[戦評]▽WBC世界バンタム級タイトルマッチ12回戦
 
☆9月1日・横浜アリーナ
 
               王者 ウィラポン・ナコンルワンP 引き分け 挑戦者 西岡 利晃
 
116-113
114-114
113-115

mario's scorecard

ウィラポン        

9
9

9
10

10

10

9

10

10

10

10
9
115

西岡 

10

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10

9

9

9

10

9

9

9

9

10

113
 
 
mario kumekawa

 これは、価値あるドローだった。「価値ある」というのは、「次につながる」という意味では、必ずしもない。もちろん、西岡の次回世界挑戦にも大いに期待できるとは思うが、まずは、ウィラポンという歴史的大豪と引き分けたという事実、しかも、一年前には完敗を喫した西岡が、ここまで頂点に肉迫したということは、本当にすごいことだ。

 ウィラポンは、バンタム級の歴史においても大きな足跡を残す偉大なチャンピオンだ。しかも、ボクシングとは直接の関係は無いとはいえ、ムエタイにおいてもスーパースターであり、類稀な格闘技センスと自己調整能力を持った名選手である。僕の個人的な評価では、エデル・ジョフレやカルロス・サラテの域は分からないが、ルペ・ピントールやジェフ・チャンドラーに匹敵する歴史的重みを持った王者だと思う。すなわち 西岡は昨夜、あの無冠の巨人・村田英次郎に並んだといってもいい。

 僕は食中りを起こすなどして、今回の試合は展望記事が書けなかったのだが、時間と体調が許せば、「前回よりは接戦になるだろうが、西岡が勝つのは難しいだろう。前回の対戦で露呈した勝負度胸は、簡単には克服できまい」という内容の記事を書くつもりだった(ただし、勝負度胸」が本当に「精神力」に属するのかは分からない、とも書くつもりだったが)。

 しかし、今回の西岡はしっかりと、スピーディな踏み込みを見せ、打ち合うべきところでは果敢に打ち合ってしばしば成果を上げた。技術、スピード、そして集中力において、各段の進歩を見せていた。僕は今まで、帝拳ジムというジムはその素晴らしいプロモート力とマネージメント力と比較すると、技術的指導力はややツメを欠く(島本、八尋、葛西、大和など、多くの高校エリートが、それなりに育つものの、最終的な大成にいたっていない)、という印象を抱いていたのだが、今回は恐れ入った。この一年間の西岡の進歩は、本田会長の思慮と勇気あるマッチメークと、葛西裕一トレーナー、浜田剛史臨時コーチの指導力の賜物でもあるだろう(これは脱線だが、西岡がジムを移籍せずに今回の試合ができたかどうかも考える価値がある話題だろう)。

 ウィラポンは小柄な上にもともとスピードがそれほどあるほうではないが、ジャブ、左右フックおよびアッパー、右ストレートと、多彩なパンチを的確なタイミングで打ち分けることで強敵を寄せ付けずにやってきた。しかし、コナドゥに初回で倒されて唯一の黒星を喫しているように、やはりリーチのあるパンチャーが厳しい(軌道がまっすぐで、スピードの乗った)ロングトレートを打ちこんでくれば、試合は楽ではない。サウスポーの利もあって、西岡はウィラポンにとっては苦手のタイプたりえるのだろう。

 今回の西岡は、まさにウィラポンが嫌がる戦術を遂行した。速い、踏み込みのあるジャブでロングレンジを制し、焦り気味のウィラポンが強引に出てくるところに左ストレートをインサイド、あるいはクロス気味に打ちこんだ。

 しかし、さすがはウィラポン、中盤には左右アッパーとボディーブローである程度西岡の身体にコンタクトすることに成功した。試合後「ウィラポンはパンチはない」と西岡が言い放ったのは頼もしいが、明らかにウィラポンのボディーブローは効を奏した。西岡の足が鈍り、接近戦の打ち合いを強いられる場面が増える。

 僕は「ここまでか」とも思った。しかし、ウィラポンが距離をつかみかけても、西岡はずるずるとはいかなかった。しばしば背中を丸めながらも足が完全に止まることは無く、打ち合っても打ちすえられることはなかった。たしかに、一発の威力は西岡が上だった。劣勢の流れで迎えた最終回を歯を食いしばってのロングパンチで奪ったのは、西岡の底力が本当に世界のトップに達していることの証明だったろう。

 さて、今後だが、もちろん期待できる。この内容でウィラポンと引き分けたことは、もうほとんど世界チャンピオン、あるいはそれ以上の力がある証明だろう。ウィラポンとの初戦を見たときは、僕は西岡の実力が本当に「世界」レベルなのかは疑問だった(「才能」はともかく)。その疑念は、完全に払拭された。

 ただ、「次はKOできる」という西岡の言葉を実現するためには、まだ何かが足りない気もする。ひとつには、ウィラポンは、今回けっして好調ではなかった。予備軽量では体重をオーバーしたウィラポンは試合でも明らかにスタミナを欠き、1秒でも長くイスに座っていようとしていた。また、序盤からすでに集中力を欠き、ローブローや西岡の頭を抑える反則をくり返した(これはまあ、タイの「伝統」でもあるが……)。もちろん、これらは、すでに32歳のウィラポンの衰えの徴候かもしれない。

 ウィラポンは「再戦は? 」の問いに「いつでもやる」と答えた。これだけの苦戦、ダウン寸前に追いこまれたシーンもあった試合の直後、32歳のボクサーには簡単に吐けるセリフではないと思う。ウィラポンが一度破ったからといって西岡をナメていていたとは思えないが、今回の苦戦をバネにできないほど衰えているようにも見えなかった。今回の試合の「引き分け」はいくらたたえてもあまりあるが、やはり「勝ち」の内容ではなかった、と思う。

 畑山がこのまま引退してしまうとしたら、西岡は非ボクシング・ファンをも大勢ボクシングのリングにひきつけることのできる、ほとんど唯一のタレントだ。本物の王者(ウィラポンのような)を豪快にKOして、長く語り伝えられる伝説のチャンピオンになってもらいたい。なんだかんだ言っても、落胆は大きく、実際にまた一歩を踏み出すには足が重いかもしれないが、ボクシング界の期待はますます大きくなっている――。


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