備のボランティア等が期待される。つまり、このように地域を良くしようとする住民(NPO)や地域企業の高い意識と、民間企業、地方公共団体の連携したジョイント・セクターが今後望まれる。
3)事業規模と地域による形態の選択
今後、ジョイント・セクターやPFI等による地域開発が期待されるが、実際には、事業規模や地域において、地域開発の最適な実施形態は異なると考える。PFIはファイナンスという面を考えると10億円以下の小さい規模の事業には使えず(ファイナンスを行う金融機関のメリットが小さい)、小さい規模での事業ではジョイント・セクター、公共、NPO等による整備や、公共から民間へのアウトソーシングにならざる得ないであろう。
また、地域によっては市場性の問題から民間の協力が望めず、住民の意識が低い場合もあり、公共が戦陣を切って取り組むことがやむを得ないこともあり得る。山田村の事例等もこの代表であろう。つまり、地方(過疎地)へ行く程、市場原理にともない民間企業による情報化は期待できないが、民間企業を代替する住民(NPO)の情報化への意識も低いことから公共が主体とならざるを得ない。逆に、都心では、民間企業による整備は期待できるが、住民の意識も高いことから民間企業と住民、およびその調整役としての公共によるジョイント・セクターの有効性が今後期待される。
<参考文献>
井熊均『PFI公共投資の新手法』日刊工業新聞社
大野輝之『都市開発を考える』岩波新書
スティグリッツ『公共経済学(上)』東洋経済新報社
石井春夫『現代の公益事業』NTT出版
『産業立地1998年9月号』日本立地センター
『自治フォーラム1998年4月号』地方自治研究資料センター
『日経地域情報No.308、No.300』日経産業消費研究所
『地方公共団体のアウトソーシングに関する調査』NEC総研
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