ぶつぶつ 04

バースデーカード(2004/12/21)

 今日、トモダチからもらったバースデーカードの言葉が素敵だったのでメモしておこう。
・やさしい人たちに出会えますように
・楽しい一年になりますように
・幸せの風が吹きますように
・うれしい日がたくさんありますように
・夢色の日々
・どこまでも続くハッピーの毎日

・・・ちゃんと自分で育てよう。まる。

元気ならそれでいいのね(2004/12/19)

 誕生日・・・今年はちょっと思い気分でしたが、トモダチの「元気なことが嬉しいです」という書き込みにちょっと救われました。
 両親も心配の種はたくさんあると思うのですが、とりあえず、今日元気ならそれでいいじゃんと思うことにしました。
 先のことを心配しても仕方ないし、前のことに後悔しても戻れないし、
ただ、私は自分の未来や将来を見据えながら、今日を元気に過ごそうと思うのです。
 あたしは、今、3年後、次の学校に行ったときにも困らないように、今、
いっぱい充電しておこうと思います。それから、くりちゃん通信2005の構想もたてながら、来年はちょっとエッセイ風な文章を書いてみようとか、
日記をもっと大事に書こうとか。
 あとは、体力づくりとおいしいご飯をもっと作れるようになること、そしてしっかりいい恋見つけたいなと(笑)(少しだけでも心がけておきたいし)
 来年の12月19日の日記にも「今年もいい1年だった」って、にっこり笑えるように、それが、今日思ったこと。
 一人でケーキ食べながら、そんなことを考えてました。

来年は、二人でケーキを食べる!だと具体的?

充電済み(2004/8/24)

 私はほんとに精神力が弱くて、プレッシャーにすぐに押しつぶされる。
だめだだめだと卑下したり、自信がなくなったり。。。
 テニスもそうだけど、思い切りボールが打てなくなったり。

 オリンピック。アテネ。みな若いのにえらいよな〜と強さがまぶしく思えた。

 考えてみれば、あたしも、ちょっとは自信もっていい部分だってたくさんあるに違いないんだけど、何せ試合に弱いものだから。

 プレッシャーに負けない強さとおしつぶされないしなやかさと、明るく元気にがんばれる思い切りのよさとそういうものが欲しい。

 とかなんとかぶつぶつ言っていますが、今のワタクシは、やる気十分なのです。夏に遊んだときのパワーがいっぱい残っているから♪
なんとか、このパワー。10月までもって欲しいな〜。

さよなら夏休み(2004/8/16)

 さよなら夏休みということで、今日で私の中の夏休みは終了。
今年は毎日青空で、昨年のやませ吹きすさぶ暗い夏とはうってかわって、とてもすがすがしい毎日だった。
 今年もいい夏でした。
 
 ってわけで反省〜。
まず、おでかけはあんまりしなかったけど、帰省している間は、毎日楽しく過ごせました。普段、会えない人とたくさん会ったし、おしゃべりしたし、飲みに行ったし、もちろん、東京の三日間もすごい楽しかったので、充実した9日間でした。

 その後はひたすら仕事に打ち込んだ気がする。計画通りには行かなかったけどさ、ちょっとがんばったかなあと思うし。

 あとはね、とうとう本棚を買ったので、これから、本の整理が楽しみ。
憧れの本のお部屋。そして、お客さんはあんまり来ないけど、我が家をね、友達来たときなんか、「だらだらルーム」にしたいんだあ。
 勝手に本読んだり、テレビみたりしてね、だらだらりんとするのだ〜。

 ほんで、ちょこっと小腹がすいたらご飯を出したり、お茶を出したりっていうようなそんな空間を作りたいんだわって、一番だらだらしたいのは実は自分ですが。

 今年の夏もいい夏でした。基準は何かよくわかりませんが、去年も楽しかったけど、今年もいい夏さ。

 去り行く夏・・・寂しい気がするけど、まだまだ秋にむけてひとがんばりしなくっちゃいけないので、さみしーなんて言っている場合じゃないのでした。

分析(2004/7/18)

自分についてちょっと分析というか、反省しよう。
長所
・明るい・元気・よく眠れる・人づきあいが好き・遊びすき・よく食べる・集中力がある・いやな思い出はすぐに忘れる・どこでも順応できる
・読書好き・新しい料理にチャレンジするのが好き

短所
・整理整頓が苦手・おおざっぱ・大事なことも忘れる(笑)・すぐにパニックになる・持久力がない・朝起きられない・だらだらしている・あまりまじめではない・許容範囲がせまいときがある・あまり物事を考えない・優しさが足りない・気がきかない・体力がない・ものごとをケイゾクできない。etc・・・

ああ、欠点ばかりが目について悲しくなってきたので終了って、自分を見つめることすらこわくてできない小心者でした。
これもまた欠点だな。

たまには(2004/7/11)

 たまにはじぃっとして、心の中をかしゃかしゃと整理整頓。
ああ、心の中、いろんなものがごちゃごちゃしている。
 大切にしてたけど、もう片付けなきゃいけない気持ちやこれからも大事にしておかなきゃものや一つ一つ手にとって整理した。
 ちょびの思い出は、特別な「大事箱」にいれていつでも思い出せるようにしているけど。
 
 でもね〜、あたしの心の中は、楽しいことの方が圧倒的に多いんだよ。これからも、楽しい思い出をいっぱい作るんだ〜って、片付けながら思ったんだよね。

 思い出に頼るわけじゃないけど、ふふ、これ以上に楽しい思い出をもっとつくるんだもんっていう未来への糧にする意味もこめて。

役にたつ料理本って・・・(2004/7/3)

 自慢じゃないけど、料理本はたくさんもってます。ってか、料理本を見るのが好きで、実力はどうかと聞かれると、あははと頭をかくしかないんですが、料理本は、三種類に分かれると思うのです。

1 みてて楽しい本
 ケンタロウの本や高山なおみとか、長尾ともことかみていて料理を作りたくなる。生活の延長上の料理を感じられる本。カフェ本なんかもその典型ですね〜。これを読んでやる気をだす系?

2 ひたすら料理が並んでいる本
 ずばり、しあわせクッキングのことだけど、料理の種類は、多いし、栄養のことや献立や読んでいるだけで楽しい。けど、この本には作り手があんまり感じられないのです。「上手に料理を作る方法」が書いてある。新作チャレンジや食材の利用の幅がひろがります。うーん、私にとっては修行本?

3 本当に役に立つ本
 私が料理を作るときに本当に役に立つのは「小林カツヨの料理の辞典」とNHK出版から出ている「21世紀に伝えたいおかず100」でしょうか。この2冊は、「あたりまえの料理がすぐにひける」という点です。そして、小林カツヨさんの方は、食材があまっているときに逆に献立を考えることができるので、とても重宝。一家に一冊といってもいいと思います。
私にとっては、実用本

 ということで、明日もアマゾンから料理本が届くわー。

 自分がもっている料理の本全部作ったら、もうあたしは料理の達人になっていることでしょう。本を買うだけじゃあ料理はうまくならないのはあたりまえ〜。(涙)

さえないなあ(2004/7/2)

 金曜の夜です。ほんとは、たくさん予定をたてていた。洗濯したり、そうじしたり、手紙書いたり・・・でも、疲れちゃって動けない。テレビ観ながら床に転がっているあたし。おなか痛くて、じーいとしているあたし。体がこわばっている。心も動かない。
あーあ。さえないなー。部屋ちらかり放題だし、ご飯も適当だったし。肌もがさがさだし、髪もぼさぼさ。鏡にうつった自分のぶすさ加減にくらくら。

 つまりは、今日はねた方がいいってことだねー。

みんなにもこんな日があるのかな。
そして、そんな日は、激しく落ち込んだりするし、すべてに投げやりだー。

はあ。明日は、いい日になりますように。
弱音をはいてみました。

だって、そのためのぶつぶつコーナー。

満足(2004/6/30)

 銀色夏生のつれづれノート13を読んでいて、2月11日の日記に
『ふりかえって思うに「恋人ができたからもう幸せ」とか、
「仕事で成功したからもうしあわせ」とか、「結婚したからもうしあわせ」とか、「どんとお金を稼いだからもうしあわせ」とか、「子どもができたからしあわせ」ってことはまったくなかった。確かにいっときは嬉しいけど、それはいつもいっときだけ。しあわせは揮発性だ』

という文章があった。すべてを手にしたことがある、銀色さんだからこそかける文章だ。

 そのことに、うすうす気がついていて、自分がどうなったらしあわせなんだろう、旅行行っても、高価なものを買っても、やりたいことをやっても、おいしいもの食べてもいつもそれは一時的なものに過ぎないと。

 でも、やはり人間だから、しあわせを実感してい生きていたいと思うけど、一体どうなったら自分がしあわせなんだかもよくわからない。

 今の私は、健康で、仕事も順調だし、友達もいる。自分の時間もあって、好きなこともできる。家族も元気で、お金の心配もとりあえずしない生活ができている。十分幸せだと思うけど、それでも、「結婚しないとこの先不幸になる」とか「子どもがいないまま独りでい続けて不幸になるかもしれない」とか、
そういうことにしばられてしまう。

 浅はかだと思う。

 わたしは、タイプ的に「こうやりたーい」と思ったことに向かって燃えているときが一番幸せで、それが達成できたら、次に向かえばいい。

 とりあえず、「今日のしあわせ」と「明日のしあわせ」と「やりたいこと」を求めていれば、わたしはこの先、ずっとしあわせでいられると思う。もちろん、それは家族のしあわせと友達のしあわせやわたしのかかわっている人たちのしあわせが前提だけど。

 しあわせは揮発性で、すぐ消えて、心の満足感も薄れてしまうけど、そしたら「もっと」と求めようと思う。それが、かなわなくなったら、また、新たな希望や野望を燃やし続けて、追い求めていくことこそが手に入れたことよりも自分にとっては満足でしあわせな状態といえると思ったのでした。

 いや、だから、見えない明日におびえるのはもうやめよう。
見えない明日の中の、自分の意志が明るく道を照らしてくれると信じたいのです。

できないのはさー゜(2004/6/21)

あーあ、なんでできないんだろう・・・と思うことがたくさんある。
例えば畑仕事や、きれいな板書や、研究のこと、陸上の指導や水泳の指導、書写や図工や英語とか、とにかくできないことがいっぱいあって、いつかできるようになると思っていることも結局13年もこの仕事やってるのにできないってことも多すぎて
いやになるというか。

 とかなんとかいって、落ち込んでいると、「でも、ピアノ弾けるじゃないですか」と。。。ピアノは子どもの頃から練習していたから・・・あっ、そうかー、そういうことだよねー。やらないからできないんだよね。

だったらやればいいじゃん。わかんなくても、とにかく今できそうなこと練習してみればいいじゃん。

と考えていたら、まだまだ勉強しなくちゃないこともがんばらなくちゃいけないこともいっぱいあることに感謝かもしれないって
思えば、少しは気が楽になるかも・・・
と自分を慰めてみたりしました。

微妙に幸せ(2004/5/9)

 エスプレッソマシーンと低反発マットをアニからもらった。
いつもの睡眠、いつものコーヒーの時間がちょっと楽しくなる。
そして、きっとこれも当たり前になっていってしまうのだろうけど、とりあえず今は、楽しい。
 
 このごろ、こんな「微妙に幸せ」というものを大事にしたいなと思う。それは、「手入れ」だったり、「一手間」だったりして特にそれをやったから特別どうのこうのというわけではないけど何気に気持ちよいみたいな。

 例えば、私はパジャマ、シーツ、など洗濯したもののほとんどに全部アイロンをかけるんだけど、手間はかかるけど着たときの心地よさがいいとか。別に、アイロンかけたってかけなくったって一度着たら洗濯しなきゃないんだし、変わらないといえば変わらない。(いえ、家の中とか全然かたづいてないし、机の中とかも乱れまくっています。)だけど、そんな一手間で、最初の一瞬でもちょっとの気持ちよさが味わえる。幸せなんて、そんな一瞬一瞬の積み重ねなんじゃないかと思うのです。
 朝ごはんにインスタントラーメン食べたって、おいしい手作りの朝ごはん食べたっておなかがいっぱいになるのは一緒だけど、そこにある「おいしい!楽しい!」の気持ちは全然違う。

 そんな「微妙な不幸」は、結果的に蓄積されて大きな不幸になってしまうだろうし、「微妙に幸せ」も蓄積されていくんじゃないのかなと思うのです。

 そういう手間をちゃんとかけて生活していきたいなと思う今日このごろでした。

 でも、道のりはあまりにも遠いですけどね。(笑)

失ったものが大きかった春でした(2004/4/21)

 この春は、大切なものがなくなっちゃう春でした。
びっくりするような喪失感に、心も体も驚いて、動けなくなってしまいました。心の整理をするのに時間がかかり、仕方がないとあきらめたり、割り切ったりすることもなかなかできず、
部屋の整理をして気を紛らわす日々でした。
 ただ、部屋が整理されていって、どんどん形になっていくのと同時に、自分の中のごちゃごちゃしたものもどんどん整理されて、すっきり。
 燃えないゴミと資源ごみをすべて処理したら、いつのまにか元気が復活していました。そうじセラピー?(笑)
 だって、日々は続いていくんだもん。あたしが、どんなに悲しもうと、落ち込もうとそれと関係なく、世界も周りもどんどん進むんだもん。
 きっと、これからも、大事なものをたくさん失うこともあると思うんだけど、悲しみにうちひしがれつつ、それでも逞しく復活できる私でいたいと思いました。
 
 ミスチルの「くるみ」より

今以上をいつも欲しがるくせに
変わらない愛を求め歌う
そうして歯車は回る
この必要以上の負担に
ギシギシ鈍い音をたてながら
希望の数だけ失望は増える
それでも明日に胸は震える
「どんな事が起こるんだろう?」
想像してみよう
出会いの数だけ別れは増える
それでも希望に胸は震える
引き返しちゃいけないよね
進もう 君のいない道の上へ

余裕って大事(2004/4/21)

一人の人がきちんとむきあって人を育てるとしたら、3人くらいが丁度いいんじゃないかと思う今日この頃。
 今のクラス3人なので、私にもとっても余裕があり、子どもたちもそれがうつっているのかゆったりしていて、いつも笑い声が絶えない。毎日とっても学校に行くのが楽しみで、そして、私は身も心も健康。こんな気持ちで働いて、毎日を過ごせることがとても嬉しい。
 オーバーワークじゃないこと、時間にゆとりがあること、子どもと向き合う時間があること、今私にあるこのゆとりや余裕がすべての財産じゃないかと思えるほどに心穏やかな毎日です。
 そして、とてもゆっくりと子どもたちを育てている。2年生はとっても怒っているけど(笑)「あたしのときと全然違う!」と何かにつけて言っています。これは、2年目の余裕かな。
だって、何やればいいのか、見通しがつくんだもん。
 
 余裕の「裕」は、私の名前でもあって、この感じをこれからどんな忙しくなったとしても、忘れないで心にストックしておこうと思ったので、今日は、ぶつぶつに記しておきました。

伝えたいこと(2004/2/29)

 土曜日のNHKスペシャルで、癌にかかりながらも最後まで学校改革に取り組んだ校長先生の番組をやっていた。
 子どもたちにとって「自信と安心をあたえる授業」を目指して
ひたすら授業に学校改革に取り組む姿勢に、そして、子どもたちに「どう生きるか」ということを必死に伝えようとしていた。

 子どもたちに問いをつきつける。じっくり考えさせて子どもたちの自分の言葉をひきだそうとする。

 自分が何を伝えたいか。それをどのくらいの情熱をもって伝えようとするのか。その気持ちの大きさというか。

 もちろん、教えることの技術+気持ちの部分の大きさって大事よねって。

 それを伝えていただきました。
見ず知らずのそれも、テレビで1時間だけみた校長先生が残してくれたメッセージ。。。
 大切にしたいと思います。

 ご冥福をお祈りします。


愚痴(2004/2/25)

話をしていて、「どうも受け入れられてないなあ」
とか、「相手がうんざりしているなあ」というのを
感じるとき、ストレスを感じるものだと実感。

でも、思った。
相手がしつこいなーと思うとき、しつこくする理由と、
わかりたい理由と、ことを進めたいという理由と、
いっぱいあるんだなと。

だから、人の話に納得できないときは、納得できない理由を
言うべきだし、
聞き手になったときに、何も話さず、うんざりしていることを表わす聞き方はやめようと思った。

今日は、あたしがすごくしつこい人だったけど、
でも、しつこく言っている中で、いろんなことが見えてきて、
物事が動き始めて、
しつこく言ったかいはあったと思う。

「誰かがはっきりさせないと、みんな心で思っているけど、
 ことが前に進まない」
ということがあると思う。

コミュニケーションをおそれないことにしよう。
もちろん、誰かが口を開くのを待っていればそれはそれで楽かもしれ
ないけど、「うるさいなー」とか、「いやな奴だな」と思われても、
自分の意思は、ちゃんと伝えることは放棄したくないと思ったり。

久しぶりに、爆発したので、今日は頭の中がくたくたです。
BBSのレス、朝しまーす。おやすみなさい。



私の手帳(03/02/18)

今日は、今まで作った料理処理日。
昨日の煮物や、この前作った大根サラダや鮭フレークの残りを
食べたので、料理はしなかった。
 
 だから、ちょっと余裕があるので、そういうときは、
手帳に「次に作りたい料理とその材料」をメモしておく。

 はっきり言って、今の生活、スケジュールなしって感じで、
そりゃ、週に1度遊びに行ったり、お出かけしたりはしているけど、
基本的に学校と家との往復で。

 でも、毎年買っているほぼ日手帳は、一日一ページでたくさん書く
スペースがある。幸いにも、今の私には時間がたくさんあるので、
ほとんど「妄想」タイムのように、手帳にいろんなことを書きとめる。

 さっきも書いた、「今度作りたい料理」とか、「欲しいデジカメの機種メモ」とか、雑誌で見つけた一口メモとか、今日観たテレビの感想や、
「欲しいものリスト」、「読んだ本の感想」など。

なんだか、それが楽しくてね。

こうこっちに転勤してきて、すごい田舎に住んで、一人でいろんなこと
あれやこれやと想像する時間が増えて、赤毛のアンじゃないけど、
別な意味で楽しみを覚えたというか。

手帳みながら、いろんなこと考える時間がすごく楽しい。
 

仲良く長く気持ちよく(03/02/14)

 昨日新しい携帯電話が届いて、なんだか夢中になって操作を覚えたり、テストメールを送っているうちに、皿洗いも洗濯もせず、ちょっとやらなくてはいけない仕事もせずに夜寝る時間を迎え、寝てしまった。

 朝、目が覚めて、部屋を見ると、とてもすさんでいた。
そういえば、昨日は、ご飯を作るよりも携帯で遊んでいたから、インスタントラーメンなんか食べて、すごい胸焼けもした。そのときはすごく楽しかったかもしれないけど、やな気持ちで目覚めた。

 ああ、そうだった・・・ものでも人でも接するときは、「ちょっと距離を置きながら、少しずつ・数多くというつきあいがいいんだった。決してのめりこむような生活をおざなりにするようなつきあい方をしてはいけなかった・・・」と反省した。

 これは、この前、よしもとばななの「王国2」でも、主人公の雫石が、テレビに夢中になっちゃって、自分の生活と気持ちのバランスが崩れていってしまうという下りにも似ているって思ったんだけど。

 パソコンが普及して、みんながメールやHPに夢中になった99年。たとえば、パソコンの設定やら何やらに睡眠時間を削って不健康になりながらパソコンにのめりこんだり、自分のHP作るのに夢中になったり、お互いの掲示板書き込みにそれこそ生活乱しても(睡眠時間とか、家族サービスとか削ってかなあ)なんとなーくみんなが夢中になってたり。
メールの返信にアップアップになったり。
そして、すっかりHPから足を洗う人や、もういいやって感じになって結局やめちゃうとか。

山のような失敗を経て、今では、その適度な距離感をうまく保てるようになった。
ネットサーフィンしすぎて、後悔することも、毎日山のようにメールを書くこともないし、自分の好きなときに、好きなようにコントロールしながら、楽しくネットしている。

 これから、また、何かに興味もったり、夢中になったりしていくだろう。でも、人でも物でも接するときに大切なことは、「自分の生活」(家族を含めて)を乱さないこと。「仕事」を乱さないこと。「自分の気持ち」を乱さないこと。関わり方はそこまでにして適度に切り上げていかないと、結局、のめりこんで、倒れてしまうのだ。そして、もしかして、本当は、ほどほどのつきあいにしておけば、もっと仲良く楽しく、長くつきあっていけたかもしれないものを、失ってしまうことになるのだよ。

 もし、そうなったときは、もう一度仕切り直せばいい。
「仲良く長く楽しく」つきあえるための距離感を、きちんと測って、それを守って大切に育てる関係って、大事じゃないかなと思うのでした。


今の時期を(04/02/14)

 わたしにとって今の時期をどう過ごすかっていうのは、とても重要かもしれないなあ。だって、今が多分、一番仕事が少ないと思うもん。余裕あるもん。
 今年一年すごしてみて、自分のためにいっぱい時間を使った。まあ、主に家事だけど(笑)

 実は、今まですごいコンプレックスがあって、あたしってご飯も作らないし、そうじも洗濯もいつもためていてだめな奴って思ってたけど、なーんだ、時間があればちゃんとやるなあと気づき、自分のだめだめコンプレックスが一個減った。

 今の時期を引き出しにいろんなものを集める時間にしようと思う。いっぱい本読んだり、仕事のねた集めたり、お料理作ったり、HP充実させたり。。。できれば、恋愛したりと書ければよいけど(笑)

 そういう暇な時期も必要だよねーって思うでした。

 で、なんとなく今は、心に余裕もあって、いろんなことを大らかに受け止めることもできる感じも好き。

 早く盛岡に戻りたいなっても思うけど、でも、この時間をすごく大切にすごしたいって思っています。

大人がまねするから・・・(04/02/04)

 小学校1年生の男の子が開かずの踏み切りではねられたというニュースを見た。
 
 大人がやるから、子どもがまねするんだよー。
大人なら、自分の判断もあって、もしかしてうまくくぐれるかもしれない。でも、それを子どもがまねしたら。。。事故が起きる可能性が大きい。

 その小学生も大人がやるから真似をしたのだろう。

 私も、地元に帰って、小さな道でつい、信号無視したくなるときもある。でも、そこに子どもがいる時は、やっぱりまもる。子どもがまねしたらと考えるから。
 
 それは、自分の職業のこともあるとは思うけど、仕事に関係なく、子どもを育てるってことを社会的に考えて欲しいのだよ。別に言葉にしなくてもいいから。態度で。

 道に痰を吐き捨てるおじさん。たばこを投げ捨てる人、そんな行為を子どもは見ている。

 高学年を担任すると、「自分たちの行動を低学年がまねします。これをまねされてもいいかどうか?低学年の子たちがそれをしてあぶなくないのか、安全に暮らせるのか自分が行動するときにちゃんと考えてください」
と話す。

 「子どもがまねしたら・・・」ということを基準にして、大人はもうちょっと自分の行為というものを考えて欲しいなと思うのでした。