ブランクがあって、あの年齢で、永瀬に苦杯を喫しても戦い抜いた吉野はたしかにものすごく偉い。しかし、今回の試合に関しては、吉野の「勝因」よりも河合の「敗因」が目についた。 たしかに判定は微妙なものだったが、あの闘いぶりでは、いくら王者でも負けにされてしかたあるまい。いかにも「お、おれはあの強ぇえ吉野さんと戦っているんだぁ! 」という警戒心が前面に出過ぎていた。 しかし、じつは今回の試合で僕は河合がますます好きになった。ボクシングジムの息子の丈矢は、遅いプロデビューを果たすずっと前から、ボクシングを見つめつづけていたはずだ。河合は、ひとりの熱心なボクシング・ファンでもあった。それほどの駿馬とはいえない河合が日本の王座についたのは、自分を客観視できる「ファンの目」の力も大きかったのではないか。 それが今回は裏目に出たのだ。「吉野弘幸の左フック」と対峙せざるをえなかった河合は、ファンの頃、またグリーンボーイの頃見た「吉野」と戦ってしまったのだろう。10回終了のゴングがなった時、河合はリング上にへたり込んだまま、吉野が抱き起こすまで立てなかった。 まだ判定が出る前だ。試合はたしかに熱戦だったが、河合が立てなくないほどのものではなかったと思う。試合中に河合が感じていた「吉野」の圧力がいかにものすごいものだったかを示すシーンだったのだろう。 好漢・吉野には、僕らマスコミには時に冷たいことを書かれようとも、つねにファンの後押しがある。だが、この夜一番吉野を尊敬してくれたのは、河合丈矢だったはずだ。吉野は、当たり前だが、上機嫌だった。
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