適切な論題

文責:倉島 1997.10.30

価値論題は議論する力を養うには不向き

ディベートの目的を『論理的に議論する力を養う』ことに置いている限り、論題は『日本はサマータイム制を導入すべし』のような政策論題が望ましでしょう。しかし、ディベート研修やディベートサークルの中には、『ペットは幸せか?』のような価値論題を採用している場合も少なくありません。この場合、その指導者がディベートに対して知識が浅いか、ディベートの教育的効果について良く考慮していない場合と言ってもよいでしょう。

 

なぜ価値論題は議論する力を養うには不向きか

価値論題が、『論理的に議論する力を養う』には向いていない理由は、価値論題では議論をかみ合わせることが難しいからです。初心者が、価値論題でディベートをすると、自分の主張を言い放つことに終始してしまい、相手の議論を検証して論理的に反論することができないことが圧倒的に多くなります。こうなると、『論理的に議論する力を養う』ことはできません。

たとえば、上述の『ペットは幸せか』と例にとってみましょう。ここで最大の論点は『幸せ』の定義(基本的に価値論題の場合は定義論争となります)です。当然、肯定側/否定側とも、自分たちに有利なように定義してきます。たとえば、肯定側は『幸せとは生命を脅かされることのない生活が送れること』と定義し、否定側は『幸せとは自由を謳歌できる環境にあること』と定義してくるかもしれません。ディベートでは、この両者の定義を比較してどちらがより正しく『幸せ』を定義しているかを争うことになります。

しかし、どちらがより適切に『幸せ』を定義しているかを論理的に説明することはきわめて難しいことです。なぜならそもそも何を『幸せ』とするかは、論理ではなく個人により異なる価値観だからです。安定した生活を幸せと感じる人もいれば、自由を謳歌できてこそ幸せと感じる人もたくさんいるのですから。このように、価値論題でのディベートでは、相手の議論を論理的に反論するのが難しいので、結局、お互いに自説を主張することに終始してしまうのです。また、価値観にかかわることだけに、最悪の場合、感情的なしこりを残すことになりかねません。これでは、『論理的に議論する力を養う』ことはできません。

したがって、よほどディベートが上達し、価値観にかかわる争点ですら、相手の議論を論理的に検証して、議論をかみ合わせることができるようになるまで、価値論題を『論理的に議論する力を養う』ためのディベートに使用することは控えたほうがよいでしょう。

 

価値論題はどういうディベートに向くか

一方、価値論題はとっつきやすいので、ディベートの目的を『論理的に議論する力を養う』ことに置かない場合は、適切な論題と言えます。たとえば小学生にディベートをやらせて、『人前で意見を述べることに慣れる』とか『議論をすることに慣れる』といったことを主目的に置く場合です。また、英語の学習を主目的に英語のディベートをしたり、ブレインストーミング的な目的でのディベートであれば、価値論題は有効な論題となるでしょう。

 

なぜ政策論題は議論する力を養うのに向くか

政策論題では、『メリット/デメリットが発生するか?』と『メリット/デメリットが、なぜ、どれだけ重要か』という争点で争われます。ここでは、メリット/デメリットがなぜ、どのように、どれだけ発生するかを、論理的に検証することが可能ですし、それが最大の争点となります。したがって、『論理的に議論する力を養う』ことができるのです。

たとえば、上述の『日本はサマータイム制を導入すべし』と例にとってみましょう。肯定側は以下のような議論を展開するかもしれません。『サマータイム制を導入すると、活動時間における日照時間が1時間増えます。したがって、夜間の照明に使うエネルギーが1時間分節約できます。これにより原油換算で、年間xxklの省エネが可能です。』

これに対して否定側は以下の検証をしなければなりません。

以上の点において論理的に検証し、何らかの論理的不備があれば、そこを突いて議論することにより、『論理的に議論する力を養う』ことができるのです。

 

政策論題で価値観を争うことはないか?

政策論題でも、価値観が問題になる場合があります。それは、メリットとデメリットの比較のときです。多くの場合、メリットまたはデメリットの発生する確率と、その大きさを比較して、価値観に左右されない判定を下すことが可能です。しかし、ごくまれにジャッジの価値観により判決が左右される場合もあります。たとえば、メリットが『1人の生命を確実に救える』であり、デメリットが『10億円の費用がかかる』であるような場合です。人一人の生命と10億円のどちらが重要かは、ジャッジの価値判断にゆだねられることになります。

 

議論する力を養うには政策論題を採用すべし

以上のように、政策論題でこそ『論理的に議論する力を養う』ことができます。『論理的に議論する力を養う』ことを目的としているにもかかわらず、価値論題を採用している場合は、その指導者に趣旨を確認したほうがよいでしょう。

 

論題の例

価値論題の例

政策論題の例