世界には戦いが溢れている。
そして、溢れかえった戦いは、私の町にも押し寄せて来ることになる。
”STAY” −第1話−
私の国では、「収穫祭」というお祭りがある。
元々は名前の通り作物の豊壌を祝うものとして始まったのだけど、今となってはファーレンは商業都市。作物の生産量は年々少なくなってきている。
この手のお祭りはそうなってくると普通は廃れるのだけど、逆に年ごとに規模が大きくなり、今では他の国から大勢の人がわざわざ来るくらいにまで発展した。
きっかけは
「自分の国の作物が少ないなら、他の国から買ってしまおう」
と、おおよそ収穫祭の趣旨からは外れたことを言い出した人がいたから。
何故かその意見が支持されて、しかも
「自分はこんなにおいしい物を持ってきたぞ」
「いや、自分はこんな珍しい物を持ってきたぞ」
「なになに、自分はこんなにいっぱいの物を持ってきたぞ」
とエスカレート。
普段は抜け目なく商売している人達が、この日に限って「商売抜き」でいろんな食べ物を扱うようになった。
今では収穫祭とは名ばかりで、実体としては「食べ物だったら何でもOK。お祭りだからついでにはじけちゃおう」といった感じだ。
もっとも、このお祭りにはこういった脳天気な面だけでなく、「合理的」な面もある。
「肉体的にも精神的にも、冬をしのぐため」だ。
ファーレンは比較的北に位置しているので、冬になると食料の調達が途端に難しくなる。
なので、この「収穫祭」で各家々は一冬を越せるくらいの備蓄用食料を買い込む、という「肉体的」な理由。
そしてやはり、冬は町が静かになる。
その前に大騒ぎして、来るべき春を待とうじゃないか、という(祭りとしてはある意味まっとうな)「精神的」な理由。
だから、このお祭りが終わるとみな一様に秋の終わりを感じ、何とか冬をやり過ごそうと準備を新たにするのだ。
そんな時期に、
大国である「ゼファ」が補給基地としてファーレンを使いたいと申し出てきた。
ゼファは私たちの国よりさらに北に位置している大国で、一応、友好国である。
あの国を簡単に表現すれば「天候の良い日が少なく、常に強風が吹いていて、国土は広大であり、人々は常に苦しんでいる」だろう。
苦しみの元凶は、その厳しい自然環境だけでなく、政治体制にある。
3つの王家が存在し、その中から合議制によって「ゼファ王」が選ばれるのだが、皆自分が王になりたがるので、各王家がそれぞれ自分の権力を拡大しようと、負担を自分の家臣や領土の人々にかけている。
自ずと各王家間に競争が生まれるので、国全体の力そのものは大きくなっていく。
だから、国民レベルで見れば生活が苦しいのに、国家レベルで見れば強大な国、となる。
私から見れば、まったくもって愚かな体制だ。
だけど、父さんは
「あの環境だと、あのような選択しかなかったのだろう」と言う。
ただ、そういう父さんも、ゼファとは距離を置く外交政策をとっていた。
もっとも、政治体制が嫌いだから、なんて理由ではなく、南にある大国「ソル」の政策の方がファーレンにはなじむので、そのスタンスをソル寄りにしようとしていたからだ。
そんな矢先に、ゼファからの申し出があったのだ。
もっとも、「申し出る」なんてのは向こうの言葉であって、実際には脅され、強要された。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あー、今思い出しても頭に来る!!」
そう言って城の回廊を大股で歩くのは私……ではなく、父でもない。大臣でもないし、賢人会議の議員でもない。
「頭に来ませんか、姫?」
うん、来てる来てる。だからそんなに大きな声を出さないで、ネリー。
「偉いのは君じゃなくておじさんでしょ?って言いたいですよ。まったくもって、七光り以外のなにものでもないっ!」
私の侍女であるネリーは、さっきからずっとこの調子だ。
もともと彼女は元気が有り余っている所があるから、感情の表現も普通の人より揺れ幅が大きい。
それにしても……今日の怒り具合は普段のそれに比べても大きい。
それでもひとしきり文句を言って落ち着いたのか、私の斜め後ろの「定位置」に戻って来た時には、侍女としてふさわしい表情に戻っていた。
「……すいませんでした、侍女として不適切でした」
「うっわ、出た。ネリースイッチ」
そう言って彼女を揶揄したのは私……ではない。
今ここには私とネリー、そして護衛として付いているチェスの3人しかいないのだから、その声はチェスから発せられたものだった。
「侍女としての大切な能力、なのですよ」
臆面もなくチェスにいうネリーの表情は笑顔。しかも同性である私から見ても、とても素敵に見える。
こういう笑顔を見ていると、本当にネリーにはスイッチが付いているんじゃないだろうかと思う……チェスに対しての返事では否定しなかったもの。きっと、付いてる。
「ま、そりゃそうだ。あの場でそんな調子だったら洒落にならないからな」
笑顔だったネリーの表情が一瞬こわばる。
きっと『あの場』の事をまた思い出してしまったのだろう。
ゼファからの使者としてやってきたのは「ジャジー・ネイルス」という男で、現ゼファ王の甥にあたる。
まあ、よくある事だけど、「王の親族」というだけで登用された人物であり、話を聞きはじめてわずかの間にその能力の限界を感じてしまった。
そして、彼の持ち出してきた「提案」とやらは、実にひどかった。
簡単に言えば、「この冬の間、無料でゼファのために商売をしてくれ。その代わり、治安維持のためゼファの軍隊が常駐する」という、ファーレンにしてみればなんのメリットもないものだ。
強いてメリットを言えば、ゼファの軍事力を背景に振る舞える、という点になるが、ゼファ属国相手ならともかく、ソル及びその友好国相手に貿易のスタンスを取ろうとしていた私たちに取ってみれば、いい迷惑だ。
話の内容も内容だが、話しぶりもまた、不快になってくるものだった。品のなさというか傲慢がにじみ出ている。
そして、生理的にも受け付けない。視線がこちらに来るたびに鳥肌が立ちそうになったよ。
一言で言えば、さっさと国に帰れ。
なのだが、そう言えないのが辛い立場だ。
しかし、と、庭に出て考え始めてみる。
こんなに明らかに我が国に対して攻撃的な政策をとる意味は何だろう。彼はゼファの代表として来ている訳だから、この提案は当然ジャジーの暴走ではなく、ゼファ全体の意志、という事になる。
ゼファとして、ファーレンをどう捉えているだろう?
能力としては随分ひどい人物を送ってきたが、王の血縁としては結構近い、つまり重要度が高い人物ととれる。
我が国を重視しているのか軽視しているのか、この状況では判断がつきかねる。まずは様子見するしかないだろう。
そして、ファーレンをどうするつもりなのか。
ここに来てファーレンを属国にしようと本気を出してきたか、それとも単純に冬越えが厳しいから無理を言ってきたか、我が国を通じて間接的にソルに対抗しようとしているのか……いずれにしても、その要求を突っぱねる事は出来ない。国力が明らかに違うし、「この冬だけ」と明言している以上、まずは堪え忍ぶしかないだろう。
仕方ない、これもまた国民のためだ。とりたくもないご機嫌を取ってでも、冬が過ぎるのを待つしかない。
「リア姫、そろそろ城の中に入りましょう。冷えてしまいますよ」
そうね、戻りましょうか。なんて平然と答えたけれど、実際どの位の時間庭にいたのかは自覚していなかった。ネリーがわざわざ私に声をかけてきたのだから、相当な時間が経っていたのだろう。
城に入る直前に見上げた空には星は見えなかった。わずかに光を放つ月も、その姿は限りなく細かった。