●ウィラポン・ナコンルワンプロモーション対西岡利晃

 (WBC世界バンタム級タイトルマッチ:6月25日・加古川市)

ウィラポン

27歳

16勝7KO2敗1分

西岡利晃

24歳

23勝14KO1敗1分

 

タイプこそ違え、ポスト辰吉の一番手にいるのが西岡であることは間違いない。豊かな天分を感じさせるスリリングなボクシング、「おもろい」キャラクター、そして何よりバンタム級であること……。西岡がウィラポンを倒せば、辰吉の仇を討ったことになる。そうなれば、かつての辰吉ファンも西岡の支持者へとスムースに移行してくれるだろう。

それだけに、今回の試合の注目度も大きい。かねてから一部では「天才」と呼ばれてきた西岡が、辰吉を2度までも失神させたウィラポンに挑むのだ。日本のボクシングファンなら胸騒ぎがして当然だ。

「スター誕生」の可能性はどれくらいあるだろうか? この試合を予想するには、いくつもの不確定要素がある。

まず、辰吉戦でのウィラポンの「強さ」はどこまで本物だったのだろうか、という問いがある。たしかに、接近戦で精妙な距離感を発揮し、辰吉を好きなように打ちまくったウィラポンは鬼神のように強く見えた。しかし、あれはひょっとすると、辰吉のファイタースタイルがウィラポンにとってきわめてやりやすかったのかもしれない。しかも、辰吉には衰えもあったかもしれない。

しかし、そういう要素を「割り引き」しても、ウィラポンは強い王者だと言わざるをえない。中間距離でパンチを交換する際に見せる抜群の距離感とタイミング。冷静にベストの戦術を選択するクレバーな頭脳。ウィラポンはやはり、ムエタイの偉大な実績もなるほどとうなずかせるだけの、抜群の打撃格闘技センスを持っている。

一部に、「コナドゥ戦であっけなく倒れたウィラポンがそんなに強いとは思えない。」という声もある。なるほど、コナドゥ戦や、ムエタイ時代のセムサン(現WBF王者)戦でのKO負けは完膚なきまでのものであり、「もろさ」を感じさせるものだった。しかし、コナドゥ戦、セムサン戦はすでに遠い昔のことであり、しかもセムサン戦はあくまでもムエタイでの出来事だ。

つぼにはまったときのコナドゥのパンチ&攻撃センスは、バンタムでは圧倒的なものがある。あのアブラハム・トーレスが、コナドゥには同じようにあっさりと粉砕されているが、トーレスを「もろい」と言いきることはできまい。また、ヒルベルト・ローマンも、コナドゥに何度もダウンを奪われて王座を追われているが、「ローマンのディフェンスには穴がある」と言う人は、もはや僕とはボクシング観を共有していない。

そういう別格的なファイター、コナドゥに敗れたことを、あまり期待材料にするわけにはいかない。まして、ウィラポンはそれ以外は全勝なのだ……。やはり、西岡の挑む王者は屈指の強豪王者であると言わざるを得ない。

一方、西岡の方には、より大きな「不確定要素」がある。まず、これまで西岡が戦った相手の中では、せいぜいのところ岡本泰治が最強だったと言わざるをえまい。岡本の重厚で男っぽいファイトぶりは僕も大好きだが、客観的にみればやはり、岡本はジェス・マーカにも完敗した選手で、世界的にはB級かC級のボクサーということになる。西岡がこれまで見せてきた強さは、ウィラポンを相手にしても発揮される保証はない。

しかも、西岡は典型的なジムファイターである。「スパーリングは世界王者級」と言われて久しいが、まだその力を実戦で見せたことはない。逆に言えば、だからこそ「未知の部分」に期待が集まるわけだが、ジムファイターが実戦で(まして世界戦で)突然ポテンシャルを十分に発揮したなどという例は、少なくとも日本のリングでは皆無なのだ。

根が慎重な西岡は、格下の相手には、鋭い攻撃勘や逆転KOの能力などを見せるが、おそらく、ウィラポンを前にしては(岡本戦のように)アウトボクシングに終始するだろう。だが、西岡のアウトボクシングは、たしかに足は速いが攻防分離型で、「逃げ」一辺倒になる危険が大きい。

西岡が自分から試合を作りに行ける場面があるとしたら、サウスポーの左ストレートがいきなり強くヒットした場合だろう(コナドゥにも、ストレート一発で痛烈なダウンを奪われている)。しかし、ウィラポンは特にはサウスポーを苦手にはしていない。距離把握の点で西岡が常時優位に立つことは考えにくい。とすれば、ウィラポンに致命傷を与えるような左ストレートを、西岡が放つことはきわめて困難だろう。

そして、西岡の打たれもろさにも不安は残る。たしかに回復力があり、カウンターからの逆転KOの「名手」である。しかし、辰吉戦でのウィラポンの冷静なツメを思い出してみてほしい。あのウィラポンが、西岡の逆転ブローを食うだろうか?

むしろ、西岡のもろさへの不安の方が大きい。コナドゥ戦がウィラポンの弱点を示しているというのなら、中村正彦戦で失神KOされた西岡の姿の方が忘れ難い。(いずれにしても「過去」の話だ……)

以上を考え合わせると、僕は「辰吉2世」の誕生には非常に悲観的にならざるを得ない。しかし、不利な予想を跳ね返しての鮮やかな王座奪取こそスター誕生にふさわしいのも確かだろう。快挙達成を祈る。

 


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