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No231 普通の感覚を忘れないよ〜にしよう〜。(2001/5/4)

 昨日、友達と仕事の話をしていて、「私ってまだまだだな〜」と友達が言っていました。でも、話を聴いていて、やっぱり職業に丸ごと染まっちゃって、恥じらいとか忘れちゃったり(とくに、私の場合なんかは、声がでかくなるとか、いろいろ弊害がある)普通の感覚は、そのまま忘れちゃいけないよね〜という結論に達した。
 
 プロとしての自覚を持ちつつ、職業に染まらない「ふつ〜」の感覚を「ふつ〜」に持ち続けているのは難しいかもしれないけど、そうありたいなって願う今日この頃。
 


No232 活力(2001/5/4)

 自分を動かす力ってどこにあるんだろ〜。今の私は、ちょいとテイタラク。
あんなに迷わず、がしがしと仕事していた時代が懐かしいし、あんなに遊ぶのも旅行も楽しかった時代が懐かしいし・・・。活き活きとしていたいなって思うけど、立ちあがるにもうんとこしょって感じだしね。
 やっぱりね、「こうなりたいっ」とか「こうしたいっ」ていう気持ちを持つことが大事なのかもしれないね。それがないから、張り合いがないのかな〜。
 とりあえず、小さなことでもいいから、張り切ってやろうと思う。むりやりでもいいから元気出して。そしたら、いつのまにか、活力がそこに生まれているかもしれないしね。

 あたしの活力のもとは、ライブとおいしいもの。それから友達と遊んだりネットでのおしゃべりかも。って、無理やり復活しようとしているな〜。


No233 広がり(2001/5/6)

 ぽぴさんの日記読んでて、知識の点と点がつながって、「あ〜なるほど」って思ったとときが嬉しいってありました。
 例えば、書きこみに書いてもらった「word」から広がる世界っていのうがあるんだよね〜。雑学じゃないけど、Aという言葉があって、それをチェックしてると、街に出たときにぱっと目に入ったり、テレビでその言葉入ってきたりね。BBSでやりとりしている楽しさの一つってそこにある。私が書いた日記の一つの「言葉」に反応してもらって、そして、話しをしていくうちに広がっていく感じ。とくに私のとこの掲示板って、スレッド形式で、話題がつながっていくのが楽しい。で、そのことが、私の日常をとても楽しいものにしてくれている。だって、いろんなものの見え方が違うもん。
 それから、情報って、求めているとどんどん集まってくるっていうのもこのごろ実感。
りんごの「さんさ」ってどんなのかよくわからなくって、友達にその話をしていたところ、ちゃあちゃんは、知り合いが農業試験場にいて、「さんさ」ができたときに「新しい品種のりんご」ということで食べたらしい。で味を教えてもらった。もう一人の友達にも「さんさ」の話をしたら、その友達の担任している子どものうちが、りんご農家で、この前、さんさを学校に分けてくれたって話になって、もしかして、分けてもらえるかもということになった。
 どんな風にして「言葉」で情報を集めて、自分のものにしていくか。その広がりをどうまとめていくかって、すごくおもしろいかもしれない。
 ネットって、いろんな人たちのコミュニケーションで、どんどん広げていくとこに意味があるんだな〜と改めて実感しているし、それは、もちろんネットだけじゃなくって、普通の生活でも同じこと。だからこそ、普段から、人脈を広げておくことって大事なんだな〜ということをぶつぶつ思ったのでした。

No234 そーいうものに私はなりたいって思うこと(2001/5/19)

 「そういうものに私はなりたい」って、確か、雨にも負けずにあったフレーズです。
 先週のご飯会の時、さっちゃんの家に共通の知り合いのM先生からの挨拶状が届いていた。それで、さっちゃんと二人で、その先生にハガキを書いた。
 今日、私のとこに挨拶状が届いて、「はがき、ありがとう。何度も読み返しました。」という言葉が添えられていました。
 思わず、にっこりの私。そういう風に、誰かの心にお茶に添えられた一口のお菓子みたいに、「一口分のうれしい」をあげられる人になりたいなって。
 このHPも、そーいうものになりたいんだよって。

No235 見ててもらえると嬉しい(2001/5/19)

 私には見栄パワーがある。(笑い)お料理コーナーはその典型。ふふふ。見ててもらえると、一人だったら「面倒」って思えることもさくさくっとできてしまう。
 だから、スクール日記もこっちの日記も周りの人に見てていただけると、私、見栄パワーでがんばれちゃうような気がするのでした。
 って、これは、あまりにも他本願すぎるかな???(笑い)だって、根がぐうたらなんだもん。

NO236 いらいらするな〜(2001/6/2)

 すごくいらいらするの。いてもたってもいられないの。原因はさ、全部自分の中にあるんだけどさ。いらいらいらいら。
 どうしたら、抜け出せるのかな〜。やらなきゃないことやらなきゃいけないのに。
手につかないし、いらいら虫くん、食べてくれるお花はないかしらね〜。いらいらいら。
 原因は、わかっているんだなー。おかーさんの結婚しろ攻撃。「年貢の納め時」だとか
「もう、こんな話はない」とか、「あんた、これを逃すとあとは、子どもある人とかだよ」とか。
「嫁に行ってくれなきゃこまる」とか、延々と言われて、黙ってきいてて、あげくの果てにコンタクト捨てられて。なんなのよもうって。やり場のない怒り。でもってあんまり怒りが収まらないので、コンタクト代は請求することにした。

No237 選択の自由・選択の不自由(2001/6/8)

 なんだか、今回の見合いの一件ってさ〜、ほんと、ふりまわされた。
向こうの親がぽんって持ってきた話。そこで、あたしは、全然考えてなかった
「結婚」ということを考えなくてはいけなかった。
 選択しなくてもいいっていうのはとても自由だった。自分で行きたい道を選ぶ選択ならまだしも、人から無理やりつきつけられる選択っていうのは、かなりいやだったよ。
 そんでもって、あたしは、結局、自分の意思がなんなのか全然決められず、ほおりだしてしまった。無理やり、「適齢期」ということで決めたくなかった。
 
 今回、向こうから「お断り」の一席が両親にもうけられたのは、相手方の誠意の見せ方だろうと父は言うけど、わざわざ母まで呼び出す必要はあったのだろうか。母は,行きたくないって言ってた。誠意があるんだったら、もっと早い時期に蹴りをつけなくてはいけなかっただろうし、見合いした本人だって、早い時期に電話の一本もかけてこいっつうの。それなりに、遠まわしに伝えることだってできたはずだし。じゃあ、あんたは、なんだって言われても、あたしの意志は今回のことのどこにもかかわってなかった。
 人のせいにするのは、違うかもしれないけど、はっきり、いって、すげ〜迷惑な一件だったよ〜。我が家、さんざんひっかきまわされたって感じでした。
 それから、その断りの理由の中にの「フィーリングが合わない」の中には、冬休み中の「東京行って、北海道行って〜」っていうのもあったらしい。
あのさ〜、そんなの、あたしの勝手でしょ。

 母もそれなりに反撃はしてきたらしい。黙ってきいていられなかったんだって。
向こうの親の「うちの息子も積極的じゃないから・・・」というのに
「うちの娘も、そ〜いうはっきりしない男はいやだって言ってました」とか「引っ張ってくれるような人じゃないと・・・って言ってたけど、うちの娘をひっぱるってよっぽどですからね〜」余計なお世話です。母上。きっぱり。

 あ〜、これで、あたしには選択するものがなくなり、自由になった。
 「選択しなければならない不自由」から「選択のない自由」。
身軽じゃ〜。ふふふん♪

NO238大人をなめんなよ〜(2001/6/21)

見え透いたうそをついて、いいのがれをすることを子どもの頃から繰り返していったら、どうなるんでしょう。言い訳ばかりして人のせいにする人になっちゃうんじゃないの?って思う。本当に自分について見つめたり、反省したり、落ちこんだり・・・そういうことがないと、強くならないし、前にも進まないし、成長もしない。そういう、「その場さえしのげれば・・・」という気持ちを徹底的にたたき潰してやろうと思う。

No239 余計なお世話です(2001/6/25)

 この前の結婚式。新郎の友達にいちいち、「独身?」「結婚している?」と聞き、独身となれば、「おおい、くりちゃん、独身だぞ〜」って・・・・。あの、恥ずかしいのでやめてください。
余計なお世話です。


No240 スタンス(2001/7/3)

今日、みるきぃさんのHPの復活をしり、大喜びのあたし。HPしていると閉鎖やなんとなくお互い離れていくこととかたくさんあって、そういうことに慣れていく今日この頃。ネットでの付き合いはもしや「瞬間」のものでしかないのかな〜なんて思ったりしてたけど、そうじゃないものもたくさんあるってことも知っている。あたしは、とにかくここに居ようと思う。それは、「取り残されて」いくことかもしれないし、「進んでいる」ことかもしれないし、いろいろな出来事が起こるたびにちょこちょこ動揺したりしているんだけど。
 基本的にHPは一人でやっていくものというスタンスは、絶対的にあるんたけど友達はいる方が楽しいっていうのが本当の気持ちで、まあ、そんなに難しく考えないで、気軽にやっていきたいなっていうのが、今のスタンスです。