●シリモンコン・ナコントンパークビュー対辰吉丈一郎
(WBC世界バンタム級タイトルマッチ:11月22日)
シリモンコン ナコントンバークビュー |
20歳 |
16戦全勝6KO |
辰吉 丈一郎 |
27歳 |
14価値11KO4敗1分 |
少なくとも“浪花のジョーの死に場所”として、最高の舞台が出来上がった。
“ジョー”のクラスであるバンタムウェイト、しかも相手は若くて、強くて、ハ
ンサムなタイ人だ。正直、勝ち目がそれほど大きいとは思えない。しかし、僕ら
がみんなして、宿六亭主の女房のようになって愛してきた「天才」辰吉丈一郎に
ふさわしい試合だ。ダニエル・サラゴサはそりゃあド偉いボクサーだった。だけ
ど、僕らが一度は惚れに惚れ抜いた“浪花のジョー”が真っ白に燃え尽きるため
には、やっぱり40手前の技巧派じゃダメなのだ。「なぜだか強い」サラゴサじゃ
なくて、「見るからに強い」しかも無敗のシリモンコンこそ、辰吉の燃え残った
ジニアスを(なんらかの形で)昇華(成仏というべきか……)させてくれるので
はないだろうか。
辰吉の「天才」の100 パーセントの開花を期待するファンは、ずいぶん前から
ほとんどいなくなった。かつては、東京ドームのチューチャード・エアウサンパ
ン戦で見せたような、「距離によるフェイント&プレッシャー」で、まるで透明
のバリアーを張ったように打たれずに前進し、苦し紛れにパンチを出した相手の
レバーに槍のボディーブローをつき刺す、それでKO……、そんなボクシングで
世界に君臨し続ける姿を誰もが夢見ていた。でも、もうそれは望まない。辰吉は、
最短キャリア世界王座奪取というミラクルとひきかえに、ボクサーとしての完成
を捨てた。アマ400 戦のリチャードソンに対し、辰吉が「防御をしないで前進&
連打」の作戦をとった時、僕らはもっと慨嘆すべきだったのかもしれない。
かつて世界1流選手のものまねを得意としていたように、辰吉はボクシング技
術批評家としてかなり優秀だ。どんなテクニックでも、「それだけを単品で取り
出せば」やって見せる。防御に徹すれば、まだまだディフェンスだって巧い。ガー
ドこそ下手だが、ボディワーク、とりわけスリッピングは世界でも通用している
(サラゴサ第2戦のスタート)。ただ、全体の、つまり攻防のバランスの崩れは、
結局どうしようもないようだ。最近の試合でも、良いバランスで戦えるのはせい
ぜい序盤の1、2ラウンド。それ以上続くと、相手のしぶとさ次第で、少しづつ
だが確実に崩れてゆく。打たれても攻めるか、ひたすらおとなしくしているか、
2つに1つなのが今の辰吉なのだ。そして、カントだろうがセラノだろうがディ
フェンスだけで勝つ方法はないから、結局は「防御の悪いファイター」として戦
うしかないのである。
それでも、辰吉は完全に「ただのロートル」になってしまったわけではない。
まず、辰吉は戦略家としては依然としてクールな頭脳の持ち主だ。うまく機能し
ないことがほとんどとはいえ、試合前に情報を得ている相手に対して、明らかに
間違った戦略を立てたことはない。ラバナレスに対して「徹底したアウトボック
ス」を望む声は多かったが、それは少なくとも辰吉の貫徹できる戦術ではなかっ
た。サラゴサとの2試合では、それぞれまったく違う組み立てを見せたが、あれ
は(初戦の出だしをのぞけば)追い込まれてやったのではなく、辰吉が望んだこ
とだ。ただ、サラゴサのパンチの当て勘とスタミナ&闘志が、辰吉の容量を超え
ていたのだろう。
今回、マスコミに対するインタビューでも、シリモンコンの力量をかなり正確
にとらえている様子がうかがえる。「3−7で不利」という予想も肯定している。
勝ち負けは別にしても、辰吉は「これしかない」という戦い方をしてくれるはず
だ。そして、おそらくそれは「我慢比べの打ち合い」だろう。馬鹿デカく、スピー
ド抜群のシリモンコンに対し、ある程度距離をとった戦い方をしたら、あの大砲
のようなジャブでぺしゃんこにされる危険性が大だ。ここはぜひとも、接近して
の消耗戦に持ち込みたい。
誰もが驚く大迫力のシリモンコンだが、意外にKOは少ない(6KO)。これ
は断じて「じつはパンチ力が見かけほどではない」からではない。単に、戦い方
が大ざっぱだからだ。ジャブとストレートのスピードと威力はものすごいが、軌
道がしばしば曖昧で、野球でいえば大ファールを連発している感もある。「出会
い頭」を食わなければ、接近戦に持ち込める可能性はじゅうぶんある。
辰吉のボクシングを支えてきたのは、柔らかい前足だ。どんなに惨憺たるでき
ばえの試合でも、左ヒザのしなやかなバネだけは宝石のように輝いていた。あの
ヒザがあるから、あんな展開の薬師寺戦でも終盤の追い込みを見せたのだ。あの
ヒザがあれば、シリモンコンのふところに入り込むことは不可能ではない。シリ
モンコンも(太いけど)長い足で距離を取り、大砲を打ち込んでくるだろうが、
辰吉が徹底的に追いまくれば、肉迫戦にできると思う。そのためには、薬師寺戦
のような、慎重に旋回する立上りではなく、開始ゴングから追って追って追いま
くることが必要だろう(シリモンコン相手に後退したらオワリだ)。
打ち合いになれば、シリモンコンはメキシカンでもなければサウスポーでもな
い(辰吉がぶざまな試合をしたのは、このいずれかもしくは両方のケースだ)。
辰吉が本人の予告通り「ファイティング原田戦法」をある程度実現できれば、両
者とも攻撃的かつタフネス&スタミナの持ち主だけに、予想以上の白熱戦が展開
されるだろう。