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1999.10
《愛のコリーダ》と芸術日本
三木 稔
 
 人は感動の体験を繰り返して向上することができる。芸術が存在理由を誇れるのはその確立が高いからだ。
 私の芸術の秋は8月末のサントリーホールから始まった。毎年この時期に世界の現代音楽を紹介するシリーズがあるが、昨年まで私の感動に結びつく選曲はなかった。今年は中国の作曲家特集。すでにこの欄で私が紹介してきたように中国勢は意気軒昂である。中でも譚盾(タンドゥン)。その《ウオーターパーカッションとオーケストラのための協奏曲》は、半ば水を満たした数個の透明な容器を並べ、さまざまな方法で千変万化の水音を出し、ピアニシモまで聴衆を集中させる神業。譚盾を祝福するため、私の足は自然に楽屋に向かっていた。
 そして9月前半は前回書いたイギリスの音楽イヴェントプロムス」、後半はハバロフスクの《羽衣》本番。6月と9月に歌の指導をした榊原徹が、本来歌に縁のないパントマイム役者たちに植えつけた『頑張ります』の精神は、そのまま劇団の流行語になり、彼らの歌は信じられない上達振りを見せた。ところが、初日間際の過密リハーサルの中で、役者たちは本番で力を出せない日本のスポーツ選手のような現象を見せ始めた。そこで「今までよく頑張ったから、これからは『楽しみます』で行こう」と提案したらワッと歓声を挙げ、なんと次ぎの本番から歌のみならず演技まで即興をふんだんに加えた楽しくのびのびしたものに激変し、我々スタッフを二度びっくりさせた。
 今回この地のマスコミから映画《愛のコリーダ》の音楽について度々取材を受けた。ロシアでも数年前に解禁になり大きな評判になっているというこの映画は、世界中を震撼させた大島渚監督のハードコアで、私が音楽の作業をしたのは23年も前。その《愛のコリーダ》は、外国では《官能の帝国》という意味のタイトルで、ノーマスク版で上演されている。一方、完全な形で見られない日本では、この映画を見て芸術として感動することはできまい。変な隠し方は猥褻感のみを増幅する。しかし本物を見られる諸外国では音楽もまた極めて美しく切なく響くという。フランスでもドイツでも、5年前のオーストラリアでもそういわれた。今回《羽衣》に出演した若く美しい女優たちが、私を囲んでその感動を心をこめて告げるのを聞きながら、日本は本当の文化国家となっているのかな、としみじみ想うのだった。
 帰国前の1日は幅2キロもあるアムール川での舟遊び。沿岸の木々は劇的に色付き、インディアンサマー(小春日和)がすぐにもやって来るという。物はなくても芸術があるこの地に惚れ込み、打ち上げの席で「物騒なヨーロッパ・ロシアは振返らず、未来のアジアの北の都たれ」とついゲキを飛ばしてしまった。
 10月の東京では、ありがたいことに方々で私の旧作演奏の報が入っていたが、殆ど行かれない。作曲に集中する必要もあるが、14日、津田ホールでの「ジャパンアンサンブル」第2回公演のリハーサルも続いていたからだ。今回は佐藤容子の新作の初演後、日本音楽集団でも最も重要なレパートリーとしている私の「コンチェルト・レクイエム」、「巨火(ほて)」の初めての同時上演が続き、まさに正念場だ。フレッシュなメンバーが多く加わった練習に、集団の20年前の最盛期が二重写しに見え、ついにんまりする。
 懸念した集客が追いこみで成功して、公演当日は大雨なのにほぼ満席。最強の演目で1000年代を締めくくり、聴衆を完全にとりこにした満足感に関係者はしびれる。でもこの演目なら、この何倍かの客が自らチケットを求めて押し寄せてくるような状況にならない限りプロとは言えない。日本で究極の満足を私が味合うことは、夢のまた夢か。

徳島新聞「音楽随想」原稿より


三木 稔

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