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NO258 4年目に思うこと(2002/1/2)![]()
| HPがちょうど3周を迎えました。はじめてたのが99年。ちょうどネットが家庭に普及し始めた頃でした。もともと遠くに住む兄に愛犬ちょび様子を知らせるために はじめたHP作りでしたが、それだけではねたがないので自分の日記や考えていることなどを公開しました。今日は、過去の日記やぶつぶつを読んでいてやっぱり記録していてよかったなあと思いました。時間がたってなんだかとっても客観的に見えてきて、苦しかったことも、悲しかったことも「ふふふーん」ってちょっとほほ笑んで読める自分がいたりするし。幸い、私の場合は日記を書くことも、レスをつけることも毎日楽しくできたので、1日の生活の中に「楽しいことが増えた」のは嬉しいことだったな。 4年目のくりちゃん通信コンテンツはこれから少しずつ増やしていく予定。ちょっとずつ楽しんで積み上げていきたいなあと思ってます。「自分が楽しい」を第一にやっていこうって改めて思ったのでした。それが読んでくださっている多分、毎日みてくれている10人くらいの方々も楽しんでもらえればなあって思うのでした。 で、新春第1弾は今週中に動くちょび画像を公開しまーすっ。めちゃくちゃかわいいので期待してくださいね〜!! |
NO259 年賀状(2002/1/7)
| 別にこのごろやる気がなくなったとか、そういうことはさらさらないけど、でも、以前よりも「熱意」はなくなってきていると感じることがある。それをやる気がなくなるともいうのかもしれないけど、なんだか、がんばった分が空回りしているような気がしたり、だからなんなんだっていう気がしたり。そういう心持ちになることは、自分にとって決してプラスにはならないこともわかっているし、でも、そんなに気張らないでって思ってしまう自分もいるのは確かだ。 だけど、今日、前に一緒に働いた先生から、「くりちゃんの出した卒業文章を読み返して、あなたの実践のあれこれや子どもたちの声に改めてすごいと感心!」と書いてありました。もう5年も前のことで、わたしも久々に本棚から取り出して読んでみたら誤字もいっぱいだし、作りは「もう、時間がなーいっ」って大慌ててで作っている様子も目に見えた拙い文集。それでも、そこには、勢いと元気がある私がいた。そして、そのころは「もっと、もっと」と子どもたちに気合をかけつづけていたけれど、子どもたちが、どんなにかがんばって私についてきてくれたのかも、今になって文集を読み返してみるとすごく伝わってきて、「なんだかよくわからなくてむちゃくちゃ走っていたけど、でも、それはそれでよかったんだな」と思った。 さて、どうやったら、また元気に3学期の実践を積めるかなあ。答えは一つで、やればやるほどやりたくなる。それは、疲れてパワー使って、ダウンしちゃうけど、それがまた新しいエネルギーを生み出すってこと。だから、3学期にこれだけは、っていうものを今のうちからどんどん考えて、準備しておこうっ。おっ、なんか元気出てきた。 |
NO260 リンク(2002/1/21)
| ここ2年くらいHP同士のリンクコーナーを作ってない。いやあ、HPのつきあいって長くなることがあるから、だんだんにおつきあいがなくなったり、辞めたりということがあってリンク消すときとか、なんとなーく悲しい気持ちになったりすることがあったりして、リンクコーナー作るのはやめようって思ったのでした。 でもでも、そういう物理的なリンクを貼らなくても、「つながり」は、簡単になくならないこともわかったし、自分で使う分のリンクは、yahooのブックマーク使えばいいし。 HPのスタンスは、「一人でやる」だと思っているので、リンクをそんなにそんなに貼らなくてもいいんじゃなって思っている。そして、リンクを貼らなくても、ちゃんとリンクしていることの方が強いリンクなんだって思う今日このごろです。 まあ、相手の人が遊びに来やすいように、掲示板にお知らせはするけど、それくらいなものでいいかなあって思う。人がたくさん来るHPにならなくていいし、リンクがなくてもリンクしてくださっている方々にほんとに感謝だなあ。 友達だって、「あなた、私の友達だよね」って特に断らないし、「なんとなく」の世界が居心地がいいと思っている。 あっ、でも、自分がいいなあって思っているHPは、どんどん紹介するけど。 |
NO261 仕事のやりがい (2002/1/26)
| このごろ仕事のやりがいって何かな〜と考える。学力テストの結果が返ってきて、とりあえずは目標のラインに届いていたので、ほっと胸をなでおろし、でも、そんなものは最低ラインとしてのことだし、安心したけど、やりがいじゃあ〜ないなあ〜。 このごろ、子どもたちにパソコン教えてたりして、とっても一生懸命やってて、新しいこと覚えたり、キーボードが速くなるにつれて、声あげて喜んでいるの見たら、私にとっての仕事のやりがいは、この笑顔を見ることかなあ〜って思った。 あとは、できなかったことができるようになった時の笑顔みた瞬間とか。 目の前の子の成長を見た瞬間とか。 今、嬉しいのは、お互いばか話ができて、今日なんて、子どもたちの作っている紙芝居に頭に角生えて、怒っている私の絵が描いてあって、「〇〇くんが描いたよ〜」と周りの子が言って、「ひっで〜」と私が怒ると、「くくくく〜」とうれしそうにしていた瞬間とか。 女子は、「ゆ〜こ先生、もっとかわいいよ〜」と援護射撃したりしてね〜、わいわいがやがや放課後を過ごしてみたり。 あなたにとって、仕事のやりがいは?って聞かれたら 「笑顔をみること」って答えよう。 |
NO262 元気はいいね〜(2002/2/2)
| 昨日、食べに行った回転すしの従業員の方々、元気がすごくて、客も活気にあふれてて店がきらきらしてた〜。 今日、保育所行って、ヨサコイソーランみたけど、元気いっぱい、はつらつとしてて、体から溢れる元気は、いいね〜って、思った。 あ〜そうそう、ジム行ってても、インストラクターの元気もすごくって、なんだか、今週は私の周りには、元気が溢れてて、ずいぶん力をもらったなあ。 |
NO263 かわいいものもいいね〜(2002/2/10)
| このごろ、やっぱりかわいいものは、見ていて嬉しくなるね。きれいなものも、いいね。 というわけで、なんか、わからないけど、がんばろ〜と思った。(笑い)なんのこっちゃ。 |
NO264 春にむけて(2002/2/18)
| 春にむけて、まず、体を鍛える。家の中を整理する。仕事する。HPを充実させる。 この4つをがんばろ〜と一応決める。 |
NO265 閉塞感(2002/3/22)
| 仕事して10年。同じような学校だったし、私自身、生活が変わらない。テニスして仕事して、友達と遊んで。何も変わらない生活は、どこにも行かないような気がして、行き詰まるというか、こう閉塞感がでてくる。 自分は、ずっとこのままなのか、何の発展性もないような気がして、息が苦しくなる。友達と話していても、そこのとこは、ほんとにそうで、ぐるぐるしている。 「こうなったらいいのに〜」とか、「こんなことしてみたいよね」とか、自分が話す言葉の中にそういうものが全然なくて、「あ〜、今のままでいいのかな・・・」とか「不安だね〜」とか、そんな言葉ばかりが出てきてしまう。 人事の新聞を読んでみると、自分と同期がしっかり転勤なっていたり、前の学校で一緒になった先生がもう5年で他地区を回って地元に帰ってきているのを見たり、同級生がすでに県北の勤めを終えて、戻ってきたりして、どんどんみんながコマを進めているのに、あたしは、自分の意志ではどうすることもできずに、ずっと足踏みしつづけているようなそんな取り残されている気分になり暗くなる。 やっぱり人事の新聞読んでみると、空きがないっていいながらも、しっかり入っているじゃん。とか人をうらやむ気持ちかあった自分。1度整理した気持ちがまた、また、ぐちゃぐちゃになってしまった。そんな気持ちになることもまた自己嫌悪になるっていうか。 その一方で今の生活が気に入っていて、今年も、平和に暮らせるっていう安心感もあり、この矛盾がますますいらいらさせる。 はあ、今夜は、ため息が何度もでる夜だよ。 |
NO266 あたしだけじゃあないんだねっ。(2002/3/27)
| NO265のぶつぶつは、ほんとに暗いね〜。(笑い)確かに、ばりばり仕事しているわけでもなく、好きな人がいるわけでもなく(ということにしておいているのがまた悲しい今日このごろ)、 周りの友達が結婚したり、子どもが産まれたりするのを、横で見ていて、、取り残されていくようなそんな気持ちになったりしていたのは、事実です。 で、今日、ふと、コンビニで「コスモポリタン」という雑誌を見つけた。その中に、「どうする?私だけ取り残されそうな不安」という特集があったので見ると、仕事のこと、結婚のこと、就職して10年目くらいの私たちくらいの年代の人たち・・・悩んでいたり、考えたりしている人がたくさんいるんだなって思ったら、ちょっと元気が出た。 その状態を打破するための、アドバイスが載っていたので、メモしとおこう。 ◎ 人間は、多面体、人生は、長い。ここがだめでもあそこがあり、今日はだめでも、明日があ るってことでロングスパンで、見るくせをつける。 、 ◎ だめな自分だけど、そこそこやれているっていう開き直り。その、開き直りが、自分の内な メジャーを育て、自信につながる。自信というのは、日常生活の中で自分なりの一歩を積 み重ねて育つもの。 ◎ 「今、ここ」に集中すると、心のザワザワが薄れていく。 ◎ 自分に「YES」と言える自分と、だめだと思う自分の二つがあって、初めて前に進める。 うーん、つまりはさ、目の前のことを一生懸命やれってことだね。うだうだ言ってないでって感じかな?そしたら、小さな自信のかけらがたくさんたまって、自分を肯定できるってことでしょう。 |
No267 会話
| この前、日記で、独身・結婚していて子どもなし・結婚していて子ども有りで、話題が違うという話をしていて、どんなものか・・・ということを書いた。でも、独身同士でも、恋愛に生きている人や仕事に生きている人、趣味に生きている人がいるわけで、その中ではやっぱり話も違う。 ましてや、独身生活が長くなればなるほど、自分なりのライフスタイルが固まっていき、人の入る余地すらもなくなっていくというか。 要は、生活の中味っていうことよりも、会話のキャッチボールをいかにできるかっていうことで、 まあ、それは、お互いがきちんと会話に向き合えているかということかもしれないね。 だって、それぞれの生活の中で一生懸命になっていることってそれぞれ別なのは仕方ないし、 同じような生活の人とばかり話していたら、それはそれで、狭い世界のことになるだろうしね。 BBSで、その話題についてなかなかうなるご意見が出ましたので、紹介しま〜す。 Aさん 結婚してても、そうじゃない人ってるんだけどね、もちろん。 結婚生活と自分の生活の両方をちゃんと持ってる人とは、 話してても面白いけど、家事と子供と旦那の愚痴ばかりでは辛いものがあるわぁ 男の人が家計の話しとか、家事の話しとかしないのは、 そーゆー理由もあるかもねぇ。 でもさ、会話のはずむ人と、はずまない人っているじゃない。 その差はなんだろうなぁと、考えてしまうよねぇ。 誰とでも楽しそうに会話できる人っているじゃない。 私からすると、すごいなぁ〜と感心してしまうのよねぇ。 Bさん 生活のハナシが悪いって訳じゃぁないんだよね〜。確かに。 なんというか、「もういいよ、そのハナシは・・」って 思ってしまうんだけど、 同じ話題でも全然ハナにつかない人もいるわけで、その差は いったい何なのだろう〜。 う ん。言葉のキャッチボールができる人になりたいにゃ〜。 Cさん 同窓会に出るとね、 「女の三種の神器」という話題があるのですよ。 ・子どもの話。 ・夫の話。 ・献立の話。 なんですけれど、これは専業主婦の話題と言うことにも当てはまりますね。 私達の年代になると、集まれば子どもの受験や夫の昇進とかをサカナにして、 最後には、帰ったあとの夕飯のオカズについて語るっていうのがパターンなのかなぁ。 以前にこんなことを日記に書いたような気がするんだけど、 仲のいい友人達にはあてはまらないのよ。 自分で仕事を持っていたりすればこういう話題では括れないものがあるんだと思う。 生活の話っていうのって、共通話題だと錯覚されやすいのかもしれないけれど、 実はお天気や健康と同じ位平凡で、罪がないから選ばれちゃう。 だから、そういう話題であろうとなかろうと、 じぃの言う、「キャッチボール」って言うのが自然にできたらステキな仲間だと思うよ。 欲しいよね〜(^-^) |
NO268 明日のために
| あ〜、これ、めんどくさいって思ったときのおまじない。「明日のため」。 これは、なかなか効くね。もともと怠けものなものだから、すぐにさぼりたくなるけど、この言葉をつぶやくと、怠け心が隠れる。 遠い未来のことなんてわからないけど、「明日」がいい日になるための「今日」それでいい。 それは、それで刹那的?? でも、今は、明日のために何か準備したり、仕事するのが楽しいのだっ。そして、「今日」が楽しくなって、明日のためにがんばろ〜っていうエネルギーになるんだねっ。 今日も1日楽しかったよ。明日もいい1日にしようっ。 |
NO269 フリーズ(2002/4/18)
| 心がフリーズしてしまった。 心の葛藤 「別に、わざわざそんなにやらせる必要がないって親が言っているんだもん、やらなくてもいいじゃない」 「でも、そんなことしたら、その子のためにならない」 「いいんだ〜、やめちゃえば。人の子なんだし、あなたがそんな風にがんばらせようって思ったって、 やってもらっている本人にとっては、いい迷惑なのかもしれないよ」 「うん、そうしようかな・・・。いや、いかんいかん。そんな風に妥協しちゃ、甘やかしたらいけない」 「そういったって、あなたの気持ちなんて、伝わらないじゃないの」 「じゃぁ、もっと、伝える努力しようかな・・・」 「それだって、きっと、おしつけみたいに思うよ」 とぐ.ちゃぐちゃ考えていたら、疲れてしまった。 |
NO 270 インターネットの人づきあい(2002/5/19)
| 田口ランディの新刊の日記読んでいて、その中に「インターネットは、出会いの場ではない。インターネットに新たな出会いなどない。インターネットは、あらかじめ出会っていた人、出会うべきだった人ともう一度再会する場所である」(博報堂メルマガ 橋川 幸夫さんの言葉) とあった。ランディさん曰く、「インターネットは、一度出会っているけど、忙しくてすれ違ってしまった人ともう一度出会って何かをする場所なのだ。あるいは、お互い出会いたいとおもっていたけど、忙しくて出会えなかった人出会う場所なのだ。そのように出会った者同士なら、スムーズに物事が進む。ただ漫然と新たな人と知り合うにはネットはリスクが大き過ぎる」と書いてあった。 ネットをして、いろんな人と出会って、実際にも会ったし、会えない方とは電話で話したり、プレゼント交換したり、お互いに素性をかなりの部分でわかりあっている状態で、今、ネットの人たちとのつきあいをしている。もちろん、今までの友達もたくさん読んでくれているし、そういう意味では、↑の鉄則は、守られているかもしれないと思った。ただ、HPを公開するっていうのは、大通りにお店を出しているようなものだから、そこにふらりと立ち寄ってくれて、話して仲良くなるのは、嬉しいことだし、気があったり、一緒に話していて楽しかったりっていうのは、多分「出会うべき人」だったと考えたい。 新しい人との出会いは、求めてない。↑の鉄則、心にしかと刻もうと思う。 それにしても、butubutu久々の更新だ〜。 |