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「・・・はいはい、もう聞き飽きたよ」
まったく、親友だというのに延子ったらそっけないもんだ。
「い−や、もう一度言わせて」
私もちょっとムキになって、繰り返してみる。
「安藤先輩って、かっこいいよねー」
両手を胸の当たりでぎゅっと握って、ちょっと演技ぶって言ってみる。
放課後の学校、あまり人気のない渡り廊下には私と延子しかいないので、多少オーバーアクションしても、恥ずかしくない。
延子はというと、肩をすくめて、肘を曲げ、手の平を上にして軽くため息をついてみせる。外人か、おまえは?
「・・・じゃ、やっぱり世良は、安藤先輩ねらいでいくのね?」
「あったり前じゃない。私はね、純情なの。安藤先輩一筋なのよ!」
顔を近づけて勢い込んで話す。おっとっと、楽器がぶつかりそうになる。私は慌ててストラップから下がっているアルトサックスを右手でコントロールする。延子も手に持っていたフルートをかばうように後ろにさがる。ごめんごめん。
「まあ、世良の行動は計画ばっちりなのがほとんどだから、ちゃんと考えているとは思うけど・・・」
「そ、突発的な行動で失敗するの、嫌だし」
「まあ、あんまりそっちに気を取られて、演奏の方、上の空なんてならないようにね」
「了解、了解」
楽譜を張り付けているスクラップブックをひらひらさせて返事をする。あ、延子、なによその「やれやれ」っていった顔は?
「じゃ、またあとで」
「うん、またね」
吹奏楽のパート練習はそれぞれ違う教室を借りてやるので、階段へ向かうところで一旦別れる。いよいよ明日が本番なので、パート練習はそこそこに、すぐに全体練習する予定だ。
そして、私にとって明日、「本番」はもうひとつある。
私の学校では10月の真ん中当たりに文化祭がある。各クラスやクラブの出し物も楽しいんだけど、なんといっても泣かせる企画が「ダンスパーティー」だ。このイベントは、うちの学校の「伝統」で、ちょっと古くさい雰囲気がまた独特。しかも私服での参加がOKなので、みんな結構おしゃれしてくるらしい。スタートするのが夜の7時からと遅めなのは、もともと「後夜祭」だったのが形を変えたかららしい。
この日私は吹奏楽部の演奏会があるのだけれど、おかげでその後からでも参加できる。そして何と、このパーティーは11時までやっているのだ。昔は12時を過ぎたらしいんだけど、さすがに「午前様」はまずいらしく、最近は11時で終わりになったらしい。
そしてその「もうひとつの本番」であるダンスパーティーで、私は、あこがれの安藤先輩と「何とか」なりたいのだ。
先輩をはじめて見たのは、新入生歓迎会の時。壇上に立って歓迎の言葉を在校生代表である生徒会長の先輩が話しはじめた時、『一目会ったその日から、恋の花咲くこともある』って言葉が昔のTV番組であったそうだけど、まさしく「咲き乱れて」しまったのだ。
そうなれば即アタック、といく人もいるのだろうけど、私はきちんと「手順」をふんでこれまで行動してきた。少しでも近づくチャンスがあるようにとリサーチして、先輩と同じ塾に通い、仲良くお話しできる仲までになった。そして、その計画の総仕上げが今回のダンスパーティーなのだ。「希望者のみの参加」ではあるけれど、生徒会が主催するので、会長である安藤先輩は必ず出る。
お気に入りの色の服も買った。メイクの仕方もお姉ちゃんに教わった。後は、当日計画通りに行動できる、私の勇気だー
いよいよ当日。
目覚めよく起きられた。がらっと勢いよく窓を開ける。朝の空気がとても気持ちいい。よっし、今日はすべてがうまくいく。そう信じる気になれる朝だった。
出かける準備はもうすでに昨日のうちに済ませてあるので、焦ることなく朝の用意をして、余裕を持って家を出た。家から学校までは40分。その間に気分が段々高まっていく。私の頭の中では、今日演奏するA・リードの「第3組曲」のイントロが流れている。
大丈夫、大丈夫・・・
そして。
すごい歓声と、拍手が起こった。
私たちの演奏は大成功だった。まだ1年生なのでコンクールには出場できなかったから、これが高校に入って初めての演奏会。
「うちの吹奏楽部は結構有名なので、学園祭でもお客さんが多いよ」と先輩が言っていたけれど、本当だった。うわー、すっごい気持ちいい!
高揚した気分のまま、舞台袖に戻る。ふーっ、これだから吹奏楽はやめられない・・・って、いつまでもひたっていられない。すぐに後片づけをして、ダンスパーティーの用意をしなくては。
今が6時30分。後かたづけに45分。打ち合わせに10分。着替えとメイクで・・・がんばって、15分くらいか。そうすると、7時40分くらい、多少の余裕を持って、遅くとも8時には行ける!当然ダンスパーティーは終わりの方が「盛り上がる」のだけど、
その前くらいから「駆け引き」が始まるって先輩から聞いたので、あんまりのんびりもしていられない。
よっしゃ、ダーッシュ、で片づけるよ!楽器をしまう音楽準備室は3階にあるので、重い楽器、特に打楽器などを運ぶのはなかなか骨の折れる作業だ。私はまだ1年生なので、何往復もしなくちゃいけない。
でも、はやくダンスパーティーにでたいんだから、がんばるよ、私は!
・・・う、さすがにしんどい。
調子に乗って7往復もしてしまった。ちなみに今はスネアドラムを抱えて階段の踊り場でもがいているところ。
「世良、大丈夫?」
譜面台をたくさん抱えて、延子が横に来る。うう、持つべきは親友だよなあやっぱり・・・って、そのまま通過するんかいっ!走って追いかけようとするけど、そんな元気ない。ふう、残りの体力も計算しないで、突っ走ってしまったとは、計画性第一の私としては、ちと恥ずかしい。
へろへろになりながらも、なんとか搬入も終わって、やっと解放される。準備室には女子更衣用のスペースがあるので、そこで着替えちゃうつもりだ。同じようにダンスパーティーに参加する女子は、みんなここで着替えていく事にしている。さって、急いで着替えるぞ!勢い込んで駆け込もうとしたとき。
「おーい、ちょっとみんな来て」
部長の声がする。・・・う、しかたない、行くけどさ、早く終わってよね。
でも、実はこのとき。嫌な予感は、したのだ。
・・・はあ、はあ・・・、私は今日、この階段を何往復したのよ!思わずみつめる天井に悪態をついてしまう。
「テンプルブロックが1つ足りなくなっているから、探そう」って、明日でも良いじゃない!
まったく、「テンプルブロック」とかキザったらしくいっちゃって、単なる「木魚」じゃないのよー。思わず訳の分からないことへの怒りがわいてきてしまうくらい、疲れとあせりでいっぱいになってきていた。もうこれじゃ、会場にはいるのが9時になっちゃう・・・
さんざん校内を探した後、ふと、中庭に出てみる。木魚だもの、丸いからころころ転がって庭に出ちゃった、なんてあるかもしれない。よっと、どうでしょ・・・
ぐきっ。
暗くて段差が見えず、思わず足をひねってしまった・・・あー、もう!踊る前に足痛めてどーすんだよ、私!
誰かに当たりたいけど、あきらかに自分が悪いので何も言えずうずくまっているところに、延子が声をかけてくる。タイミングいいんだか、悪いんだか。
「世良、あったってさ」
「いったい、何処によ?」
足が痛いのと、疲れてきているのとで、もう切れる寸前。
「サックスパートの楽譜入れの中だって」
やけにクールに延子の声が響いた。
・・・わ、私、かな。ソレを持って準備室に入ったのは。
「はい、みんなにあやまってくる」
どうして「私がやった」って判るのよ、延子?まあ実際そうなんだけど。
軽くため息をついて、よいしょっと立ち上がる。もうこの時点で9時ちょい前・・・さすがに部員全員が残って探していたわけではないので、「お詫び回り」は結構早めに終わった。
よし、着替えるぞー!今度こそ準備室に入ろうとドアに手をかけた、ら、そこにまたしても部長の声。
「あ、吉住。OBとのお話があるから、音楽室に来て」
えええ!なによ、それ!!
「楽器の事。OBの先輩がアルトのマウスピース、セルマーのCダブルスターを譲ってくれるって」
わお、ラッキー!前から欲しいとは思っていたんだけど、こんな時に手にはいるとは・・・あ、ああ、でも。時間が。
ジーザス・・・
・・・よし、メイク完了、着替え完了。やっとこさっとこ、ここまでこぎ着けたわよ。もうすでに時計は10時を回っている。うちの部からのダンスパーティー参加組の中では1番遅れてしまっている。やっばーい、急がなくちゃ!
もうきっと体育館と音楽準備室の間は、目をとじても走れるね、なんて事を思ったので、軽く目をを閉じてみる。
ごつっ。
踊り場付近、手すりの下の部分に膝をぶつけてしまった・・・しびれて、3分ほど作動不能・・・体育館って、こんなに行くのが大変だったとは・・・
でも、来たわよ!さ、気合い一発、がんばりましょう!自分の頬を軽くはたいて、会場入りする。
大きな音。ちょっと落とした照明。そして正装の生徒達。そこは普段見慣れた体育館とは全然違う空間になっていた。
そして、凄い人数。さすがに終わりに向かって盛り上がっているからかなあ。おっと、こうしちゃいられない。安藤先輩を探さなくちゃ。
由良おそーい。吉住、かっこいい服じゃん。いろんな友達から声をかけられる。ああ、みんなと話しをしたいけど、ごめん!今日の第1目標は、先輩と踊ることなの・・・と、歩きながら回りを見渡してみるけど、みつからない。
え、どうしていないんだろう、と思ったところで。
ちょうど先輩が私の横を通り過ぎていった。
「あ、せんぱ」
女の子と、一緒に。
すごい美人の彼女。送っていくのであろう笑顔の先輩。
一瞬しか見られなかった。ううん、見ることが、出来なかった。先輩は私に全く気づかなかったらしく、すぐにいなくなってしまう。
これは、ほんの10秒くらいの間の出来事。
「あ、はは、いなくなっちゃった」
小さい声だけど、おもわず漏れてしまう。そして、なぜか笑ってしまった。
「まあまあ、何も今日だけじゃないしねー」
とかいってるけど。すごい、落ち込んだ。はーっ、ったく、最近のシンデレラは王子様に送ってもらえるんかい?
シンデレラって主人公になれなかった自分は、さしずめ意地悪お姉さんか?そう想像したらあまりにも辛くなってくる。
放送部のDJが、「後2曲です」って言っている。もう、そんな時間なんだ。
はあ・・・なさけないけど、もう帰っちゃおうかな。落ち込んだ気分のまま会場を歩いていると「吉住さん!」と私を呼ぶ声が聞こえた。あ、国香先輩。
国香先輩は同じパートでテナーサックスを吹いている、2年生。3年生が引退したので、今はパートリーダーだ。
「もし、良かったら1曲どう?」
親しみやすい笑顔が、国香先輩の良いところだ。なもんで、ついからかってしまう。
「せんぱーい、いいんですか?岩沢先輩に見られても?」
あはは、あっという間に先輩の顔が赤くなる。まったくこの人は「自分が岩沢先輩が好き」って事が、だれにもばれていないと思っているから。
「あ、ほらほら踊りましょ」
なにか言いたそうなんだけど、一言も出てこない先輩を引っ張って、フロアに出る。
・・・お、先輩、意外とダンスうまい。ちょっとびっくりした。
「そういう吉住さんは、安藤先輩に見られて良いの?」
踊りながら話す国香先輩の笑顔は、さっきと違って「どうだ」って感じ。
「みられるもなにも・・・いなくなっちゃいましたから」
つい正直に話してしまった。まあ別に良いんだけどね。
「いなくなる?それは・・・変だね。生徒会長はこのパーティーの責任者だから、途中でいなくなるなんて事はないはずだよ」
そういえば、そうだ。
「でも、確かに先輩は女の子を送って出口から消えたんです」
しまった、って顔をする国香先輩。そうやって思っていることが表情にでるから、岩沢先輩のこともわかるんだって。でも「聞いちゃいけなかった」って思ってくれているんですね。ちょっと感謝。
「・・・妹、じゃない?」
は?
「確か安藤先輩には妹さんが1年にいるはずだから、彼女を家に送っていったんじゃないかな?」
舞ちゃん?彼女が安藤先輩の妹だって事は知っているけど、さっき見たのは舞ちゃんじゃないよね・・・
考え込んでいる間に、曲が終わってしまった。
「ありがとうございます、先輩」
「みなさん、本日はどうもありがとうございましたー」
放送部のDJの声がする。あ、ラストだー。
「ほーら、先輩。もう最後の1曲ですよ、岩沢先輩を捜さなくていいんですか?」
なにかいいたそうだけど、一言も出てこない先輩をおしだして、私は体育館の外に出る。
うおー、外は思ったより静かだねえ。静かすぎて・・・涙出ちゃうよ。
っと、私のキャラにない行動だね、こりゃ。慌てて目をこすって、空を見る。
・・・今の私、タバコとか吸ったらかっこいいんだろーなー
つい、バカなことを考えてしまう。
10分後、パーティーも終わって、ぞろぞろと生徒達が出てくる。特にこの後の用事もない私は、なぜかしばらくぼーっと会場で立っていた。
あ、生徒会の人達って終わった後すぐに会場の片づけをするんだ。明日やればいいのに・・・
「私も手伝いますよー!」
生徒会の人についつい声をかけてしまったのは、このままなにもしないで帰りたくないって気持ちが強かったせいだと思う。
「あ、いいんですか?」
気さくに返事をするこの人は・・・あ、書記の人だ。安藤先輩のお友達。
「手伝わせて下さい」
「ありがとう。えっと、でも・・・着替えてきた方がいいと思うよ」
そうだった。こんなかっこじゃとても「後かたづけ」なんてできない。
「じゃ、すぐ着替えてきますので!」
そういって、すぐに音楽準備室に走る。3階まで一気に走る。これで今日何度目?まあいいや。今日は別の意味ではじけてやるっ。どうせ作業するんだから、とロッカーからジャージを出して、それに着替えた。
体力を使い切っているはずの私だけど、なぜか一生懸命に片づけを手伝っていた。もう、そりゃ夢中で・・・って、やっぱり「忘れたい」から、夢中になってやっているんだろうな。
でも、さすがに体力が限界近くなってきたので、体育館ステージの袖でやっと一息ついた。
ふう、考えてみたら、ずっと座ってなかったな。その場にあったいすになだれ込むように座る。
ふいーっ・・・え?うわ、安藤先輩!
「お、吉住さんじゃない?どうしたのー?」
完全に不意をつかれた。無防備100%だったので、かなり恥ずかしい。
安藤先輩こそ、どうしてここにいるんですか?って聞きたいけど・・・なんか、きけないよ。
「今日、ダンスパーティーに来た?なんか見なかったけど・・・」
来ましたよ。でも、先輩がきれいな女の人を連れて出るときに、やっと会場に入ったんだから先輩が気づかなくても当然です。
「最後のほうに、ちょっとだけ」
「あ、そうなんだ。じゃ、見なかったのは、僕がちょうど舞を家に送った時くらいだったからかな?」
な、なんですとー?
「え・・・あれ、舞ちゃんだったんですか?」
思わず聞いてしまう。
「ん?舞だけど」
普通に答える安藤先輩。
「・・・全然そうは見えませんでした」
「あいつは、化けるから」
先輩は何事もなかったように、平然と言ってのける。
計画性が第一の私にとって、今回のダンスパーティーは、予想外、予定外の事が多すぎて、頭が痛くなってきちゃうよ。あんまり過ぎて、またまた笑い出してしまう。
あ、目の前にあるのって、ラジカセ?
よっし!
「先輩、1曲だけ、踊っていただけませんか?」
「ん、いいよ」
私の突飛な提案も、先輩はあっさり受け入れてくれた。
スタートを押すと、かかった曲は、最後のダンスの時に流れた「ムーンライト・セレナーデ」。
こんな狭いところ。こんな暗いところ。ジャージの私と、制服の先輩。それは私の計画とは、大きく離れていたけれど、とても幸せな気分だった。
でも、それは音楽1曲だけの、ほんのわずかな時間。
曲が終わり、ゆっくり先輩は私から離れて、ラジカセを止める。
ピピッ。
軽い電子音が鳴った。先輩の腕時計の音。
「あ、もう12時を過ぎたねー」
遅くなっちゃったね、て感じの笑顔で話しかけてくる。
あ、きっと、「今」だな。
「あの、先輩」
大きく息を吸う。狂いに狂った計画だったけど、もっとも大切な「自分の勇気」を最大限に振り絞る。
「前から、先輩に言いたかったことが、あるんです」
さあ、決心をしたぞ。
ドレスもメイクも、魔法もないけど、大丈夫。
私はシンデレラとは違って、24時を過ぎても「私」だもの。