『今日の話は昨日の続き、今日の続きはまた明日・・・・』
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2001.05.06 清川村の茶畑。清川やぶきた茶は村役場前の清流の館で販売している。
2001.06.21(木)
今朝2時半頃、右耳の周りと顎の蝶つがいのところが猛烈に痛くて目が覚めてしまった。
痛み止めを飲んだが、わずかに和らいだだけで、朝までウトウトするだけであった。
朝になっても痛みはひかず結局今日も休ませてもらった。
耳の内側も真っ赤に腫れている。
外耳炎がこんなに苦痛を伴うものだとは思わなかった。
明日にはなんとか痛みが和らいでくれることを祈る。思えば今日は私のHPの2周年だ。
それはそれで嬉しいのだが、こんなに痛いと喜びも半減してしまう。ということで掲示板へのレスは『痛い痛い』と
泣き言ばかりになりそうなので、今日は勘弁して頂きます。
あらためてレス致します。
2001.06.20(水)
快方に向かっていたのに油断をしてしまった。
昨夜蒸し暑かったので半そでのシャツのまま腕を出して寝ていたらしい。
4時半頃に目が覚めると、頭がズキズキ痛む。
しばらく我慢をしていたが起き出して風邪薬を飲んで
ウトウトするとやや治まってきた。
会社に行ってから急いで98%出来あがっていた仕事のマニュアルを完成させる。
マニュアルを基に隣の女性に説明し、10時過ぎに早退してきた。
薬は飲んでいるのだが、今も朝以上にズキズキしている。
こりゃ、明日もダメかな〜。
2001.06.19(火)
私の所属する部の某部長が関連会社の役員に転属されるということで
その送る会が秦野駅前の神奈中グランドホテルで行われた。
今までのこういった会では群を抜いて盛大だったような気がする。
まぁ、それだけ功績もあって、部下からの人気もあったということだと思う。
しかしこんなに盛大にやってしまうとこの次が大変だよな〜。外耳炎は朝のうちはまだうっとおしい感じがしたが、
夕方にはかなり回復してきたように思う。
耳よりも喉の方が痛みを感じている。
それも明日1日でほとんど良くなるだろう。
でも、今週は自重しよう!。
2001.06.18(月)
8時40分に耳鼻科の受付をしてもらったが、既に26番目であった。
顕微鏡室で診てもらうと『明らかに外耳炎です』と言われた。
『じきに直るから心配はいらないでしょう』
『炎症を抑える薬を出しておきますから、朝晩耳に10分ほど流し込んでください』とのことだ。
会社に行っても右耳から奥歯や喉に熱を持っているようにうっとおしくて、まったく集中できない。
帰ってから女房に頼んで、薬を指示どおり、耳にたらしてもらったが、
まるでプールで水が耳に入った感じでなんとも気持ち悪い。
いまも顔の右半分だけ、熱を帯びているようだ。
取り敢えず、原因がはっきりしただけ安心である。
でも痛いんだよ〜!。
2001.06.17(日)
今日はどこへも行かないと決めていたので、9時近くまで朝寝をした。
普段なら予定がなくても5時ごろには目が覚めて、7時頃には起きあがってしまうのだが、
身体がそうさせるのだろうか、よく眠れた。
おかげで、偏頭痛はほとんど収まってきた。
時々、オヤッと感じられることもあるので、1日中ダラダラと過ごす。
身体が鈍る感じがするが、こんな1日もたまにはいい。
考えてみれば、昔はこんな過ごし方の方が多かったような気もする。いろいろと偏頭痛のことを考えたのだが、
始めはたしかに右側頭部だけが痛く感じていたが、
昨日は右耳から側頭部にかけて痛くなってきていた。
生つばを飲み込んだりすると、耳に近い喉の奥のほうが痛く感じていた。
要するに右耳に何かしらの原因があるように思われるのだ。
で、明日は会社に行く前に耳鼻咽喉科に寄って行くつもりだ。そう言えば、先日事務所が移って当然机の並びも変わったのだが、
以前は私の右隣は女性で優しい声がしていた。
でも今度の並びはあまり聴きたくない耳障りな声が右から1日中するのだ。
案外本当の原因はこの辺にあるのかもしれない。
私自身は気がついていなかったが、
実は私の耳って非常に繊細に出来ているのかもね。
2001.06.16(土)
依然として偏頭痛がするので海老名総合病院に行って来た。
総合受付で症状を話し、相談すると脳神経外科がいいでしょうと言う。
脳神経外科の前でしばらく待っていると看護婦が出てきて再び症状を訊かれる。
看護婦は一旦診察室へ入ってややしてから出てくると、
先にCTスキャンを撮るが、予約制なので、
予約の間に入れるのでしばらくお待ち下さいと言う。
ウッ!、そんなに緊急を要することなんだと不安が頭をかすめる。
このまますぐに入院なんてことになったらどうしよう?。
入院ということはすぐに手術をするのだろうか?
手術ということは?
映画『ハンニバル』の自分の脳みそを食べさせられるシーンを思い出す。
あれやこれやと考えるうちに気分はもうすっかり病人になっている。
撮影が済んで写真を診察室へ持って行き、5分ほど待ってから診察室に呼ばれる。
先生に更に詳しく症状を訴えると、写真を映し出し、
『腫瘍や、脳梗塞などが不安なのでしょうが、何もありませんよ!』
『糖尿病などがあると違う心配もあるので、念の為採血して検査をしましょう!』
『1週間後に結果がわかります。鎮痛剤を出しておきましょう!』
『ホーーッ・・・・・・』
今、薬が切れてきたのか、また偏頭痛がぶり返してきた。
この先1週間は無理をするのはよそう。
って、ここのところ無理なんてしてないんだけどな〜。
2001.06.15(金)
同じ職場から転勤する者がいて送別会をやってきた。
6時半からやり始めたのだが、仕事の関係で、
22時過ぎに来た者もいて、まだ盛り上がっている。
私は朝から嫌な感じの偏頭痛がしていたので、途中で切り上げてきた。
熱はないのだが、右側頭部から右耳にかけて擦り傷があるような痛さだ。
だからアルコールは一切口にしなかった。
明日は湯河原〜大観山を計画していたが、
天気もあまりよくはなさそうだし、大事をとってキャンセルさせてもらった。
朝一番で病院に行くつもりだ。
2001.06.14(木)
YaHoo!で『だましのしまだ』と入れて検索したら
私自身のページや、仲良くしてもらっているサイトなどがいっぱい出てきた。
なんとなく嬉しい感じがしたのだが、よく考えると
『だましのしまだ』なんてので検索する人はいないから何の役にもたたないのだ。
ても、古い友人などももしかしたらこれで探し出せるかもしれない。
HPを運営していることが条件だが、試してみよう。
思わぬ再会があるかもしれない。
2001.06.13(水)
今回も50枚全てが討ち死にだった。
当たりが私の番に巡って来るのはいつのことだろう。
やっぱり楽して金を儲けようとする根性が悪いのだろうか。
もう、お金なんて必要ないやと思えるようになると当たるかもしれないな。
当分来ないんだけどね。
でもまた懲りずに次に期待しよう!。美術館に行こう!に『アール・ヌーヴォー展』を追記しました。
2001.06.12(火)
朝になっても目がゴロゴロして涙が出てくるような状態であったので、
出勤前に眼科によって行くことにした。
先日行った皮膚科と同じビルにあるのだが、
待合室が広々としていて気持ちがいい。
8時40分くらいに行ったので、9時から診療開始ですぐに診てもらえた。
1時間待ちは覚悟で行ったのだがあまりに速くて、なんだか得をした感じ。
黒目に小さな傷がついているが大事ないとのこと。
2種類の目薬を1日4回点眼し、よくなればもうこなくてよいとのことだ。
おかげで夕方にはほとんど気にならなくなった。
ありがたや、ありがたや。
2001.06.11(月)
帰ってくるときに、右目に虫が飛び込んできて、まだゴロゴロした感じがする。
だらしなく口を開けていたり、歌などを歌いながら自転車に乗っていると
口の中に飛び込んでくることもよくあり、そんな時は胃の中に入ってしまうから
嫌な感じはするもののすぐに治まるものだ。
でも目に入ると(実際には入っていないのだが)いつまでもゴロゴロしている。
パッチリとした目も考えものだな〜。駅前から自宅に走ってくる途中に遊歩道があるのだが
ラベンダーが約300mにわたって植えられている。
まだ花は咲いていないのだが、蕾が膨らんできて、
側を通ると強い匂いがする。
あと3日もすれば紫の花が咲きそろいそうだ。
北海道美瑛のラベンダーもあと1ヶ月もすれば咲くのだろうな〜。
行きたいな〜
2001.06.10(日)
午前中は上野の東京都美術館に『アール・ヌーヴォー展』を観に行く。
10時半前に入館したのだが、既に大混雑であった。
ガレ、ドーム兄弟、ラリツク等のガラス工芸品は素晴らしく観応えがある。
他に家具や絵画、ポスターなどもあるのだが、
人気のあるのはやはりガラス工芸品の作品群であろう。
詳しくは今週中には『美術館に行こう』にアップしたい。美術館からでて駅に向かう途中カラスが喧しく騒いでいた。
何事かと森の中を覗くと、2羽のカラスが地上で殺気だった取っ組み合いをしているではないか。
暗い森の中で2羽のカラスの目が角度によって異様に光るのが不気味である。
周りのカラスも興奮して2組に分かれて鳴き騒いでいたのだ。
カラスの世界でも暴走族や極道の世界のように激しい抗争があるのだろう。午後はChacobanさんの家で日本縦断中のSayaさんの激励オフ会に参加する。
集まったのは全部で10人で、楽しいひと時を過ごさせてもらう。
Sayaさんは豆壱郎さんのところでみた写真とは違い、随分と若い女性で、
話し方もおっとりとしたどちらかというと弱々しい話し方で、
とても日本縦断中のパワーや強い意思があるようには見えない。
でもこの旅は楽しいことばっかりで辛いと感じた事はないと言っていた。
この人に日本縦断が出来るのなら俺にも出来ないわけがないと妙な自信が湧いてきた。
Sayaさ〜ん、ガンバーッ!
3年後、俺もやるぞー!。お開きになってChakobanさんの家を出て、駅への道を歩いていると
イエロー・メットさんの携帯にChakobanさんから
『誰か携帯電話を忘れているよー!』と連絡が入る。
実は後でこっそり1人だけで取りに戻ろうとわざと置いてきたんだよー。
取りに戻ると途中まで、Chakobanさんが自転車で追いかけてきていた。
う〜ん、この作戦は失敗だったかー?、残念!。Chakobanさん、本日はいろいろお手数をかけました。
ありがとうございました。
2001.06.09(土) 42Km
予想に反して天気がいいじゃないか。
映画に行くのを変更して、半原越え〜宮が瀬へ行く事にする。
早速富田君にメールをすると了解と返事が来た。
後輪のタイヤの空気が抜けていたのでパンクかと思い、
入れなおすと何ともないようなのでそのまま出発する。
いつものコンビニで落ち合ったが、
宮が瀬方面の天気があまりよさそうじゃないので
半原越えから引き返しましょうと言う。
よくよく訊くと先日牧馬峠で豪雨に合い、メンテに2日間かかったそうだ。
せっかくメンテしたばっかりなのにまた雨に降られたくないらしい。半原越えまで一気に登り、次の予定などを40分ほど話した後、
じゃー、下ろうかと後輪のタイヤを触ると半分以上空気が抜けている。
やっぱりパンクだったようだが、
そこで直すのも面倒なので、再度空気を入れて下る。
何とか家まで持ちそうなのでそのまま走りつづける。
だがさすがにあゆみ橋のあたりでかなり抜けてきた。
橋の上でまた空気を入れ、なんとか家までもたす。家に着いてから早速タイヤを外してみると外からはわからないが、
内側から見ると5ミリほどの釘のように鋭いものが刺さっていた。
こんなものが刺さっていたのによく持ちこたえたものだ。半原越えの標高はわずか500m足らずだが、
冷たい風が吹いており、下り始めると寒いくらいであった。
しかし飯山街道に出ると『むッ!』する空気が頬をかすめ
わずかな差で気温の差がこれほどまであるかと驚いてしまった。
2001.06.08(金)
今日はボーナスの日だったのだ。
だが、同じフロアーで働く半数以上はアルパーだからボーナスとは縁がない人達なのである。
社員として働いている人達はそういう人達のおかげで会社が、
何がしかの業績を上げているので1年に2度も嬉しいボーナスが出るのだ。
それを思うとなんだか大っぴらに喜べないのは自分だけだろうか?
隣の娘が『私達って社員じゃないからボーナスないよね〜』と訊くから
『ないッ!』ときっぱりと冷たく応えてやった。
なまじ期待を持たせるのも酷と思ったのだ。
2001.06.07(木)
夕方帰る頃になって、雷雨となった。
娘が休みであることを思いだし、携帯に電話したがちっとも出ない。
家に電話したら、出掛けていると言う。
携帯に電話したけど出ないんだというと、
『しつこい電話は貴方だったんだー、ハッハッハッハッハー!』だって。
やむなく女性とコーヒーを飲みながら少し小止みになるのを待つことにした。
少し弱くなったかな〜と思って帰る事にしたが、外にでるとまだかなり強く降っていた。
でも、素敵な女性と駅まで一緒できたから良しとしよう。
2001.06.06(水)
3月からずーっと胸につかえていた案件が1歩前進し、
目の前のもやもやが晴れて先行きの見透しがついてきた。
夏休み前には1件落着となりそうなので気持ちが明るくなってきた。
自分の力ではどうにもならないことを抱え込んでしまうと、
楽しいことがいくらあってもそのことがどこかで気にかかって、
本当に心からは楽しめないものだ。
夏休みは楽しくなくっちゃね〜。
2001.06.05(火)
会社を出てからすぐにポツリポツリとしてきた雨が、
後5分ほどで家に帰りつこうというときに本降りになってしまった。
家に着いたときには結構濡れてしまった。
でもこの時期、雨に濡れてもそんなに嫌ではない。
寒くはないし、帰ってすぐにシャワーを浴びると
普段以上にさっぱりとして気持ちよく感じられる。
そろそろ梅雨入りかな〜。
2001.06.04(月)
昨日は暑かったせいか相当汗をかいたのであろう、
帰ってからも相当水分を取った。
それでも足りなかったのだろうか、
今日は会社でトイレに1回しかいかなかった。
もっとも相棒の女性が休んだせいで休み時間がないほど忙しく、
いつもはペットボトル2本半くらい飲むのに
1本しか飲まなかったこともある。
〆切りに追われていらいらするのは精神的によくない。
明日はだいじょうぶだろうな〜、頼むよー!。
2001.06.03(日) 116Km
海老名〜唐沢林道〜ヤビツ峠〜平塚〜鎌倉〜茅ヶ崎〜海老名。
富田君から昨日和田峠へ行って疲れたので今日は軽く走りましょうとメールが入っていた。
いつものコンビニで待ち合わせ唐沢林道〜ヤビツ峠と登り、
夜飲み会があるという富田君は秦野から善波峠経由で帰った。
唐沢林道は爽やかな風で気持ちがいい。
蓑毛から246号の交叉点までほとんど車が通ってなくて快適なダウンヒルであった。私が平塚、鎌倉まで走ったのは、日本縦断中のsayaさんが
昨日静岡から神奈川に入ったという情報があったからである。
とすれば今日は湘南海岸あたりを走っていると思ったのだ。
しかし何の手掛かりがないのでは見当もつかないので、
迷惑かなと思いながらもsayaさん応援団のChakobanさんに電話してみた。
しかしどこを走っているかはちょっと判らないと言う。
取り敢えずそれらしい人がいないかとキョロキョロしながら鎌倉まで走って引き返す。
残念ながらそれらしい人には遭遇することは出来なかった。
違うルートをとっているかもしれないしな〜。湘南海岸はすでに夏真っ盛りです。
サングラスの下で私の目は忙しく動きまわっていたな〜。
2001.06.02(土) 33Km
午前中すっきりしない天気であったが、撮影ポタリングに出かける。
厚木市岡田の東名高速下の相模川土手約250mに渡り見事なお花畑があった。
東名高速を東京方面から行くと左側に一瞬見えるはずだが、運転者は見ないで欲しい。
土手上は車の通行はできないので、歩くか自転車でしか行けない。
昼前に戻ってきて、昼食後上野の東京都美術館に、
『アール・ヌーヴォー展』を見に行こうと駅に向かったのだが、
青空が広がり明るい日差しが出てきたので、
再度お花畑の撮影をし直すことに気が変わってしまった。
『アール・ヌーヴォー展』は7月までやっているが、花の命は短いのである。
撮影技術がないのだから自然の力が頼りなのである。
やはり晴れと曇りでは全然ちがうな〜。
早速トップページに載せる。
2001.06.01(金)
右足の裏にまた水泡が出来たので会社の帰りに皮膚科医院に寄って来た。
昨年より1ヶ月遅い発症である。
受付が6時半までであったが、ぎりぎり間に合った。
7時半過ぎにようやく受診、私が本日最後の患者であった。
やっぱり水虫菌はいないとのことで、昨年と同じ塗り薬を貰う。
一昨年までは総合病院で水虫だと診断され、
水虫の薬を塗っていたので悪化させてしまったが、
昨年開業医の皮膚科に行ったら悪化させずに済んだのだ。
今年も悪化させないようにしよう。