A collaboration works
for a 3rd field
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このページは、『A』の解説・紹介よりも『A』を読んでひっかかったり、想起されたものを書くことに比重が置かれた場です。
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序1:
(第一稿)
インターネットとは(他人、そして自分の)感性を探す旅であるように僕には思う。NYテロをwebで知っても、どのような懸賞を発見しても、例えばどのようなスターのゴシップを見つけても、どんな可笑しな文章を見つけても、ある種の一辺の投げ捨てられたwebイラストや一切れの文字には及ばない。共通しているのは感性だ。逆に、今まで喝采を送ったwebデータにはある感性が感じられ、感性がなければどんな技術やアイデアがあってもそれは見劣りしてしまうのではないか。
そして、web上には無数の感性が存在し、明滅を繰り返し、飽きれるくらいの膨大なエネルギーの跡が見え隠れする。
序2:
(第一稿)
僕が何故この『A』という雑誌を買ったのかは覚えていない。だが最初に買ったのは「東京計画(上)」。Aと東京計画、どっちがタイトルなのか分からず買ったのは覚えている。
東京計画という特集を組んで、それについて建築系の人間が話しを進めていく。建築なんて触ったこともないので建築については少しも分からない。だが、彼らが語っていることは理解できないわけじゃない。そんな感じだった。
その中で、『東京は戦後さまざまな復興計画が立てられてきているが、それらは計画通りいっているか。答えはノー。何故なら、国が計画の枠組みを決めることは決めるが、計画自体が完璧ではないし、それに枠組みの中までは決めることができず、例え決める事ができたとしても実行力がなく、それに路地裏まで計画することはできない。さらには時代によって計画は変化し、変化によって周囲はまた変わっていくからだ』というような事をが書かれていた(はず)。さて、この場合、この主張の着眼点をどこに置くか、ということになる。「計画する事自体が不可能」「計画通りいくと考えず、枠さえ整えば良しとすることだ」「時代を超えた計画を練る必要がある」などなどあるだろうが、誌面で展開されたことは、『当初の計画は失敗したかもしれないが、結果としてある現在の姿を肯定的に受け取り、そこでしかできないような事をやろう』という展開を見せた。(路地が狭いならそこを利用して店にするといったような。そしてそれらはすでにある。)
Activist...彼らはアーティストであるが、モノは作らない。かといって思想や論理を展開するわけでもない。行動によって現実を積み重ね、それが結果として表現となっている人たちのこと。異訳として、生き様でも可か。(AのAは特にこれを示すわけではない。)
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実は良く分かっていない。だが、例えば、様々なことに挑戦している人はその挑戦がアート的であるともいえる。つまり、例えば宮沢賢治の作品が面白いのは彼がアクティビストだからだ、とは言えないだろうか。彼の場合、作品と同じくらいに彼のその現実の積み重ねこそが興味深いというように。
ウェアラブル...着用化。つまり携帯やPDAをイメージ。
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これが出てきた特集は、PCのウェアラブルについて論じたもの。あらゆるモバイルPCを常に持ち歩き、その快適性・不便性を考証する。読んであらためて着用ということを考えさせられた。PC等を着用することによって思わぬ弊害がでたりすることがあるらしく、それは例えばPC操作に注意がいっていまってカバンを閉めわすれた、といったようなこと。こういうのは面白い。
ユビキダス...遍在。つまりどこにでもある公衆電話。ウェアラブルと反するものではない。公衆電話は有線である強みを生かせば、公共のターミナルとして強力な魅力を持ってもおかしくはない。
変形した地図...僕等は学校で習う物理的に正確な地図のほかに、非常にゆがんだ地図を持っている。故郷や長く暮らした場所はその変形した地図上では細部まで描かれ面積(メモリ?)も広く、逆に見知らぬ外国や、近所のパチンコ屋の占める面積は非常に小さい。そして僕等はその地図を持って生きている。
空港...さまざまな目的や個人的肩書き、人種、思いを持った人々が入り乱れる空間だが、それらアイデンティティーが宙吊りになる空間でもある。非常に「空間」的なイメージがあるが、これらは電車のホームにはまったく感じられないものである。宇宙旅行が一般的になり、しかもアンドロメダまで行けちゃうような時代がくれば宇宙港は究極であろう。(発着ロビーなど猛烈に暇だが僕はこの空間が好きだ)
飛行機を何度か利用したことのある人なら、空港が異質だと感じる人も多いはずだ。それを考証しだすと長くなるのでまたの機会にまわすが、入れ物から中身まで異質だと思う。空港のアナウンスはやたらのんびりしていたりする。
Elsewhere...ここではない場所。どこにもない場所、ユートピアとは違い、どこかにあるが、ここではない場所。
Elsewhere(異訳)...僕等が例えば海外へ遊びに行っているときに日本の事を思えば、ここではない場所にいることになる。