無題

密(ひそか)  投稿日:2006年9月9日

もう2年前、私が東京の大学に行っていた頃のことです。
就職活動も本番に入り何かと忙しい初春、私の希望していた研究室の教授が病気のために休職され、私は別の研究室に移動を余儀なくされました。
しかし、ちょっとした事情で私は入りたくもない研究室に入る事になったのです。
(この事を説明したいのですが、何かと大学内での面倒な人間関係(しかも教授同士の)が絡んでいる話なので、割愛します。)
それでも私には、やり遂げたいとする目標を持っていたので
たとえ入りたいと思ってない場所でも十分やっていけると思っていました。

そう思っていたのもつかの間、
4回生としての新学期が始まり、いざ講義が始まった時、私の持っていた目標は全て不安と恐怖に変わりました。

入った研究室に女学生は私一人しかいなかった事も原因だったのでしょうか。
その研究室の教授は、何かと私を特別扱いしました。
例えば、私が来るまで、講義が始まらないだとか。私ひとりだけ昼食に誘われるだとか。
他の男子学生もそれを良く思わず、徐々に皆講義に顔を出さないようになったのです。
ますます教授と二人きりの時間は多くなり、教授の態度もエスカレートしていきました。
講義と全く関係ない世間話などで、一日に電話が5回も6回もかかってくるようになり、
私はだんだんと精神的に参っていきました。
「そこまでしてどうして、人に相談したりしなかったのか?」と言われるかもしれません。
確かにそうです。
これは私の臆病さが産んだ事だったのかもしれません。
建築系の学科は、人間関係や所謂「コネ」などがとても重要で(これは私の視点から見てだけの話かもしれません)
入る研究室や付く先生によって、大きな環境の影響があったりします。
言葉で説明できない微妙なものが、人間と人間のつながりの間に流れている、という
のも否めない所があります。
素直に言えば、私は怖かった。
ただでさえ、一番信頼していた(希望していた研究室の)教授がいなくなってしまった今、行く先のない私はこの研究室で人間関係を失敗するわけにはいかない。
そういうおかしな強迫観念があったのです。

ある日、教授は私を食事に誘いました。
私が頷かないでいると「大学院生も一緒だから。貴女も誰か友人を誘いなさい」と言うのです。
学生数人を教授が食事に誘う事は珍しい事ではなかったので私は了解し、大学で仲の良かった友人を誘いました。

しかし、それから2週間経った夜中に携帯に教授から電話がありました。
いつの間にか「二人きり」で食事をする事になっているのです。
私が断ると、教授は言いました。
「まさか断らないよね。断ったら、卒業できなくなるかもしれないよ。」(二年経っても、この言葉が何故か耳から離れない。)

この時、私には二つの事がはっきりと分かりました。
ひとつは、気のせいかもしれないと思っていた教授の「執着」は事実だった事。
もうひとつは、私には他に行く研究室がない事実を教授は十分に知っていた事。
私が断れないと、先生は知っていた。そう思うと、悔しさと怒りに涙が止まりませんでした。

私は何を思ったか、それまで大事にしていた黒髪(と言っても、トップバストくらいの長さでした)を、ウルフカットのように髪をすき、金髪に近いほど脱色しました。

何故このような行動に出たのか、私にはよく分かりません。
何かに反発したかった。それだけだとも思えません。
もしかしたら、私の中でずたずたに引き裂かれた「女性としてのアイデンティティー」を表に表現し、訴えたかったのかもしれません。

感情をひとりで対処しきれなくなった私は、入院されていた、元々希望していた研究室の教授に相談し、初めて両親に全てを話しました。

赤くなってしまった髪を見て、母は「そんなに傷ついていたなんて気が付かなくて、
ごめんね」と泣きました。
流行の髪型は、鏡を見る度に一連の悔しさと悲しさを思い出させるだけで
赤い髪が私に与えたものは、空しさだけでした。

それから後は、簡単に説明すれば学内だけの(教授同士の馴れ合いだらけの)話し合いが行われ、
その後は教授が自主的に退職という形を取り、学校を去りました。

卒業までの半年は、今思い出しても辛いものでした。
大学内ではあること無いこと噂が飛び回り、教授によっては私に対して良い顔をされない方もいらっしゃいました。
(セクハラ問題は、時として被害者もバッシングの対象になるのですね。)
大学をさぼった事のない私も、この時ばかりは休みがちになってしまいました。(私はとても叩かれ弱い。)
やることもなく家に居ることも多くなり、空しい日々を送っていた時、
「ロングヘアマガジン」に出会ったのです。

「ロングヘアマガジン」に出会った夜、私は徹夜で全て目を通しました。(ギャラリーも全て)
そして何故か安心感でいっぱいになり、涙が出来ました。

「ロングヘアマガジン」にアクセスしている女性の美しさに、涙が出たのです。
ただ「髪を伸ばし」ているだけはない。その行為の中には鮮烈な女性としての誇りがある。
このサイトにいる誰もが、女性の持つ美・権限・アイデンティティーをしっかりと持ち、
そして胸を張って地に足をつけている。そう感じました。

あの一件のあった後、寝る前に天井を見ながら「もし私が女でなければ…」と幾度となく、当てもない後悔をしては涙を流しました。
そんな私にとって、「ロングヘアマガジン」は革命的だったのです。

そして、私は自分の中の「女の誇り」(というと大げさですが…)を取り戻すため、髪を伸ばそうと決意しました。
その時の私の髪はと言うと、
既に髪は黒く戻っていたのですが、(付き合っている彼が黒い髪が好きなので)
傷みは激しく、当然半年前までの艶は全て失われていました。
初めはショートに切ってから…とも考えたのですが、私はこのまま伸ばす事にしました。
一度でも女性として生きている事を恥じた戒めとして、残そうと思ったのです。
そして、いつしかこの荒れた部分の髪が長く伸びた時、一気にこの荒れた髪をまっすぐ切り落としたい。
その時には、少しでも女としての自分を愛せていればな。そんな風に思います。
だから、「早く伸びないかな」と思いよりも、
伸びた髪を見て「あぁ、少し伸びたなぁ。あの時よりも、自分を好きになれたかなぁ。」と思いを馳せている事の方が多いです。

「長文」と書いたけれど、本当に長くなってしまいました。申し訳ありません…凹
自分を見失っていた私を救ってくれた貴方様に、勝手ながら「ありがとうございます」と言わせて下さい。


ロングヘアマガジン