「SURRENDER - サレンダー Case of us,again」

氷野 紅樹

1.

 期末試験が終わって夏休みに入った。俺は大体、補習になるかならないかはいつもギリギリで、ぶっちゃけ運次第だったが、今回は補習を免れた。というのもあやが試験前に司書室で半ば強制的に勉強を教えてくれたからだった。さらに、トモは英語はできるんだからちゃんと問題解いたほうがいいよ、と言われたので、いつもより真面目に答えを書いてみたら、返ってきたリーダーの答案は78点だった。その他の科目も赤点は取らずに済んだ。
 どっちにしても今年は補習になるわけにはいかない事情があった。8月5日。新しいバンドでライブをやることになったからだ。
「REVOLUTION」というそのバンドは、リーダーでヴォーカルの氷葉さん、ベースの樋口さんとドラムの松岡さんの3人で、昼間は全員別の仕事をしている。今までは氷葉さんがギターを弾きながら歌っていたが、ヴォーカル1本でやっていきたいと考えてギターを探していたところ、氷葉さんが勤める楽器屋によく行っていた俺に声がかかり、メンバーになれたというわけだった。

 氷葉さんこと氷葉耀介は穏やかで人当たりのよい人だったが、内面に秘めた才能を感じさせる。俺が今の学校に編入してから知り合い、ギターのことやライブのことを本格的に教えてくれた。「REVOLUTION」のギタリストとして、そしてあの氷葉さんと一緒に音楽をやれるのは純粋に嬉しかったが、不安もないわけではなかった。メンバーは全員俺より年上で、知識も技術も比較にならないほど深かった。俺もバンドをやっていたとはいえ、同じ高校生の奴らとバンドを組み、内輪でライブらしきものをやっていた程度で、「REVOLUTION」とは比べ物にはならない。
  そして「REVOLUTION」には既にかなりコアな固定のファンがいた。その雰囲気は俺も何度もライブを見に行っていたので、肌で知っていた。その人たちが俺を受け入れてくれるかどうかという不安は、常にあった。
  だが氷葉さんは、「友哉は俺たち全員が気に入って、メンバーにすると決めたんだ。お前のギターは、これからの『REVOLUTION』に必要なんだから、お前の思うままに弾けばいい」と言ってくれた。樋口さんも松岡さんも良い人だった。氷葉さんたちと出会って、ギターの面白さが改めて解った。俺がメインで弾いていたBOOWYの曲は、どの曲も違う雰囲気を出していて面白い。休みに入ってから、朝はライブで演奏する曲のCDを聴いたり、ネットの映像やDVDを見て、バイトに行き、その後は氷葉さんの勤める店の奥にあるスタジオでギターを弾く。夜になって他のメンバーの人が集まる時間に練習が始まる、といった生活になっていた。
  この前、あやと氷葉さんと一緒にドトールに行った時、ライブをやると言う話をしたところ、「絶対行く」と言ってくれた。そのあやは学校の夏期講習が忙しいらしく、メールするのがやっとでなかなか会う時間は取れないでいた。

2.

 夏休みに入っても、朝から午後まで講習があるので普段の学校のある日とあまり変わらなかった。ただ違うのは、講習を受けるのは進学希望者に限られていて、全員が来るわけではない、ということ。
「黒田さん、ちょっといい?」
「あ、篠崎君。何?」
 今朝、玄関で同じクラスの男の子に声をかけられた。よく話しかけられて、何度かメールアドレスや電話番号も聞かれた。
「黒田さん。6組の波田君と付き合ってるって噂あるけど……あれって嘘、だよね?」
「……ううん、本当」
「でも、波田君と黒田さんって、何か合わないような……」
「そう言われても……お互い好きで付き合ってる訳だから。ごめんなさい、それじゃ」
 図書室で言いがかりをつけてきたソフト部の子達にトモが「俺の彼女に手を出すんじゃねぇ」と言ったことで、私とトモが付き合っていると学年中に知れたらしい。私のことを「“不良”の波田友哉と付き合っている」という目で遠巻きに見る人も増えた。そのせいか、うるさいほどアドレスを教えて欲しいとか、一緒に勉強しないかと言ってきた男の子たちも、ぱったりと声をかけなくなった。元々好きでもない人と一緒にいるのは苦手だし、角を立てずに断る苦労がなくなってむしろすっきりした。それに同級生で親友の“のんちゃん”をはじめ、仲の良い友達との関係はこれまでと変わらなかったので、問題はなかった。
 それでも時々、今日のようなことがある。トモとのことを、関係ない人からあれこれ言われるのはやはり、嫌だった。

 講習が始まって2日目のお昼休み。次は古典、と思うと気が重かった。得意科目だけど、先生の教え方がどうしても苦手だった。予習でテキストを読み、読んだとおりに考えて答える。今まで、国語は好きな本を読むのと同じ方法でやってきた。それでも、先生の教えたとおりの方法で解かないと、正解を出しても嫌味を言われる。予想した通り、というべきか、その日の授業でも当てられ、考えたとおりに答えたところ、皆の前でしつこくいろいろと言われることになった。頭に来たので、正解に至る考え方はひとつじゃないと思います、と言ってきてしまった。
  夕飯の後、気が重い中で予習をした。特に難しいところもなく、解答に至る理由も説明できた。それでも、次の授業のことを想像すると頭が痛かった。シャーペンを置いて、小型のソファに横になる。思いっきり足を伸ばし、スカートを少し上げて団扇で風を送る。横になったまま、髪を留めていたクリップを外し、手櫛を入れながら頭の上の方に髪を一気に広げる。首に髪がつかないし、重さも感じないので、この状態で横になるのが一番楽だと思う。首筋を扇いでいると、携帯の「Rusty Nail」が鳴った。
「もしもし、トモ?」
「おっす、あや。元気か?」
「ん……。トモはどう? バンド……忙しいんでしょ?」
「まぁな。って、何かあったか? 声、元気ないぜ?」
「ん、ちょっと講習きつくて。課題とかも多いし……疲れてるだけ」
「マジで? 大丈夫かよ? ……なぁ、講習って土日もあるのか?」
「えっと、今週は土曜は午前中だけ、日曜はお休みだよ」
「そっか。あや……今度の日曜、暇か?」
「え、暇だけど?」
「じゃあ……どっか、遊びに行こうぜ」
「え? 本当!? いいの?」
「ああ。ライブのチケット渡さなきゃと思って電話したんだけど。気晴らしにあやの好きなところ、一緒に行こう?」
「うん! 嬉しい!」

3.

  日曜日。あやが行きたいと言っていた雑貨屋に一緒に行くことになった。どんな格好で行くか悩んだが、普段どおりのTシャツと黒のパンツに落ち着いた。待ち合わせ場所の改札に、少し早く行ってあやを待つ。
 電車が着いたらしく、沢山の人に紛れて歩いてくるあやを見つけた。俺に気付いて、駆け寄ってくる。
「ごめん、トモ。待った?」
 俺を見上げて笑う。電話した時は元気のない声で心配だったが、あやの笑顔を見て少し安心した。白い綺麗な肌に、淡い桃色の形の良い唇、少し垂れた大きな目。長く垂らした髪。裾が広がった、細かい部分の装飾が愛らしいワンピース。可愛くて綺麗で、本当に人形みたいだな、と思った。
 何でも好きなもの買ってやるぜ、と言ったら、細々とした小物が並ぶ雑貨屋の中を1時間以上歩き回り、ぬいぐるみやアクセサリーや食器、そして俺には何に使うのか解らない小物を手にとって歓声をあげていた。
 俺の手を引っ張って、店の中を動き回るあやの背中で髪が揺れる。まっすぐに流れ、動き回るたびに両端の髪が靡く。時折見せる、背中に髪を払いのける仕草。長く垂らしていても、むしろ涼しげに見える。初めてあやを見かけて、その髪の美しさに心を奪われた日のことを思い出した。

「ね、トモ……ライブってどんな格好で行けばいいの?」
  買い物の後に入ったカフェでチケットを渡した時、あやが言った。
「あ? どんなって……普通でいいよ。まぁ、ヴィジュアル系ならコスプレする奴が多いけど、俺らの場合、特にそういうのないし。あと夏のイベントなんかだと、浴衣で来る人もいるみたいだけどな。とにかく、その格好で十分だよ」
「うーん、変じゃない?」
「全然変じゃないって。あんまりそういうこと気にしないで、ライブに来て曲を聴いてもらえることが、俺らにとって一番嬉しいんだって。な?」
「うん」
  鎖骨の間に見える、羽の生えたタマゴの形のネックレス。雑貨屋でプレゼントしたものだった。ネックレスをつけてやる時、あやが髪をまとめて持ち上げた。ふわふわした後れ毛のかかる、細い首筋。その、もっと奥の方、ワンピースに隠された素肌の色や、身体のラインを想像している自分に気付いて焦って金具を留めた。今も、広く開いた襟元につい視線が行ってしまう。……って、昼間から何考えてるんだ、俺は。
  目の前のあやはアイスコーヒーのストローを指でいじりながら、悪戯っぽい笑顔で俺に話しかける。
「ねぇ。……トモって、甘党だったんだ? ふふ、かわいい」
「悪かったな! ってか、食わない方がもったいねぇよ。こんなに美味いのに……」
  どうしようか悩んだ結果、イチゴパフェを注文した。甘い物をほとんど食べないあやとは逆に、俺はケーキやデザートに目がなかった。コンビニの季節限定品の類は密かにチェックしていたし、誕生日にあやからもらったケーキも、残りは全部ひとりで食べた。
「ふふ。じゃあ今度、何か作ってあげる」
「マジで? 楽しみにしてるぜ」

4.

  ネックレスのお礼、と言うことで昨夜のうちに作っておいたミルクプリンを持って、氷葉さんの勤めるお店に行く。この時間なら大体、ここでトモが1人で練習していると思い、講習が終わってから一度家に戻り、着替えてから出かけた。
 地下に続く階段を下りる。トモと一緒に何回か来ていたけど、お店の中は薄暗くて少しだけ緊張する。ドアを開けると、氷葉さんがCDの整理をしているのが見えた。
「いらっしゃい……あやちゃん」
「こんにちは。あの……トモ、来てますか?」
「うん。2時間くらい前から奥で弾いてるみたい。呼ぼうか?」
「あ、えっと……邪魔じゃなかったら。これ持ってきたんです。お菓子なんですけど……」
「じゃあ、ちょっと様子見てこようか。あ、そのネックレス、可愛いね」
「これ。トモが買ってくれたんです。今日はそのお礼もあって。トモ、甘い物好きだから。6個あるので、あとで皆さんで食べてください」
「作ったんだ? すごい。俺らも食べていいの?」
 氷葉さんと会ったのは数回くらいだけど、優しいお兄さんという印象だった。どちらかと言うとパンキッシュな格好が多いトモとは対照的に、氷葉さんはシルクのような柔らかい素材のシャツにラインが綺麗なパンツのような、ロック風だけど綺麗めな雰囲気の服装が多かった。近づくと、ふわりと香水が香る。髪を伸ばしていて、濃い眉毛と黒目勝ちな瞳に、頬を覆うほど長い前髪がかかっている。トモとはまた違う、大人っぽい雰囲気があった。
「……氷葉さん?」
氷葉さんはさっきから、私の顔をずっと見ていた。何かあったのか、思いつめるようなそんな視線。
「あ。ごめん……あやちゃんって、俺の昔の知り合いに似てる気がして。小柄で、目が大きくて。あ、あやちゃんよりずっと年上の人なんだけどね」
「私が、ですか?」
「うん。知り合いって言うか……実は憧れてた人、なんだ。……あっ、ごめんね。変なこと言って。ちょっと待ってて、友哉呼んでくるから」
 そういって、氷葉さんは店の奥に向かう。しばらくして、トモと一緒に戻ってきた。

 氷葉さんとあやと3人で、あやが持ってきてくれたデザートを食べた。生クリームとフルーツがトッピングされていて、載っているフルーツはそれぞれ違っている。
「うまいじゃん。これ、杏仁豆腐か?」
「……じゃなくて、ミルクプリンだよ」
「ミルク……って、牛乳?」
「そうだけど……どうしたの? まさか……何か、変だった?」
「いや、俺は美味しいと思うけど……?」
「悪い。そういうことじゃないんだ……俺、牛乳飲まないんだよ」
「嫌いなの? でも、牛乳が飲めない曜(ひかる)も食べられるから大丈夫だよ」
「“飲めない”んじゃなくて、“飲まない”んだ。……これ以上、背、伸びても困るからよ」
「そういう理由かよ」
  氷葉さんが噴き出す。実際、俺の身長は186を超えそうだった。そろそろ止まっても良さそうなものだったが、まだ伸びるようだった。
「ん、でも……美味いからいいや。折角、あやが作ってくれたんだしな」
 

5.

 8月5日。「REVOLUTION」のライブの日。私は、その日を楽しみに生きていた。部屋の机の前の壁に貼った、トモにもらったライブのチケットはお守りのようなもので、学校で嫌なことがあっても、課題が多少辛くても、これがあれば頑張れるような気がした。高校2年の2学期から大学受験に向けた勉強も始まるし、休み明けには模試と校内の実力テストがある。トモだって、初めての本格的なステージに向けて頑張っている。時々交わすメールでそのことはよく解っていた。今まで一度も見たことがなかった、ギターを弾くトモの姿。たぶんそれが本当の姿なんだと思う。
 そして、ライブ当日。学校で、講習の課題や予習をすべて終わらせた。講習が終わると急いで家に帰り、シャワーで汗を流す。身体を拭き、汗止めのためにパウダーを叩く。首筋には、ごく弱い香りのコロンを少しだけつける。バスローブ姿のまま、鏡の前に座って髪を梳く。聴いているのは「THIS BOOWY」。初めてトモと話した日、貸してくれたCD。どうしても同じものが欲しくて、結局自分でも買った。
 いつも使っている、椿油をなじませた柘植の櫛で髪をまとめていく。紐状のゴムで結んでから根元に髪を巻きつけ、お団子を作る。襟足の髪を撫でつけ、かんざしを挿したところで、一緒にライブに行く事になっていた母に声をかけられた。
「あや。準備、手伝おうか?」
 最近は忙しかったみたいでライブを観るのは久しぶりと言っていた母は、黒と赤が基調のフルメイクに、黒のTシャツに赤の上着、レザーの黒のスカートに網タイツと完全にロックテイストな服装だった。
「ん。あとでちょっとお願い」
「わかった。声かけて」
(トモ。思うままにギターを弾いて、聴かせて欲しい。ずっと、応援してるから。そして……私に気付いて)

 開演の瞬間。会場に入った観客を目の当たりにした瞬間、緊張が走る。俺は今日、初めて「REVOLUTION」のギターとして、ここに立っている。気にしないようにしてきたつもりだけど。勝手にわいてくる感情を振り払うように、目を閉じて、ギターを構えた左手に力を込める。そこにいつもつけている、黒の革のブレスレット。目をあけた時、黒っぽい服装の男のファンの中に混じって立っている、浴衣姿の女の子を見つけた。俺を見つめる大きな瞳。ピンクの花が描かれた淡い色の浴衣は、薄暗い会場でひときわ目立っていた。右手のピックを、持ち直す。

 母に背中を支えられながら、人の間を抜けるようにして最前列まで行った。初めて聴くトモのギター。
  最初の曲は「ONLY YOU」。トモのギターが奏でるイントロに絡むように、氷葉さんが歌う。氷葉さんの、いつもの優しく穏やかな話し方とは対照的な、深みのある、よく伸びる声。リズムを支える、ベースとドラムの音。
  新しいメンバーとしてトモが紹介される。Tシャツの上に、黒の丈の長い薄い上着を羽織り、黒の革のパンツという衣装が、ワイルドな雰囲気によく似合う。左手には、いつものブレスレット。氷葉さんの言葉に答えるように、ギターを鳴らす。本当にかき鳴らしただけなのに、不思議にメロディーになって音が響きあう。会場から沸きあがる歓声。嬉しそうに笑い、拳を突き上げる。
  私たちが初めて言葉を交わした日に聴いた「MARIONETTE」。押さえつけられることへの抵抗を歌った曲だけど、今夜のトモのギターは自由に羽ばたくように聴こえた。何物にも捕らわれず、心が自由になっていく。
  氷葉さんはマイクを口に近づけ、長髪を振り乱しながら歌う。ステージを動き回るたび、着ている黒のトレンチコートの裾が靡く。静かなようで華やかな、情熱を秘めた歌声。トモの側に行って、ギターを弾くトモと背中合わせで歌う。
「BAD FEELING」は、ギターをうまく響かせるのが難しいと、何度も練習していたらしい。イントロの跳ねるように響く音がかっこよく、氷葉さんもマイクを口に近づけ、客席に向かって挑発するように歌っていた。そして、聴いていて切なくなるような歌詞なのに、どこか明るい「CLOUDY HEART」。
  オリジナルの曲もあった。切なく美しいメロディに乗せた、年上の女性への叶わない憧れ。ひと夏の熱く激しい恋を歌った曲。優しく降る雨のようなバラード。ステージの前方に出て、激しく観客を煽りながらも、時折笑顔を見せる。氷葉さんの濡れた長髪から雫が飛んできそうだった。私に気付いて、微笑みかけてくれた。でも、同時に吃驚したような表情も浮かべたような気もした。

 トモが前に出てスタンドマイクを握り、話し始める。
「今日、このステージで『REVOLUTION』のメンバーとして演奏できるのが、まだ夢みたいな感じです。俺にとってずっと音楽は命で、心の支えでした。理不尽さや苛立ちを音に変えて、ギターを弾いてました。
だけど、ある人と出会って、その人を好きになって、……そのことでもっと、純粋な気持ちで弾けるようになった気がします。俺はこれからもずっとギターと、その人を愛し続けていきます。
俺を迎えてくれた皆と、『REVOLUTION』のメンバー、そして……最愛の人への思いをこめて――『SURRENDER - サレンダー』」
  ギターを弾き、歌い始めるトモ。ツインギターらしく、氷葉さんはトモの横でギターを弾いている。今日、ステージ上にいるトモは、今まで見たことがないくらい輝いていて、最高にかっこいい。こんなに素敵な人が、私の恋人なんだ、と思うとたまらなく幸せな気分になる。トモと出会えたことの奇跡。憧れていただけの人が、一番大切な人になって、一緒に笑いあえることの幸せ。
  トモが今、歌っている曲の「SURRENDER」。トモはお父さんを知らない。お母さんと離れて、この街に1人で暮らし、今の学校に編入して1つ年下の私たちと同じ学年になった。ずっと寂しい思いをしてきたんだ、と改めて気付いた。周囲に反抗しながらも、受け止めてくれる人を探していたトモ。本当は優しくて純粋な分、傷つくことも多かったんだろうな、と。今まで抱えてきた孤独や寂しさを曲に重ねて歌っているようで、ステージから目が離せなかった。いつのまにか、涙が伝う。
(これからもずっと、一緒だよ……)
演奏が終わると、トモは私の前までまっすぐ歩いてきて、笑った。そして、私に向かって何かを投げ、軽く手を振った。受け止めた掌を開くと、黒いピックがあった。

6.

  帰り道。俺とあやは手を繋いで、駅からあやの家までの道を歩いていた。ライブの後、メンバーと、手伝ってくれた氷葉さんの知り合い、そしてあやと皐月さんも参加してご飯を食べに行った。未成年の俺らは1次会で帰され、氷葉さんたちは2次会に行って飲むらしかった。皐月さんはちょっと用事があってすぐ追いつくから先に帰ってて、と言って俺らを先に帰した。ライブ終了後の興奮もあって盛り上がった打上げでは、あやともいつも以上に色々話したけど、2人きりになると逆にぎこちなくて、手を繋いだまま黙って歩いていた。
 打上げで氷葉さんはあやに「あやちゃん、浴衣似合ってるよ」とあっさりと言った。でも、俺には……できねぇ。
(ああっ畜生。どうすりゃいいんだよ)
「……トモ? どうかした?」
あやが立ち止まり、俺を見上げていた。
「あ? ああ、悪い。どうした?」
「ん……あのね。今日、すごく……カッコよかった。私、ギターのこと、あまりよく解らないけど、すごくトモの思いが伝わるような演奏だったと思う。何ていうのかな、すごく輝いて見えたの。ギター弾いてるトモが見れてよかった。トモが歌った曲、良かったよ。一番、トモの想いがこもっていた気がする……私、トモに、惚れ直した」
 俺を見上げて、照れたような微笑を浮かべて言うあや。一筋だけはらりと落ちた長い前髪が、胸のあたりで揺れる。身体の奥が疼く。ああっ、そんな目で俺を見るなっつうの。
「……畜生。オマエ、それ反則だろ!?」
「え?」
「……本当に浴衣で来ると思わなかったぜ」
「あ。……変だった?」
「そうじゃねぇ!! ……似合ってるよ。綺麗だし、なんか色っぽくて。……俺も、あやに惚れ直したよ」
「ふふ。嬉しい」
 あやを抱き寄せ、その身体を腕の中に抱え込む。小さくて柔らかい身体。俺の胸の辺りにある顔。長い髪はお団子に纏められ、かんざしが挿してあった。その頭に頬を寄せる。お香か何かだろうか、和風の仄かな香りが漂う。出会って仲良くなってから、いつも側にいてくれた。喧嘩して職員室に呼ばれて説教されてる間、ずっと俺を待っていてくれたこともあった。学校の帰り道、俺の手を握った柔らかくて温かい手。あやといると、荒れた気持ちが凪いでいくのが解った。素直で優しくて、可愛いヤツ。こいつの笑顔は俺が絶対に守ってやる、と改めて思った。
「あや……。これからもずっと、側にいろよ」
「うん」
 あやがいて、ギターがあれば、俺は生きていける。

エピローグ

  思いがけない人に会った。
 友哉の彼女のあやちゃんに似ていると思った人。客席に、彼女を見つけた瞬間、その肩を抱くようにして立っていたのに気付いた。その人も、俺に気付いたらしい。1次会の後、他の連中から離れてその人の方へ近づく。
 友哉とあやちゃんと離れ、その人が俺の方に近づいてくる。最後に会ったのはもうどのくらい前か、俺が高校に入るか入らないかくらいの頃だろうか。しかし、目の前にいるその人からは、そんな年月は全く感じられない。
「皐月さん、ですよね? お久しぶりです」
「耀介君……。確か、昔の仲間の結婚式で、怜治(れいじ)と一緒に会ったんだよね? 怜治、元気にしてる?」
「親父は今、アメリカにいます。1人で……去年、離婚したんです」
「そうだったの?」
「でも、皐月さんとあやちゃんが母娘(おやこ)だったなんて……驚きました。俺が言うのも何ですけど……もう、バンドはやらないんですか? 親父が、会いたがってます。皐月さんに会えばまた……。バンドは違ったけど昔からずっと、一緒にやりたかったって。もし解散して、フリーになっているなら今度こそ一緒に、って言ってました」
 皐月さんは壁にもたれたまま両手で腕をさすり、黙って俯く。皐月さんはもう家庭を持っている。俺が無理なことを言っているのは解っていた。それに、親父のことを思って言ったわけではない。何となく、この人を俺の中で繋ぎとめておきたいような、そんな気がしていた。
「耀介君……。バンドはもう、昔みたいには出来ない。月並みだけど今は、旦那も子供もいるから……。結婚する時に、そう決めたんだ」
「それで良いんですか? 『BLOODY RAIN』の沙月って、すごい有名だったって……。あのまま続けてれば、メジャーに行けたって。あの時は色々あったのかも知れないけど。俺も、親父が持ってたデモテープ聴きました。曲、皐月さんが作ってるんですよね? それならまだ」
「……あたしが自分で決めたことだから。ごめんね」
 皐月さんは静かに言った。大きな目に浮かぶ、複雑な色。
「いえ……。困らせてしまって、すみませんでした」
「耀介君。今日のステージ、良かったと思う。あなたのこと、応援してるから」
 じゃあね、と笑顔を見せ、手を振って帰っていった。また会えますか、という言葉はとうとう言えなかった。言ってはいけない気がした。


                         (完)

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