●戸高秀樹対ヨックタイ・シットオー

 (WBA世界S・フライ級タイトルマッチ:4月23日・名古屋レインボーホール

戸高秀樹

27歳

16勝7KO2敗1分

ヨックタイ・シットオー

24歳

23勝14KO1敗1分

 

特別な武器があるわけではない戸高にとって、少なくとも「どすんパンチ」という決定的な武器をもつヨックタイは不気味な相手だ。加えてこのタイ人は、すでに世界王者としての経験がある上に、戸高より3歳も若いのである――。

ヨックタイの名がはじめて日本のボクシングファンの知るところとなったのは、1996年8月。アリミ・ゴイティアを8回KOに下してWBA世界S・フライ級王座を獲得したときだった。当時無敗のチャレンジャーだったヨックタイは、南米の強打王にぐいぐいと攻め込み、ボディストレート一発で悶絶させた。飯田覚士を豪快にマットに沈めたゴイティアが惨めにマットに転がったシーンは、「またもタイに怪物的王者が出現した」と思わせたものだ。

しかし、ヨックタイはカオサイ・ギャラクシーにはなれなかった。97年3月、飯田の挑戦を受けたヨックタイは分の悪い引分けに終わり、同年暮れに行われた再戦では接戦ながら判定で飯田に王座を奪われてしまった。飯田のアウトボクシングを捕らえきれず、初回には見事なストレートを食らってダウンも喫したヨックタイは、「意外に鈍重」との印象を残した。

飯田に王座を奪われて以来、ヨックタイは9連勝(6KO)と立て直してきた。結局、これまでヨックタイが勝利をおさめることが出来なかったのは、飯田との2試合だけということになる。とすれば、飯田戦にヨックタイ攻略の糸口を見つけられるかもしれない。

あの時のヨックタイを思い出してみよう。飯田との2試合では、ヨックタイは持ち前のパワーパンチを出すことがあまりできなかった。その爆発力の片鱗が見えたのは、第2戦の終盤、完全に足が止まった飯田をぐいぐい追い上げた場面だけだったろう。それ以外の場面でのヨックタイは出足が鈍く、飯田の足についていけなかった。足の位置がはっきりしていないときのヨックタイのパンチはそれほど怖くはない。タフな戸高なら、ワンパンチでもっていかれることはないだろう。戸高もステップワークは悪くない。ヨックタイに両足を地に着けた攻撃を許さなければ、楽勝の目も出てくるかもしれない。

だが、楽観してばかりもいられない。やはり、ヨックタイのパワーはこのクラスでは驚異だ。とりわけ、ヨックタイ得意のボディー打ち(時にローブローも交える)に、戸高の足が止まることがあれば、そこから先は地獄の展開が待つことになるだろう。実際、ロハス戦、名護戦と、戸高は終盤に動きが落ちている。

相性の問題もあるだろう。飯田は一見して凄みのある世界王者ではないが、頭脳的で、しかも変則的な動きの持ち主だった。しかもサウスポーだ。相手にとってはきわめてやりづらいタイプのボクサーだったのだ。その点、右ボクサーファイターの戸高は条件が違う。

ボクシング技術、スピード等では飯田に優るとも劣らない戸高だが、左右の違いは大きいかもしれない。噛み合ってしまったら、ヨックタイの強打を正面から受け止めなくてはならない。そうなると、パワーでは明らかに戸高は不利だ。

そんな挑戦者ヨックタイに対し、戸高はどんな戦いを挑むのだろうか。戸高の戦術にとって、決定的な存在であるマック・クリハラは、「先に下がり出したほうが大きなトラブルに陥る」と予想している。しかし、この言葉は額面通りには受け取れない。真っ向から打ち合ったらヨックタイに有利なのは、明らかなことだ。むしろ戸高はある程度距離を確保し、ヨックタイ最大の武器であるボディーブローの被弾を最小限に押さえねばなるまい。おそらく、「打ち合っても負けない」と思えるくらいの、気力と体力を作り上げておくことが勝利の前提条件だ、とクリハラは考えているのだろう。

実際には、戸高は出入りの激しいボクシングで、ヨックタイのペースをかき乱しにかかるだろう。そこで注目されるのがヨックタイの調整度だ。過去3年9連勝6KOのヨックタイだが、つねに格下が相手で、試合内容はけっしてよくたい……じゃなかった、よくない。今回の試合に向けてのトレーニングでも「不調」説が周囲に聞こえていたという。

心身ともに充実しているときのヨックタイなら、対飯田第2戦のように戸高を追うかもしれない。まして、足を使う相手を追いつめる術は、今回久しぶりに参謀に付くイスマエル・サラス・トレーナーの秘伝とするところだ。だが、過去の挑戦試合のヨックタイのままなら、戸高はおいしい挑戦者を迎えたことになる。若くして頂点を極め、今では3つのジムのオーナーだというヨックタイが、今回も心身を研ぎ澄ましてこられるのか。最大の勝負のポイントはそこだろう。

無冠の3年間が、ヨックタイに飢餓感を教えていれば、怖いチャレンジャーだ。しかし、24歳にしてすでに半分人生に満足しているのなら、まだまだモチベーションの強い戸高が動き勝つことになるだろう。。

 


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