[戦評]▽WBA世界S・フライ級タイトルマッチ12回戦
 
☆10月9日・愛知県体育館

○挑戦者 レオ・ガメス KO7回 ●王者 戸高 秀樹  

2分13秒

mario's scorecard

戸高 秀樹       

10

9

9

9

10

9

 

レオ・ガメス 

9

10

10

10

9

10

KO

 
 
mario kumekawa

 戸高はまさに“ビッグハート”だ。これまで、数々の強敵を最終的に打ち破ってきたのは、そのハートの強さだったと言っても過言ではあるまい。いっぽう、リング上で“ハート”に最も強力に対抗するものの一つに、“年輪”がある。ガメスは戸高の体力やスピードに屈することはあっても、「気迫」に圧倒されることはないだろうと思われた。

 それだけに、両者の「素」の強さが示される、そんな期待感を持って、僕は試合開始のゴングを聞いた。

 戸高の立ち上がりはじつに良かった。両者ともに、予想されたほど前には出てこないが、戸高は得意の大きな右や左ジャブをきっちり放ち、プレッシャーをかけている。ただ、ガメスが突き上げる右アッパーの鋭さだけが不気味だった。横沢の前歯を折り取ったシーンが脳裏をかすめる。

 2回、そのアッパーが戸高のアゴをとらえた。戸高はしっかりした表情だが、足が動かなくなる。一気にガメスが流れをつかみはじめた。やはり、ガメスのパンチのメカニカルな強さは健在だ(やはり、一発の衝撃力は勇利アルバチャコフさえもはるかに凌ぐと言っていいだろう)。しかも、ガメスは自分のパンチがクリーンヒットしても、完全な打ち合いには持ちこまない。このへんはファイターと言ってもさすがベネズエラ人だ。

 3回以降は、ほとんどワンサイドに近い内容になってしまった。戸高は足の踏ん張りが利かず、攻撃は単調になり、ディフェンス面でもフットワークがなく立て続けに痛打を浴びる。

 戸高は、とにかく体格の利を生かしたい。ガメスを後退させ、疲れさせなければ、打撃の技術ではかなわない。逆に後退さえさせれば、ガメスはじつに心細そうなステップになってしまうのだ。パンチが当たらなくとも、相撲のように押していきたかった。

 しかし、戸高の体力的強さは、ガメスも十分警戒していたようだ。5回、6回と戸高は押し込もうとするが、ガメスのようなベテランが距離を取ることに徹した上、ガードまで固められては難しい。標的としては小さい体も、ガメスにとっては幸運だった。一息つくと、戸高は再びガメスの正確なパンチにさらされた。

 それにしても、戸高は良く耐えた。これほど強打に耐えつづけるファイターを見たのは誰以来だろう? アレクシス・アルゲリョ戦のアーロン・プライアーでも、こんなには強打を呑みこまなかった。戸高がマットに崩れた瞬間、タオルも投げずにマットに踏み入った松尾会長の心中は察するにあまりある(しかし、会長がリングに入った瞬間に試合が終わったはずだから、戸高はKO負けではなく、失格負けではないのか? まあ、負けは負けで、どうでもいいのかもしれないが)。

 普通、これだけ強打に耐えれば、むしろ勝機が膨らんでくる。相手の方が心身とも疲れて、反撃の芽が膨らむからだ。しかし今回は、ガメスの年輪がそういう危機を巧妙に回避した。

 とにかく、3ラウンドあたりに、戸高のアゴの付け根の骨が折れたという話が事実なら、本当に信じられないほどのガッツだ。しかも、敗戦後は(話はできないまでも)涼しい顔で立ち上がり、去っていった。もし、今回で体を壊していなければ、この心身のタフネスはやはり強力な武器だ。戸高の無事と再起を祈りたい。

 結果的には、戸高は今回、マック・クリハラの指示通りに戦えなかった。すなわち、「ガメスよりも手数を出す」という作戦を実行できなかった。やはり、クリハラの洞察は正確だったのだろう。打ち合いのテクニックはガメスの方が上だ。パンチも強い。手数と体力で封じるしかない、というのがクリハラの結論だったのではないだろうか。こういう結果が出てしまうと、たしかに序盤、初回からもっと果敢に攻めるべきだったのかもしれない、という思いは残る。

 戸高は、落ち着いたスタートを切ったように見えた。だが考えようによっては、過去の世界戦で見せた“飢えた痩せ犬”のようなメンタルが薄れ、小さな老雄ガメスを「迎え撃って」しまったのはないだろうか。あの、開始ゴングとともに振られる、なんとも貫禄のない大ぶりの右こそが「王者戸高」の象徴だったのかもしれない。

 一方、丸一年以上のブランクがありながら、今が絶頂の若い王者戸高をノックアウトして4階級目の世界王座を奪取したガメスは、いかにWBAに優遇されているとはいえ、まさに偉大の一言につきる。折りにふれて、この歴史的ボクサーを目撃できたわれわれ日本のボクシングファンは、幸運を感謝しなければならないだろう。

 


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