●辰吉丈一郎 対 ウィラポン・ナコンルワンプロモーション

 (WBC世界バンタム級タイトルマッチ:12月29日・大阪市中央体育館)

辰吉 丈一郎

28歳

17勝12KO4敗1分

ウィラポン・ナコンルワンプロモーション

30歳

20勝14KO1敗

 

これはなんとも楽しみなカードである。
ウィラポンは、辰吉というボクサーの持つ華やかな魅力をぞんぶんに引き出してくれるタイプのボクサーなのだ。

小柄だが上質の筋肉に覆われた上体をリズミカルに動かし、ウィラポンはいなせに攻め込んでくる。格闘技の国タイの人気者にふさわしく、戦うことを楽しんでいるムードさえある。

ムエタイの大スターだったウィラポンは、プロ入りわずか4戦目で同国人のダウルンを判定で攻略し、WBAのバンタム級王座についた。国際式のキャリアでははるかに上回る王者ダウルンを相手にまったく臆するところなく、むしろ嬉々として攻撃していったウィラポンの姿に「闘将」という言葉が浮かんだものだ。

戦うことが好きという点では、我らが丈ちゃんも人後に落ちない。この一戦は、日タイのスターボクサー双方にとって、そのキャリアの終盤(?)を飾るにふさわしい好勝負になるだろう。

予想もまったく予断を許さない。日本国内では、辰吉の体格とパワーに期待する声が強い。J・フェザーでも世界戦の経験がある辰吉は、バンタムではたしかに体が大きい。最近のソーサ戦、アヤラ戦でも、体格の利はたしかにあった。ウィラポン本人も、辰吉戦が決まる以前から、「辰吉の方が体が大きく、パワーがある。もしやったら、少し向こうが有利かな」と語っていたものだ。

さらに、ウィラポンが過去唯一の黒星を喫したナナ・コナドゥ戦で、ガーナ人の強打にあっさりマットに沈んでいる試合がWOWOWで放映されていることなどから、「ウィラポンは打たれもろくもある」という評価が広まっているようだ。「辰吉の痛快なKO勝利が見られるのでは」と期待する声も多い。

だが、ダウルン戦などを見ると、ウィラポンは打たれ弱くはない。むしろたくましいファイターだ。コナドゥのパンチは、バンタムではまったく別格なのである。あのアブラハム・トーレスを朽ち木のように倒した攻撃力は、辰吉にはない。シリモンコン戦では、減量に失敗した王者にボディーブローが思いっきり効いたが、もともと辰吉は一発でテンカウントを聞かせるほどの強打者ではない。ウィラポンは、相当に連打されない限り、辰吉の攻撃には十分に耐えるはずだ。

辰吉の「体の大きさ」は、むしろ打たれ強さと押しの強さの方に発揮されるだろう。どちらかがワンサイドに相手を打ち据えるシーンは、簡単には訪れそうにない。激しい攻め合いの果てに、どちらが優位に立つかが徐々に決まっていくだろう。

したがって、細かい戦術プランが勝敗を分ける可能性もある。辰吉側の菅谷トレーナーは「出入りの激しいボクシングで、正面からは打ち合わない」としている。これは基本的には良いプランだろう。接近戦の攻防のテクニックはウィラポンに一日の長がある一方、辰吉の方が動き全体のスピードでは上だからだ。

単純に真っ向から攻め合ったら、いずれ辰吉の攻撃は読まれ、ウィラポンの小さくて正確な右ストレートが辰吉の顔面を小突き続けることになるだろう。そうなれば、グロッギーになったり、顔面が切れたり腫れたりする心配が出てくる。辰吉は回り込むフットワークを多用して、サイドから左フックをボディーから顔面へダブりたい。

勝負の最大の鍵は、辰吉のフットワークが単なる逃げの足にならないかどうかだ。オールラウンド型の辰吉ではあるが、最初から最後までアウトボックスし切るだけの力量はない。やはり辰吉は基本的にはマイク・タイソンと同様、前進していてこそ強いファイターなのだ。かなり力の差が合ったソーサ戦でさえ、安全策のはずのアウトボクシングが終盤墓穴を掘りそうになった。ウィラポンを相手に後退し続けたら、危険はソーサ戦よりもはるかに大きい。

辰吉にとって難しいのは、この、アウトボックスしながら攻める姿勢を終始保てるか、という点だろう。サイドへサイドへとまわりつつ、しかし攻める姿勢を失わなければ、ポイント勝ちする勝算が見えてくる。しかし、疲れたり、ペースを乱すなどして乱打戦ということになると、ウィラポンの上手さが次第に辰吉を切り刻むに違いない。

不確定材料は、ウィラポンの30歳という年齢だ。このところのウィラポンは、やや動きにスピードが欠けているようにも見える。これが、単に「格下用の調整」のためなのか、年齢的な衰えなのかは、彼がリングに上がってみないとわからない。願わくば、ベストに仕上がったウィラポンと辰吉が期待通りの華やかな攻め合いを演じてみせてほしいところだ。

 


コーナー目次へ