●見果てぬ夢が現実になる時
未曾有の大事件だらけだったニッポンの95年は、土壇場になってボクシング界に
まで波及した。
竹原がカストロに勝つとは、それも完勝するとは、まったく予想できなかった。
「恐れ入りました」のひと言である。
「カストロは竹原をなめきっており、ボディーもたるみ、調整が不十分だった」と
か、「ハグラーやモンソン、ロビンソンが支配していたミドル級と今のミドル級と
はレベルが違う。ミドルも落ちたものだ」なんていう声も聞こえてくる。そうかも
しれない。しかし、それは試合前からわかっていたことだ。たとえカストロが「狙
い目」であろうと、竹原には取れまい、少なくとも僕はそう思っていた。 大体、
カストロはハグラーではないかもしれないが、けして弱いチャンピオンではない。
じつに98勝68KO4敗2分という怪物的なレコードを持ち、すでに4度の防衛にも
成功している。退けられたチャレンジャーの中には、レジー・ジョンソン、ジョン
・デビッド・ジャクソンという現時点での米国ミドル級のベストボクサーが2人も
含まれているのだ。全盛期のテリー・ノリスやロイ・ジョーンズと戦っても、判定
敗けこそしたが、マットには倒れなかった。そのカストロを竹原はボディー一発で
キャンバスに這わしたのである。レフェリーの露骨な「マウスピース・タイム」が
なければ、3回で試合は終わっていた可能性も大きい。
竹原のなしとげたことは、まぎれもなく前人未到の偉業である。カストロが弱い
というなら、グレグ・リチャードソンや辺丁一、ホセ・ルイス・ブエノはそんなに
強いのか?
野茂英雄がメジャーリーグで活躍した時も、「ストライキ上がりで打者は調子が
悪かった」、「メジャーもレベルが低下している」という声があった。たとえそう
だとしても、野茂の偉大さは、なんの保証もない異国の地に単身乗り込み、多くの
人が「無理だ」と思っていた夢を実現した点にある。
竹原−カストロ戦を見せつけられた今となっては、僕自身、「日本人だから、ミ
ドル級は(絶対に)無理」と無条件に思い込んでいたと白状せざるをえない。今は
ただ、悲観論の最中でも“夢”を捨てなかった男(たち)を讃えたい。