地域間格差に与える情報化の影響に関する考察

 

1.はじめに

  近年、高齢化、国際化等と同様に社会的な大きな潮流として、「高度情報化」という言葉が良く使われるが、これはどのようなことであろうか。『新・地域情報化の考え方、進め方』(自治大臣情報管理室、1994)によると、「高度情報社会とは、コンピュータによる情報処理技術の発展と通信技術の発展が結びつき、コンピュータと通信システムが一体となったネットワーク化が進展し、産業、社会、生活の各分野で必要とする情報が多種多様な情報サービスがいつでもどこでも利用でき、情報が重要な意味を持つようになってきた社会であるとともに、商品化される社会である」とされている。  つまり、これまでも人間個々の活動により作成された情報は、それを伝達する方法が口頭や紙であったために、その伝達、有効活用に限界があったが、近年の情報通新技術の発達とともに、情報の高度な活用が可能になってきているということである。高度情報化とは、社会全体が情報通信技術を活用して高度情報社会に向かっていくことに他ならない。  経済地理学の講義においては、工場立地と地域間格差の関係についてお話しいただいたが、近年においては産業のソフト化、サービス化が進んでおり、工場立地が地域経済に与える影響は以前と比較して小さくなってきていると考える。そこで、本レポートでは、ソフト的な側面から地域間格差を分析したい。つまり、「情報」が地域間格差にどのように関連し、影響を与えているのかについて検討を試みる。  高度情報化にともない、「情報」は「ヒト」、「モノ」、「カネ」に続く第4の資源として、経済的な価値が高まっているが、情報通信ネットワークの発展にともない、他の3つの資源よりも流動性が高いと考えられる。それゆえ、情報の有効活用を図ることにより地域間格差を縮小することも可能ではないかと考える。  

2.本レポートの構成

 まず、情報もしくは情報通信が地域社会に与えている影響を整理するとともに、次に客観的なデータから情報化と地域経済の関連性について分析を試みる。そして、最後に情報通信の活用による地域間格差是正の可能性について考察する。  

3.高度情報化の地域社会に与える影響

  以下に高度情報化の進展が地域社会に与える影響を整理する。  

 1)経済へのマクロ的な影響

  『通信白書(平成10年度)』によると、経済成長に対する情報通信ストック(情報通信機器、通信施設等)の重要性は確実に高まっている。コプ・ダグラス型生産関数を用いて作成したマクロモデルによると、情報通信ストックの経済成長に対する寄与率は50.0%(昭和60年〜平成2年)から131.2%(平成2〜7年)に伸びている。

図表1 経済成長に対する各生産性要素の寄与度



 

情報通信
ストック

一般資本
ストック

残  差
 

実質GDP成長
率(年平均)

情報通信ストッ
クによる寄与率

S60年〜H2年

  2.60

  2.29

  0.30

     5.20

     50.0

H2〜7年
 

  1.85
 

  0.30
 

  -0.75
 

     1.41
 

     131.2
 

単位:%                  出典:郵政省『通信白書(平成10年)』

  2)産業分野への影響

  高度情報化の進展は産業分野に大きな変革をもたらしている。企業の競争力を維持するために情報の高度な活用が不可欠になってきており、各企業における情報化投資は拡大傾向にある。このような企業の情報化投資の増加や、パソコン、ファックス、携帯電話等の情報通信機器の家庭への普及にともない、近年、情報通信に関連した産業が大きく発展している。この潮流にともない、経済的な発展のために情報通信関連産業の育成に力を入れる地域も多く、いくつかの地域ではソフトウェアパーク等の建設も進められた。  また、昨今における情報通信ネットワークの発展は商取引においても大きな変化をもたらしつつある。インターネット上のバーチャルモールに代表されるようにEC(電子商取引)の普及が進んでおり、場所にとらわれない商品やサービスの販売が可能になっている。実際、パソコンのシェアウェア等に関しては、地方に住む個人が製作し、インターネットで全国的に流通しているモノも少なくない。 

  3)生活への影響

  高度情報化の進展は住民の生活にも大きな影響を与えている。インターネット普及、特に電子メールの活用は、時間や場所にとらわれないコミュニケーションを可能にしており、地域や国境を超えた交流や情報交換を実現している。また、ホームページに代表されるインターネット内に蓄積された情報は、世界中のどこからでも閲覧可能であり、情報の発信・収集において情報の平等性があると言える。  一方、情報通信の活用は生活インフラにも大きな効果をもたらしている。教育分野においては、離れた距離にある学校間の交流を可能にするとともに、生徒の学習支援等にも利用され始めている。医療分野では、遠隔医療により都心から離れた地域においても高度な医療の供給を可能にしており、また、保健・医療情報との連携により地域における包括的な保健・医療・福祉サービスの提供も期待される。この他、交通や防災等の分野でも情報通信ネットワークの活用が進んでいる。  

4.情報化と地域間格差

 上述したように、高度情報化の進展にともない情報(情報通信)の地域社会に与える影響は大きくなってきており、情報化の進展度の差が地域間格差に結びつく可能性は高くなってきている。そこで、以下で地域の情報化の度合いと地域経済の相関について分析を試みる。地域は各都道府県を単位とし、地域経済の指標としては、住民の平均所得を用いることとする。また、情報化の度合いに関しては、情報通信機器の普及状況、情報サービス産業の規模、企業の情報化投資、情報量等を指標として用いる。

 1)情報通信機器の普及率と地域経済の相関

 一般の電話やテレビ等も情報通信機器と考えられるが、これらに関しては家庭への普及がほとんど完了しており、地域間格差の指標として活用することは困難であると考える。そこで近年、普及が進んでいる携帯・自動車電話、パソコン、衛星放送の普及率を指標として地域経済との相関を分析した。各都道府県における平均所得と情報通信機器の普及率との相関係数は図表2に示す通りであり、携帯・自動車電話とパソコンに関してはある程度の相関関係があると言える。一方、衛星放送に関しては、相関関係は見られず、むしろ逆相関関係が少しだけ表れている。これは放送局数の少なさや、電波の受信状況の悪さ等を反映して、地方から衛星放送の普及が進んだためと考えられる。つまり、持たなくても問題がないが、持つことにより利便性を享受できる携帯・自動車電話やパソコンに関しては、地域経済と相関した普及が見られ、局数の少なさや電波の受信状況等の問題が既に顕在化していた放送に関しては逆相関的な普及が進んだと想定される。

図表2 情報通信機器と住民所得との相関



 

携帯・自動車電話の
普及率

パソコンの普及率
 

衛星放送の普及率
 

住民平均所得
 

    0.673836161
 

    0.65423241
 

   -0.144943025
 

               出典:東洋経済新報社『地域経済総覧’98』より作成

  2)産業分野の情報化と地域経済の相関

  産業分野の情報化の指標として情報サービス産業の売上高と、企業における汎用電子計算機納入金額を用いる。両指標とも人口で割ることで、人口1人当たりの売上高、納入金額を算出し、地域経済との相関を分析した。売上高、納入金額と、住民の平均所得との相関係数は図表3に示すようになっており、双方ともある程度の相関関係が見られる。つまり、情報サービス産業が発展し、企業における情報化投資が進んでいる地域では経済も発展している可能性が高い。

 図表3 産業分野の情報化と住民所得の相関



 

住民1人当たりの情報サービス
産業の売上高

住民1人当たりの企業の汎用電
子計算機納入金金額

住民平均所得
 

         0.72881211
 

         0.682557292
 

               出典:東洋経済新報社『地域経済総覧’98』より作成

  3)情報量と地域経済の相関

  情報通信に関する指標以外にも地域の情報化を測る指標がある。ここでは住民1人当たりの書籍・雑誌・新聞販売額を地域で流通する情報量の指標として相関を分析するとともに、郵政省が発表している情報流通センサスにおける発信情報量、選択可能情報量との相関も分析した。なお、発信情報量に関しては、人口に比例すると考えられることから住民1人当たりの指標を用いることとし、逆に選択可能情報量は住民個々において選択可能な情報量を表していることからそのままの数値を用いることとした。それぞれの指標と住民の平均所得との相関係数は図表4に示す通りであり、相関関係が見られる。つまり、情報の発信量、流通量が多い地域ほど経済も発展している可能性が高い。

図表4 情報量と住民所得との相関



 

1人当たりの書籍・
雑誌・新聞販売額

1人当たりの情報発
信量

選択可能情報量
 

住民平均所得
 

    0.794247092
 

    0.72575055
 

    0.760419059
 

         出典:東洋経済新報社『地域経済総覧’98』と郵政省『通信白書(平成10年)』より作成

5.情報化による地域間格差是正の可能性

  前節の分析により、情報化の進展度と地域経済に相関があることが確認されており、このことから地域間格差を是正するために地域の情報化を進めることが有効であると考えられる。つまり、住民生活における情報通信機器の普及、企業における情報化投資の増加、情報サービス産業の発展等を図るとともに、地域における情報の作成・発信・流通を促すような仕組み作りを行うことにより、地域経済の発展が期待される。  特に昨今、普及の目覚ましいインターネットは、従来の放送、書籍等の情報メディアと比較して情報の作成・発信・流通にかかるコストが小さく、一般住民レベルでの情報の作成・発信を容易にしており、地域間の情報格差是正への大きな貢献が期待される。現状では、住民生活で流通している情報において放送の占める割合が高く、しかも放送の発信主体が都心に集中していることから、地域間の格差が顕在化しているが、今後、放送と通信の融合化が進みことにより、地方からの情報発信等も進むのではないかと考えられる。  実際、近年の高度情報化の進展を地域振興、地域間格差是正の機会だと判断し、情報化に積極的な取り組みを行っている都道府県もいくつかある。(図表5)このような情報化の取り組みに関しては、現在進行中のプロジェクトもあり早急な評価は困難であるが、住民や地域企業の情報化への意識喚起という観点では有効ではないかと考えられる。

図表5 都道府県の情報化の取り組み事例


都道府県

            情報化への取り組み

岡山県





 

過疎地域等における教育、医療、産業などの地方における課題解決の方法
として、県庁と振興局との高速ネットワーク(県庁WAN)の一部を、民
間にも開放し、インタ―ネット技術で、県内全域をカバーする高速な情報
通信基盤(岡山情報ハイウェイ)の実現を目指して、各種アプリケ―ショ
ンの実験を進めている。住民へのアクセスは、CATVを中心に公衆電話
回線等で補完し、情報キオスクと呼ばれる公開端末を公共機関に設置する
ようにして、住民への漏れのない情報サービスを提供しようとしている。

山梨県




 

山梨大学が中心になり、県内のインターネットプロバイダをとりまとめ、
学術ネットワークと商用のネットワークを接続し、インターネットを利用
した県内の情報のやりとりをよりスムーズに、より安全に行うことができ
るようにY−NIXと呼ばれる地域IXを構築した。これにより、県内で
のインターネットの高速利用が可能になり、動画像を使った遠隔会議など
インターネットの新たな活用が期待されている。

岐阜県








 

ソフトピアジャパン、VRテクノジャパン、国際情報科学芸術アカデミー
等の情報化拠点をつくり情報化を推進するとともに、情報通信技術を活用
して、県民への行政サービスの向上を図ったり、情報を全国や世界へ発信
するため、インターネットで県、市町村、公共機関、県民等をむすんだ県
民情報ネットワークをつくり、県行政・県民間のコミュニケーションを良
くしようとしている。   
 また、建設省の道路管理用国道光ファイバケーブルを借用した岐阜情報
スーパーハイウェイで、主要3市の公共機関や大学を結び、情報活用の実
験を行う予定である。
 

6.情報化の限界

  しかしながら、情報化による地域間格差是正にも限界がある。  近年、情報通信ネットワークを活用した情報交換、コミュニケーションも急速に拡大しつつあるが、フェイス・トゥ・フェイスの情報交換、コミュニケーションの重要性は依然として変わっていない。私もいくつかのメーリングリストに参加しており、電子メールで情報の交換等を行っているが、実際はオフライン・ミーティングというフェイス・トゥ・フェイスの会合があり、これによりネットワーク上のコミュニケーションをより円滑にしていることが多々ある。つまり、情報通信ネットワークによる情報交換、コミュニケーションというのは、ある程度のフェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションを前提として成り立っている部分があると言える。  一方、発信される情報の多くがビジネスに直結していることを考えると、情報の内容が消費者の多い都心向けになることは仕方がないと言える。この点に関しては規模の経済が働くことが否めないが、市場原理を考えると妥当である。  また、各地域の情報化への効果が期待されるインターネットに関しても、実際は都心を中心に普及が進んでおり、逆に情報格差や地域間格差を助長する可能性も心配される。富山県山田村のように、一部には都心よりインターネット利用率が高い地域も見られるが、マクロ的にみると相対的に都心の方がインターネット利用者が多いのではないかと予想される。図表6に示すように、CSJ(サイバースペース・ジャパン梶jが行ったWWW利用者調査では、利用者の東京一極集中が是正されつつあるが、依然として関東圏や近畿の利用者が人口比率と比較して多いことがうかがえる。

図表6 インターネット利用者の地域別比率


 

 1995/6

 1996/3

 1997/1

 1998/1

実際の人口比

北海道

  2.9

  2.3

  3.1

  3.3

   4.5

東北

  2.5

  2.1

  3.4

  3.9

   7.9

東京

 37.6

 23.4

 20.1

 16.9

   9.2

東京以外の関東

 24.7

 30.7

 31.1

 28.7

  22.2

中部・甲信越

  9.7

 13.5

 12.7

 17.8

  18.5

近畿

 11.9

 15.2

 17.5

 16.8

  16.3

中国・四国

  2.7

  5.9

  7.2

  6.8

   9.6

九州・沖縄

  5.3

  4.2

  4.3

  5.3

  11.8

海外
 

  2.7
 

  2.6
 

  0.6
 

  0.5
 
 
     
 

                      出典:CSJのホームページ等から作成

7.おわりに

  高度情報化の進展にともない、情報そのものの価値が高まるとともに、その情報の作成・発信・流通も比較的容易になってきている。このような背景から、各地方公共団体においても情報化への取り組みが行われているが、これは地域間格差を是正するには至っていない。つまり、そのままにしておけば更に拡大するであろう都心と地方の情報格差を現状程度に留める程度の効果しか発揮していないのではないかと考える。情報化を地域間格差是正に役立てるためには、住民、企業、行政(地方公共団体、国)が一体となった取り組みが必要であるが、実際は都心から離れる程、情報化への関心が低いのが現状である。  したがって、私の考える結論は、「情報化への取り組みだけで地域間格差を是正するのは困難であるが、情報化への取り組みを行わなければ地域間格差は更に拡大する恐れがある」ということである。それ故、各地方公共団体が取り組んでいる情報化施策は無駄ではないと考えられ、今後、雇用確保を目的として行っている土木・建設等の公共事業を縮小し、情報に関連したサービス産業への産業の構造転換を進めるととともに、土木・建設等に振り向けていた資金を情報化に活用することが望まれる。

<参考文献>

自治大官房情報管理室『新・地域情報化の考え方、進め方』

東洋経済新報社『地域経済総覧’98』

郵政省『通信白書(平成10年)』

日経産業消費研究所『日経地域情報 No.285』

http://www.csj.co.jp/www7/index.html

<用語解説>

◎バーチャルモール

 インターネットやパソコン通信、あるいはCD−ROM等を活用して仮想に展開された商店街のこと。インターネットのホームページ上に複数の店が出店したモールが増えてきており、画面上で商品を選択することで買い物が可能である。

◎シェアウェア

 ネットワークで流通する比較的小さいソフトウェアで、著作権者に料金を支払って提供されるもの。類義語であるフリーウェアは料金は無料である。

◎メーリングリスト

 複数の人の電子メールアドレスをリストに登録しておくと、その全員に同じ電子メールを送ることができるサービスを指す。リストに載っている人が情報を共有でき、共通の話題(趣味、仕事等)について多人数で意見交換を図ることが容易になる。メーリングリストで交流している人達が実際にフェイス・トゥ・フェイスで会う集まりをオフラインミーティングと言う。

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