●レナードの黄昏

 シュガー・レイ・レナード。多くのボクシングファンが、この音楽的な名前の魔

力に一度はとりつかれたのではないだろうか。そして今、その名前を呼ぶ時、初恋

の思い出にも似たある種の苦さをかみしめるのではないだろうか。

“チャーミング”という言葉が誰より似合うボクサーだった。間違いなく80年代最

大のカリスマだった。奇跡のようなトーマス・ハーンズ第1戦とマービン・ハグラ

ー戦は、今なお「ボクシングの到達点」としての価値を失っていない。そうだ。あ

れほどのボクシングを見せてくれた人はいなかった。

 それなのに、レナードという一時は最も明るく輝いた星は、今、どこかくすんだ

光の中にいる。あれほどスターを扱うのがうまいアメリカ人たちですら、レナード

に対しては喝采すべきかブーイングすべきかわからなくなってしまっているようだ。

 レナードがそのオーラを一部にせよ失ったのは、先のカマチョ戦や91年のテリー

・ノリス戦で惨敗したからではない。88年、当時のWBC・L・ヘビー級王者ドニ

ー・ラロンデににS・ミドルまで落とさせておいて、新設のWBC同級王座まで獲

得、史上初の「5階級制覇」としたあたりから雰囲気がおかしくなった。大天才レ

ナードにとって、そんなあざとい記録捏造などなんの足しにもならなかったはずな

のに……。

 レナードのスーパースターとしての輝きが曇ったのは、ボクシングの戦いにリン

グ外のポリティクスを持ち込み過ぎたからだ。強敵との対戦ほど、時期を選びに選

んだ。ハグラーの再戦要求を無視したり、ハーンズとの再戦を延ばし続けたことな

どが、ファンの支持を失う原因になったのだ。

 しかし、対戦時期を選ぶことも、ボクサーのクレバーさ、強さの一部だ。僕は、

「レナードは聡明すぎる」と思った。いつかレナードはボクシングから「離陸」し

、その頭脳の翼で、僕らの見知らぬ空を飛び回るに違いない、と。

 けれども、中年になった星の王子様は、ときどき地上に落っこちてきてしまう。

ひょっとして、シュガー・レイは、僕らが鼻白んだほどクレバーではないのだろう

か? レナードは現役続行を宣言したが、対戦相手は未定だ− 。