ぶつぶつくりちゃんtalk その1

                    

 「思ったことBOX」の続きです。2000年は、あんまり文句言わないように
暮らしたいなーって思っているんだけど、何せ、根性なしだから、どこかにはきださないと
いらいらしちゃうんです。ということで、ぶつぶつと今年も続けてたいと思います。

 冷蔵庫の中って考えよう。(2000/1/19) No106

 この前、冷蔵庫の中、整理したら、もうたくさん処分するものがあって、もったいないなーって、思った。材料買っても料理しないこととか、たくさんあるし、食べきれないこともたくさんあるんだよねー。で、中をすっきりさせたら、「何が」あるのかちゃんと把握できるし、すると、「これ作ろう」「あれ、作ろう」って思うようになる。
 自分自身のことにたとえると、、結構、あれもこれもと冷蔵庫にほうりこんで、結局、無駄にしてしまうこと多いかなあ。いい料理を作るためには、とにかく中には、自分のキャパシティを考えて、材料入れておかないとあふれちゃう。
 いつも常備しておいた方がよいものは、ちゃんと冷蔵庫に入れておく。それから、新しく材料を買い足す前に、ちゃんと中にあるもので工夫できないか考えてみる。今あるものに、更に、つけたして何かを作るときは、「何が必要なのか」考えて買い足す。いつも新鮮な材料を入れておく。(使わないと腐る)
いつも同じものだと飽きるから、ちゃんと新ネタをお勉強をして、時には材料費をかけて面白いものを冷蔵庫に入れておく。それは、すぐに使ってお料理してみる。
 
 何のたとえかっていうと、私自身の生活について、そして、授業について、そんな風に考えようって思ったのでした。「普通の材料」を「普通の料理」なんだけど、「おいしく」っていうシンプルな感じがいいなあ。

 好きでやるって感じ (2000/1/21) No107

 昨日の日記でピアノを教えてましたって話を書いたんだけど、今日もね、「昨日、家で練習したのよー」とその先生がうれしそうに言っていたのを聞いて、「いいなあ」って思った。
 昨日、NHKのドキュメンタリーでピアノの修復をして、古いピアノをよみがえらせている職人さんのお話とそのよみがえらせたピアノにまつわるエピソードを放送していた。とっても小さな子が弾いている「大きな古時計」やこの曲をやるのが夢なのって感じで一生懸命練習しているおばあさんのピアノの音色、それから、ピアノが好きで修理に出したもののピアノの回復をまたずに亡くなってしまったお父さんの話、どの人も技術はつたないんだけど、なぜか心に染みる音なんだよね。
 私は、ピアノが好きのかなあ。とふと考える。それだけ弾けたら楽しいでしょうってよく言われるけど、私は、「ノルマ」みたいな感覚で練習していたりしていて、達成感だけでピアノを弾いている気がする。だから多分、昨日、放送された人たちのような暖かい音は出ていないと思う。
 
 子どもたちを見ていて、たどたどしく吹いているきらきら星や鈴やトライアングルの音、音がはずれながらも楽しそうに歌っている顔見ていると、泣きそうになることがある。「好き」って気持ちが音に出てくるとその音って心に響くんだなあと思う。暖かいピアノを弾きたいなあって思った。

このごろ、ちょっとわかりかけたこと(2000/1/27)No108

 この前、O先生からメールをもらった。

 どこにいても、そこにいる子供達と、今持っているチカラをちょっと工夫して使いながら、笑顔のある授業を1回1回大切にやっていけばいいんです。あれこれ心配せずに、どおんと行きましょう。

 という内容のもの。本当になるほどなあって思う。特別なことじゃなくって、ちょっとの工夫で、授業って変わるとつくづく実感する今日このごろ。
 たとえば、今日は、いつもやっている鬼ごっこを「キョンシー鬼ごっこ」にしたり(タッチされた人は、キョンシ−のようにぴょんびょんはねて、鬼になる)、いつもの手つなぎ鬼を人数をどんどん増やしていったり、ただそれだけのことなのに、すごい盛り上がる。「手を加える工夫」ってこと。
 それから、「同じ」ことをちょっとずつ工夫して何度も繰り返すことが大切ってことも、授業のコツだなあって。
例えば、今やっている子犬のマーチは、最初は、CDで歌って、ピアノで歌って、ドレミで歌って、交互に歌って、音無しで歌って、一人ずつで歌って、踊りながら歌って、1小節ずつリレーで歌ってって、いう具合に「手を変えて、繰り返す工夫」ってこと。

 そういうちょっとした工夫でさ、新鮮な授業になるって思う。だけど、新鮮な授業をするには、やっぱり、新鮮なネタを常に追い求める姿勢が絶対不可欠。ちょっとでも、前に、前にって気持を持っていかないと、子どもはついてこないなーと実感。教職8年目の終わりにして、このごろちょっとわかりかけたことでした。

なっちゃんのFAXで思ったよ〜(2000/1/29) No109

 さっき、なっちゃんよりFAX有り。読売新聞の記事。
香山リカのお言葉「自分にほどほどの点数をつれられない。これは、現代に生きるほとんどの人たちがかかってしまう風邪のような病といえます。」(香山リカ『ウエディング・マニア』より)
 吉本ばななが、この本の解説をしながら、このごろの若者についてばななさんなりの考察を書いていた。
にしても、この言葉、身につまされるよねーってなっちゃんもFAXに書いてあったけど、わたしも、かなり、痛かったよー。なんていうのかな、自分の今の実力、今の生活、今の状況をちゃんと目の高さで受け止めないで、
「もっと、もっと」とか、「これじゃあ、足りない」って思いながら、暮らしているような。
 ばななさんは、「今の若い人たちは、映画とか雑誌とか、漫画とかの見過ぎではないだろうか。行動も、考えもすっとんきょうで無防備だ。話してみると危険なくらいに素直でかわいくて傷つきやすい人が多い。あの短いスカートも厚そこサンダルも、汚い髪の毛もみんなひとえに自分をフィクションにしなければやっていられないという気持の表れだと思う」と言っていた。

 じゃあ、これを置き換えてみて、今、私は、自分の身の丈で生活しているのかな。むきになって、仕事をしている今日このごろなんだけど、どこかで、「もっとできるはず」って、過信しているのかもしれない。だから、苦しいのかなあ。今、授業の準備に力を入れているんだけど、それは、やっぱり、やっただけ結果がすぐ、帰ってくるから。転勤問題とか、本当に自分の思うようにならなくって、じたばたしていて、「こんなに我慢してきたのに」とか、「こんなにがんばったのに」とか、心の中で、何か煮え切らないものがたくさんある。で、結局、すぐに評価してもらえて(こっちが)、そして、がんばった分だけの喜びがあるのが、今の私には授業なんだなあ。だから、今、授業をがんばっている私は、ちょっと歪んでいるのかもしれない。もうちょっと、ほどほどの点数をつけましょう。
(あっ、でも、私は、子どもたちに力がついて、楽しそうに勉強ができたら、それでもう、充分。)

直接その人に会うってすごいことだー。(2000/2/2)No110

 先日、合唱指導の講座があって、なんとなんと、作曲家の橋本祥路さんが来たのでした。1年生の教科書にある、「おなかがすいたら、グーグーグー、髪の毛切ったら、チョキチョキチョキ、交通信号パーパーぱー、じゃんけんぼんでグーチョキパー」というかわいい曲も書いているけど、大好きな曲をたくさん書いている方でした。
 とっても、笑顔の素敵なおじさんという感じなんだけど、ああ、あの「歌よありがとう」とか、「夢の世界」は、この人が書いたんだーと思ったら、じいんとした。初めての6年生の卒業式で3ヶ月かけて仕上げた「ひろい世界へ」も橋本さんだった。橋本さんは、「いっぱい、歌ってくださいね。いい曲書いても、絵と違って、歌ってもらわないと意味がないから。」って言っていた。もう、歌いますとも。おなかがすいら〜曲は、きっと、日本で100位以内に入るくらい歌っているよ。
 合唱指導は、「歌よありがとう」だったけど、作曲者が「こうこうこうだから、こう歌って欲しい」という言葉は、重みがあるねえ。とにかく、直接橋本さんに会ってしまったので、もう、楽譜集を見ていても、「橋本」に反応。
 作曲者にめぐりあう。その人が見える。歌を歌うとき、「その人」の思いを考える。直接その人に会うってのは作品に対する思い入れが全然違う。これは、すごいことだね。本当は、「すごーい好きな曲、いっぱいあって、子どもたちとたくさん歌ってきました。」って言いたかったんだけど、シャイなんで、言えなかった。はあ。

 私が、ライブが好きなのは、直接その人を観ることで、作品をもっと近くに感じることができるから。
音楽って、CDって、あんまり意味ないというか、やっぱり、まがいものって気がする。音楽は、やっぱり直接みることに意義があるねっ。